61、不機嫌なラーク
「セイラさんが、非常勤講師をするの?」
上機嫌でカシスと手を繋いで校内を歩いていた王女は、人が少なくなったときに、セイラにそう尋ねた。
「ええ、カシスさんが王立大学校に入学予定だとわかったから、先日、校長を訪ねてみたのよ。私は、新規転生者の人数を知りたかっただけなんだけど、そういう流れになっちゃって〜」
「それって、私の護衛のつもり? 私は自分の身くらい自分で守れるわよ!」
王女は、男の子のフリをしていることも忘れて、少し声が大きくなっている。
「あら? ラークちゃん、元気ね〜」
セイラがそう注意したことで、王女はハッとした顔をして、口を閉じた。そして、カシスと繋いでいる手をブンブン振り、カシスに話の続きを委ねる。
「セイラさんは、何の講師をされるのですか? 魔術とかでしょうか。多くの人は魔術大学校で働くから、実技の講師が足りないと聞いたことがありますが」
「違うわよ。私は、一応、商人貴族だからね。商人として知っておくべき基本的な商業学の授業を担当するの」
「面白そうですね。酒場で少し働いたから、興味があります。店長さんが、原価率がどうとか言ってました」
「あら、そのアイデアをいただいてもいいかしら? 酒場をイメージした授業は面白そうだわ。店は儲けないと潰れちゃうけど、出店する場所も重要なのよ。ねー? ラーク」
セイラに話を振られたラークは、冷ややかな視線を向けた。ラークは、前世の娘であるセイラが、商人としての知識がほとんどないことを知っているためだ。
「あっ、ラークさんは、前世は商人だったんですよね。商人の仕事を学問として学んだことはあるんですか?」
カシスは、ラークがまさか大商人だったとは思ってもいない。セイラの問いかけに答えないラークを、助けようとした様子。
しかし、ラークとしては、前世の素性がバレることには抵抗を感じた。誇るべき功績だが、前世が、乙女ゲームにも登場するサンサンだと知られると、セイラとの親子関係も知られてしまう。
「あぁ、前世では学んだかな。ただ、セイラに講師なんて、できるとは思えないけどね」
「ひどーい! 私だって、人前で話すことくらいできるわよ。ラークちゃん、ラークがひどいの〜」
王女は、ラークのことをもっと知りたいと考えていた。また、カシスに対する気持ちも探りたいと、機会を狙っている。だから当然、ラークに味方する。
「私も、セイラが講師だなんて、想像できないわ」
「うっそ、ラークちゃんにまで信用されてないなんて」
セイラは大げさに驚いてみせたが、別に傷ついたわけでもない。別の何かに気づき、大きな声を出したようだ。
そのセイラの気づきは、ラークやケインには伝わった。彼らは、周りを素早く見回す。
「カシスか?」
中庭の横の廊下を歩いていると、後ろから声がかかった。
(この声って……)
カシスが振り返ると、彼女達を追いかけてきたらしき数人のローブを身につけた者達がいた。
「ジョセフ? さっき、スクルト領から坊ちゃんが来ていると聞いたけど、合格したの?」
「あぁ、何とか合格できたぜ。カシスと約束したからな」
「ん? 何も約束したつもりはないよ?」
「細かいことは気にすんな。何だか不思議な組み合わせだな。小さな男の子を連れて、どうしたんだよ?」
すると王女は、一歩前に出た。
「私は、お姉ちゃんの見学についてきたの!」
「お姉ちゃん?」
「ハッ! お兄ちゃん……じゃなくて、お兄ちゃんの格好をしてるんだけど……」
カシスが、王女と手を繋ぎ、口を開く。
「ジョセフ、私の見学に弟がついてきたのよ」
「はぁ? おまえの弟は、もう少し大きいじゃねぇか。まさか、隠し子というやつか?」
(どうしようかな……)
カシスは、王女の方に視線を移したが、弟のフリは継続中だった。すると、セイラが口を開く。
「カシスさん、彼は、幼なじみなんでしょ? ラークちゃん、そんなことを言っていると、カシスさんに迷惑になるわ」
「仕方ないわねー。私は……」
「もしかして、魔導士セイラさんですか? ですよね? なぜ、こんなところに、いらっしゃるんですか」
ジョセフは、王女の言葉を遮り、興奮気味にセイラに話しかけた。魔術に長けたスクルト家では、セイラは雲の上の憧れの魔導士である。ジョセフに付き添う魔導士達も、セイラに熱い視線を向けている。
素性を暴露しようとした王女は、ぶすっと膨れっ面をしていたが、ラークがジョセフに冷たい視線を向けていることに気づくと、ニヤッと口角をあげた。
「ええ、セイラよ。今日は、カシスさん達の移動補助で同行しているの」
「えっ!? セイラさんは、カシスと知り合いなんですか。カシスは、魔法を使えないのに」
「カシスさんとは、王命ミッションで知り合ったのよ。それ以来、仲良くさせてもらっているわ」
「王命ミッション? カシスは剣術はできるけど、冒険者の仕事はしてないよな? 俺が話したときも、全然関心がなさそうだったし」
「私は、今はCランクだよ。皆さんに助けられて、シルバーカードになったよ」
「マジか? あぁ、王宮務めをするなら、シルバーカードにしないとダメだって、俺が教えたからだな? 俺もシルバーカードだけど、Bランクだぜ」
ジョセフがカシスの方を向いて、親しげに話している様子に、ラークはイライラしていた。それが、嫉妬だと気づいた二人の女性は、ニマニマしている。
一方で、カシスは、勘違いをしていた。ラークには次の予定があるから焦っているのだと思った。
「ジョセフ、立ち話をしてると遅くなっちゃうよ。セイラさん達にも悪いから、私達はもう行くね」
「あぁ、悪い。カシス、またな。セイラさんも、またお会いできれば嬉しいです。失礼します」




