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54、カシス、騒がしい客の対応を申し出る

「何の騒ぎだ?」


 厨房内にいた店長が、ホールの方に視線を向けた。そして、カウンター席の方を覗いて、軽くため息を吐いた。


「身分証の確認で、キレた冒険者がいるみたいです」


「ウチは、いつも身分証の確認をしてるだろ。これまでシルバーカードだった冒険者がブロンズカードに落ちたのかもな。カウンター席に客はいない。フロア長に、適当に放り出すように言ってくれ」


「あの客は、ちょっと厄介ですよ。今日はフロア長は休みです。5番担当は、タクルさんですが」


「じゃあ、タクルに放り出せって伝えてくれ。くそ忙しい時間なのに構ってらんねぇぞ。さっきまではカウンター席に客がいたのに、運が悪いぜ」


(高位ランク冒険者の席かしら?)


 今、カウンター席は空席だ。客席の案内はカシスはわからないが、ゴールドカードを見せた人が、カウンター席に移動したことは、見えていた。



 カシスは、厨房内にある洗浄機を操作して、大量のふきんを洗っていた。洗い終わって出てきたふきんを、おしぼりの形にくるっとまるめ、所定の位置に積み上げていく。


「はぁ? ふざけんじゃねぇぞ!」


 タクルという店員は、まだ、騒ぐ客を店から放り出せずにいた。客の怒鳴り声が、厨房内にまで響き渡る。


(どうしよう……)


 カシスは、勝手なことをするべきではないと思ったが、このままでは、店長が調理の手を止めることになりそうだ。


「はぁ、タクルでは無理か。誰か、行ってやってくれ」


「こっちも、手いっぱいっすよ」


 カシスは、洗い場の店員と目が合った。だが、商人ギルドのミッションで来た人には、厄介事を押し付けるつもりはないらしい。


(良い店ね)



「あの、簡単にルールを教えてください。テーブルのふきん交換で、私が行ってみます」


「は? あぁ、あんたは冒険者か。悪いな。頼めるか」


 カシスは店長から、店の案内のルールを簡単に説明を受けた。やはりカウンター席は、無料の客を案内していたらしい。今カウンター席に誰もいないから騒ぎを起こしたのだと、店員が話した。


「では、行ってきます」


「近くのテーブルからジワジワと近づいて行けよ? 危険なことはするな。あの客は、裏の仕事もしているらしいからな」


「裏の仕事?」


「あぁ、暗殺業だよ」


「わかりました。気をつけます」



 カシスは、トレイに大量のふきんを乗せ、テーブルに置いてある汚れたふきんと交換をしながら、騒いでいるテーブルへと近寄って行った。


(あっ、この人……)


 以前、大通りで絡まれたとき、シルバーカードの男に味方していた冒険者だと、カシスは気づいた。あの騒ぎで、ブロンズカードに格下げになったはずだ。


 一方、その男は、カシスの顔など覚えていない。今日のカシスは、執事の黒服ではなく、深緑色のシャツを着ているから、印象も違うだろう。



「失礼します。ふきんを交換します」


 カシスが素知らぬ顔で、テーブルのふきんを交換すると、黒いシャツを着たタクルらしき男が、カシスに助けを求めるような表情をしていた。


 その横にも、黒いシャツを着た男がいるが、彼は店員ではない。開店前に、黒いシャツを着ている方がトラブルを回避できるとカシスに力説していた、ミッション組だ。



「おい、おまえ! ふきんの交換だと? 俺は長いこと、この店の常連だぜ? そんな俺に、身分証を出せと言う店員なんて、頭おかしいよなぁ? 商人ギルドから来たおまえも、そう思うよなぁ?」


(うざっ)


 カシスはムカついたが、表情に気をつけて口を開く。


「お客さん、今日は、冒険者ギルドでランクダウンの発表があったらしいですよ。だから常連さんも含めて、身分証の確認をしなきゃいけないみたいです」


「はぁ? 俺は、そんなこと知らねぇよ。常連に対する態度がおかしいって言ってんだよ! 黒いシャツは店員だろ?」


(ミッション組の失敗か)


 黒いシャツを着ている男の顔は、真っ青になっている。


 カシスは、周りの客をぐるっと見回した。こういう騒ぎが好きでニヤニヤしながら見ている客が半分、残りは関わりたくないオーラ全開だった。新たに入ってきた客も、足を止めていて、席につけない様子。空いている席が、騒ぐ彼の近くばかりだからだろう。



「お客さん、とりあえず、サクッと身分証をお願いしますよ。シルバーカードなんですか?」


「はぁ? おまえ、俺が何を怒ってるか理解できないのか。頭わいてんじゃねぇの?」


(追い出せ、だったよね)


「お客さん、今は忙しい時間なんですよ。騒ぐなら外に出てくれませんか?」


「なんだ? おまえ。俺とりあう気か? バカだろ。それとも、商人らしく金で決着でもつけるつもりか。高いぜ? この慰謝料は」


「王都の大通りで剣を抜くことは禁じられていますよ。店内で秩序を守らないなら、客ではない。外に出てくれませんか。それが嫌なら、さっさと身分証を提示してください」


「お、おまえじゃ話にならん! 店長を呼んで来い!」


「店長は今、調理に忙しいんですよ。さぁ、どうします? 身分証を出すか、つまみ出されるか」


 カシスが冷たい視線を向けると、その男は、頭に血がのぼったらしい。カシスは、男が剣を抜いてくることを想定し、どうやって外に放り出すかを考え始めた。


「おのれ! 許さんぞ、クソガキ!」


「言っておきますが、ここで剣を抜いたら、力尽くで放り出しますよ?」


 カシスがそう言うと、誰かが扉を開けた。


(あれ?)


 カシスが表情を変えたためか、その男も扉の方を振り返る。



「カシスさん、楽しそうなことをしてるじゃない。あっ、王命ミッションの分配金を持ってきたよー」


 扉を開けているのは、双子の魔導士のどちらかだ。そしてそこには、満面の笑みでカシスに手を振るセイラがいた。


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