55、セイラの気遣い
「うわっ! 魔導士セイラだ。冷血ダインも一緒だぜ」
(兄のダインさん?)
カシスには、双子のダインとケインを、見分けることは難しい。ただ、無言で睨んでいる彼は、確かに言葉数の少ないダインだと感じた。
そしてカシスは、ダインが発酵食が嫌いだったことを思い出した。今日の一番高い定食には、メニューには書かれてないが、チーズが使われている。
「あ、あんた、魔導士セイラと……王命ミッションってことは……くっ、あ、あはは、俺は用事を思い出したぜ」
(あっ、帰るのね)
その男は、そそくさと逃げるように店を出て行った。
「カシスさん、邪魔しちゃったかな。ごめんね〜。あっ、私、その席に座っていいよねー」
セイラは、カウンター席へと案内されたのを断ったらしい。無料の定食を選んだとしても、料金を支払うという意思表示だ。
「セイラさん、助かりました。私がちゃんと仕事ができるか、ご心配をおかけしてましたか」
「ん? カシスさんの心配はしてないよ〜。冒険者のランクダウン発表の日って、あちこちで騒ぎが起こるから、楽しそうだなと思って見に来たのー」
(優しい嘘、かな?)
カシスがふわっと笑みを見せると、セイラはニカッと少女のように笑った。
「あの、ダインさんとケインさんの判別が難しいですが、ダインさんなら、銅貨20枚の定食にはチーズを使ってますから、他のを選んでくださいね」
双子の魔導士の彼は、おっ、と小さな声をあげた。
「カシスさん、ダインさんで合ってるよ〜。一番高い定食にチーズ? メニューには書いてなかったよ」
「ミートボールのフライには、中にチーズが入ってるんですよ。セイラさんはお好きだと思いますよ」
「じゃあ、私はそれにしよっと。黙っていれば、ダインさんがチーズを食べて、この世の終わりのような顔をしたのに〜」
そう言って、ケラケラと笑うセイラ。カシスは、ダインと目が合った。何かを言い返せという仕草をしている。
(私が言っていいの?)
カシスが迷っていると、ダインはさらに激しく合図をしてくる。
「セイラさん、ダインさんにチーズを食べさせようとしちゃダメですよ」
「あはは、叱られちゃったぁ。嫌いな物を食べさせるのは、ラークだけにしておくよ〜」
(これでいいの?)
ダインが、親指を立てた。グッジョブということだろう。カシスは何もわかっていないが、このやり取りは、店内にいる客のほぼ全員が注視していた。
セイラは、カシスの立場を優位にするために、自分と親しいことをアピールしに来ていた。新規転生者であるカシスを狙う者が減ることを期待しての行動だ。
ランクダウンで荒れる冒険者達に、この効果は抜群だった。セイラ達が食事を終えて帰ったとしても、普通の冒険者なら、カシスに刃を向けようとはしないはずだ。
◇◇◇
「商人ギルドのミッションの人は、先にまかないを食ってくれ。そっちのテーブルだ」
昼食のピーク時間が終わると、昨日と同じように、ミッション組から先にまかないを食べることになった。
ちなみにセイラ達は、まだ店にいる。誰かが来るのを待っているらしい。知り合いがポツポツと近寄って行くから、ずっと賑やかだ。
「カシスさん、さっきは助かったぜ。王命ミッションを受けたのか?」
店長が、カシスの向かいに座って、話しかけた。
「セイラさんのおかげですね。王命ミッションは、セイラさん達の臨時パーティに入れてもらって参加しました」
「もしかして、新規転生者なのか?」
「えーっと、はい、そうです」
カシスは一瞬迷ったが、隠すことでもないと思った。だが、この返答を、カシスはすぐに後悔することになる。
『よく生きて戻れたね』
(えっ? 何?)
どこから聞こえたかわからない頭に直接響く声。
「カシスさん、ロックオンされちゃったわね」
何の気配もなく、カシスのすぐ後ろに、セイラが立っていた。
「セイラさんは今、転移魔法を使ったのか?」
突然、カシスの後ろに現れたセイラに、店長が驚いている。彼には、怪しい声は聞こえなかった様子。
「ええ。店内に暗殺業を張り切っている人が複数いるみたいよ。店長さん、第三期に入ったわ。新規転生者は、これからの時期は、ミッションのたびに命を狙われるのよ。まぁ、カシスさんは、わざと挑発したのかもねー」
(油断していたわ)
セイラは上手くごまかしたが、彼女にも、どこに暗殺者が何人いるかは、わかっていなかった。
新規転生者狩りは、ミッション中の事故を装うことを美徳としていた。そのため、商人ギルドの仕事中であっても、その条件に当てはまる。これは、ブルーボックスが掴んでいる情報であって、他言されていないが真実だ。
「そうか、俺も気をつけないとな。カシスさん、悪いことを尋ねてしまった。王命ミッションを生き残った新規転生者なら、相当な実力があるだろう。だが、新規転生者は、大規模な討伐ミッション中の事故で死ぬことが多いから、気をつけなよ?」
「ええ、カシスさんなら問題ないわ。かなり強いもの。だけど、油断しちゃダメよ?」
店長とセイラの忠告に、カシスは静かに頷いた。
◇◇◇
まかないを食べ終わり、その後の仕事をしている間も、セイラ達は店にいた。カシスは、自分の失言から、セイラ達に迷惑をかけてしまったと後悔していた。
「そういえば、こないだ一緒に来ていた茶髪の兄さんは、どうしたんだ? 王命ミッションが終わったらすぐに来ると言っていたのに、来てないぜ?」
「あぁ、ラーク? ケインと一緒に、アスナログス国に行ってるわよ。あの国、ちょっとヤバイのよ」
(えっ? ラークさんも?)
第一王子や第二王子が行っているはずだと、カシスは話の先が気になったが、話題はすぐに別のものに切り替わってしまった。




