60、王立大学校の見学
「ここは?」
セイラが指を弾いた直後、カシス達は別の場所に転移していた。転移予告がなかったため、見える景色が変わったことに、カシスは混乱していた。
「セイラ、貴女ってば相変わらずね。カシス、ここは学校の中庭だと思うわ。転移魔法の着地点になっているの」
王女は、前世のファルメリア・サフスだった頃から、セイラのことをよく知っている様子。混乱してキョロキョロしていたカシスに、状況を素早く伝えた。
「ふふっ、説明するより行動する方が早いもの。私は、どう呼べば良いかしら?」
セイラは、ケラケラと笑っていて、悪びれる様子もない。だがそれは、王女への親しみの表れだろう。
「私は、入学するカシスに付き添う弟ってことにしてちょうだい。見学会の書類以外は、私はカシスの弟よ」
(えーっと……)
カシスは、王女のいたずら心をどう説明するべきか、悩んでいた。ラークとケインは、護衛のためにここにいる。通常の冒険者が、依頼者の奇妙な行動に慣れていることを、カシスは知らない。
「じゃあ、弟ちゃんの名前は何にしましょうか? 面倒だから、ラークでいいかしら」
「ええ、構わないわっ。あっ、Aランク冒険者のラークさんと、紛らわしいかな?」
「彼はラークで、弟ちゃんはラークちゃんにしましょう」
「いいわね! セイラってば天才じゃない?」
「ふふっ、私は天才なのですよ」
(似てるかも)
ケラケラと笑い合うセイラと王女に、カシスは不思議な共通点があると感じていた。一方で、そんな二人に、ラークは優しい目を向けている。
ラークの前世に関しては、カシスは、商人だったということしか知らない。だが彼は、大商人のラーク・サンサンだった。つまり、セイラ・サンサンは、前世のラークの実の娘にあたる。
目の前に、前世の娘と今の妹がいて、仲良く喋っている状況は、ラークの目には面白く不思議な光景に見えていた。
「新入生の見学ですか? どの方が新入生でしょうか」
学校の中庭に立っていると、案内係の腕章を付けた初老の女性が近寄ってきた。すると、セイラが口を開く。
「私達は、カシス・ガッシュさんの移動補助できました。私は卒業生のセイラ・サンサンです」
「まぁ! サンサン家のお嬢様ですか」
「兄が亡き父の後を継ぎましたから、お嬢様は変ですよ。ここに通っていた頃は、お嬢様でしたけどね」
セイラが卒業生だという話は、カシスは初耳だったが、特に驚くことはなかった。商人貴族なら、剣術や魔術の学校ではなく、座学がメインの学校を選ぶ。フルールニア王国では、この王立大学校が、最も格式も難易度も高いと言われている。
「ガッシュ領との往復だから、複数の移動補助の魔導士がいるのですね。少し前に、スクルト領からの新入生が到着しましたが、同じように複数の魔導士を連れていましたよ」
(スクルト領?)
カシスは、一瞬、幼なじみのジョセフかも思ったが、それはないと考えを振り払った。ジョセフは、魔法は得意だが、勉強は苦手だ。
「スクルト領から? 珍しいわね。転移魔法を使う魔導士を連れているということは、スクルト伯爵の関係者かしら? スクルト家は魔術に長けているものね」
「スクルト家の坊ちゃんですよ。お名前は何だったかしら?」
「えっ? ジョセフ? あ、すみません」
カシスは、つい口を出してしまった。
「そういうお名前だったと思いますよ。お知り合いでしたか。彼は見学の受付と説明を終えた頃でしょうから、今は、校内の見学中だと思います」
「カシスさんのお友達?」
「あ、はい。初等学校が一緒だったので、幼なじみのような感じです。まさか、ジョセフが本当に入学するとは驚きましたが」
「へぇ、カシスさんと同じ大学校に通いたかったのかもね。スクルト領からの通学は難しいから、おそらく寮生活ね」
セイラは、カシスにそう話しつつ、チラチラとラークの顔色を窺っている。ラークは、不機嫌さを隠さない。
「セイラ・サンサンさん、卒業生が一緒なら、校内の案内はお任せしてもいいかしら? 今日は、案内待ちの新入生が多いんですよ」
「もちろん。そのために、私が同行しているのよ。見学会の受付は、講師室かしら?」
「講師室の横の会議室です」
「わかったわ。カシスさん、ラークちゃん、行きましょう。あっ、ラークちゃんは転ばないように、カシスさんと手を繋いでね〜」
「うん、わかったっ」
(なりきってる……)
王女は、カシスの弟のフリをして、カシスの手を握って、ニカッと笑っている。
そして、セイラに先導される形で、見学会の受付へと、歩いて行った。
◇◇◇
受付会場は、個室になっていた。互いのプライバシーを守るためだろう。
カシス達の順番になり、中へ入ると、ラークがサッと手を振ったのが見えた。音が漏れないように防音魔法を使ったらしい。
「これはこれは、王女殿下! なぜそのようなお姿を?」
書類を出すと、中にいた二人の職員は、驚いて立ち上がり、王女へ敬意を表する。
「私は、カシスの弟のフリをしているの。この案内が届いたのは今朝なのよ? 何者かの作為を感じるわ」
「な、なるほど。その方が安全ですな」
幼い王女が大人のように話すことに、職員は驚いていた。だが、その理由を尋ねることはなかった。
王女とカシスは、簡単な説明を受けた。入学式やクラス分けのことなど、形式的な説明だ。
「では、校内の案内の者を……」
「それは不要よ。セイラが卒業生だもの。それに、前世の私も卒業生よ。カシスが初めてだから、サッと見て回ってから、帰るわ」
「えっ? セイラ・サンサンさん? 見た目が違うから気づきませんでした。彼女は秋から、当校の非常勤講師ですよ」
職員の暴露に、王女もカシスも、そしてラークも目を見開いていた。




