63、執事長との話
王女の夕食の付き添いの後、カシスは使用人の食堂で、食事休憩を取っていた。
「カシスさん、お隣、よろしいかな?」
「あ、執事長、はい、どうぞ!」
(何か、叱られるの?)
カシスは、頭の中で何をやらかしたかと、必死に考えていた。執事長が使用人にこういう形で話しかけるのは、何かの話があるときだけだ。
人払いをしてあるのか、声が聞こえる範囲には他の使用人は居ない。執事長が外出するときに連れている護衛が、近くに立っていることで、後から来た使用人達も、カシスの近くには近寄らない。
「あぁ、違いますよ、カシスさん。楽にしてください。少し話をしたいだけです」
「は、はい」
執事長は、カシスが身構えたことに気づくと、叱責ではないことを伝えた。
「王女ファファリア様と外出されたのですね? 冒険者を呼んだ理由を教えていただけますかな」
(あー、その件ね)
「はい。王立大学校へ見学に行きました。明日までに来るようにという手紙が、今朝、ファファリア様の朝食後に届いたので、明日馬車を手配するよりも今日行きたいと、ファファリア様がおっしゃいまして……」
「ふむ、手紙が遅れて届いたということですか。通常なら、もっと余裕をもって届くはずですな。明日行くしかないように仕組まれた可能性を、王女ファファリア様は危惧されたようですね」
「はい、作為を感じるとおっしゃっていました」
「では、なぜ、その冒険者を指定したのですかな? 王命ミッションでカシスさんと臨時パーティを組んだ冒険者を、という指示書を見かけたのですが」
(えっ……どうしよう)
カシスは、まさか執事長に、王女がAランク冒険者のラークさんに依頼しようと言い出したなんて、言えない。
「私の身分証のランクアップに尽力してくれた人達だからでしょうか」
「おっ、カシスさんは、シルバーカードにランクアップしたのですか」
「はい、Cランクですが、シルバーカードになりました。商人ギルドの仕事も、王命ミッションで知り合ったセイラさんが指定してくれて、良い店の仕事を受けることができました」
「なるほど、そういう信頼関係があったのですね。他のメンバーとも、親しいのでしょうか」
カシスは、執事長の問いの意味を考えた。彼は、王女の護衛として指定した冒険者が、信頼できる人達なのかを疑っていると、カシスは感じた。
「王命ミッションで私が生きて戻れたのは、彼らのおかげだと思っています。転移干渉を受けて、変な場所に飛ばされましたが、ラークさんが適切な対応をしてくれたので」
「ほう、そのラークさんは、レジェンドランクのラークさんですね?」
「いえ、Aランク冒険者ですが、非常事態への対応には慣れておられるようでした」
カシスが、ラークをAランク冒険者と言ったことで、執事長は一瞬、混乱した様子。だが、その理由に気付くと、あぁと小さく頷く。
執事長がカシスに話しかけたのは、夕方に戻って来た第二王子ウィルラークの様子がおかしかったためだ。
第二王子は、第一王子クラークスに呼び出され、アスナログス国に10日近くも行っていた。だが、今朝、突然急用ができたと言って、アスナログス国から転移魔法を使って、先に一人で戻って来た。そして昼前には、冒険者のフリをして出掛けたのを、執事長は見送っている。
使用人を避ける第二王子だが、執事長のことは、幼い頃から信頼していた。第二王子が5歳の頃、彼の左目の異変にいち早く気づいたのは、執事長だった。だが彼は、第二王子の目の色のことは、他の兄弟はもちろん、国王や王妃にも話していない。
王家の個々を尊重することを美徳とする執事長。彼もまた、前世とその一つ前の記憶を持っている。そのため、残りの時間を大切にしていた。
「あの、執事長、レジェンドランクのラークさんという方は、セイラさんの知り合いなのでしょうか」
執事長が黙ってしまったことで、カシスは少し不安になった様子。
「ええ、セイラさん自身もレジェンドランクのプラチナカードだったはずですよ。最高位の冒険者は、互いに交流があるでしょうからね。スグリット王子が、レジェンドランクのラークさんと知り合いだと思います」
「へぇ、スグリット王子は、すごい冒険者さんと知り合いなんですね」
「そうですね。スグリット王子は、幼い頃から、交易都市クースがお好きですからね。交易都市には、高位冒険者が集まっていますから」
「私も、王都に来る前に立ち寄りました。そういえば、スグリット王子と親しげに話す冒険者さんも居ましたね。私は緊張していて、ほとんど覚えてないんですけど」
そう。カシスは、交易都市でラークと会っているのに、覚えていない。交易都市では、ラークは黒い眼帯をしていたせいもあるだろう。最近は、茶髪に近い土色の眼帯をつけているが。
ラークは、複数の身分証を持っている。このことは、執事長も知っていた。だが、Aランク冒険者としてカシスと接しているとは、知らなかった様子。
「カシスさんは、Aランク冒険者のラークさんを信頼しているのですな」
「はい、信頼しています。私には魔力がないのでサーチなどはできませんが、誠実な方だと思います」
「ほう? もしかして、好意を持っておられるのかな」
執事長にそう尋ねられ、頬が熱くなるのを感じたカシス。必死にごまかそうと、視線を逸らす。
だが、カシスのその反応を見て、執事長は、ホッと胸を撫で下ろした。
「カシスさん、変なことを聞いてしまいましたな。失礼しました」
「あっ、いえ、大丈夫です」
執事長は、柔らかな笑顔を見せると、席を立ち、使用人の食堂から出て行った。
(びっくりした〜)




