52、カシス、癒される
カシスは夕食後、可愛らしく飾ったフルーツタルトを持って、王女の部屋に向かった。
廊下を歩いていると、王女の部屋の扉が開き、護衛兵の腰あたりの位置に、顔らしきものがチラッと見えた。それはすぐに引っ込んだが、カシスの見間違えではないだろう。
(待ち構えられているわ)
護衛兵も、いつもとは立ち位置が少しズレている。何度か扉の開閉が繰り返されていたらしい。
コンコン
突然扉が開かれることを考え、カシスも立ち位置に気をつけて扉をノックする。だが、扉は開かない。
「何度か開閉されてました?」
カシスがそう尋ねると、護衛兵はニヤニヤしながら大きく頷いた。
「そのケーキを待たれていたのですな」
護衛兵は小声でそう囁くと、早く入れとカシスを促した。カシスは、あいまいな笑みを浮かべ、王女の部屋へと入った。
「ファファリア様、今夜はフルーツタルトをお持ちしました。すぐに紅茶を淹れますね」
「カシスっ! ちょっと遅かったんじゃない?」
「ファファリア、すごいぞ! 見てみろよ!」
スグリット王子は、カシスが持つフルーツタルトに目を見開いている。だが、王女には見えていない。
「申し訳ありません。ちょっとフルーツを使って飾り付けをしていて、遅くなりました。こちらのテーブルに置きますね」
まるテーブルは、綺麗に片付けられていた。王女は、すぐに話を聞くために、珍しく片付けていた様子。
「まぁっ! なんて可愛いのかしらっ。フルーツタルトをフルーツで飾ったのね。このクルクルしているリボンのような物は何?」
「ファファリア様のお誕生日ですから、アレンジしました。リボンのように見えるものは、ジャムです。料理人さんが魔法で成形してくれました」
「このツヤツヤなガラスのような花は?」
「飴細工です。白砂糖に果物の果汁を入れて煮詰めてあるので、それも食べられます。魔法ってすごいですね。お願いした通りに、短時間で飴細工もできるんですから」
「カシスの知識があるからできるのよ。こんな素晴らしい技術を、料理人に教えてあげたのね」
「はい。料理人さん達は面白がってましたね。王宮務めの料理人さんの調理能力が高いから、私のお願いを形にしてもらえたのだと思いますよ」
「食べるのがもったいないわね。周りのフルーツだけ食べようかしら」
「ファファリア、こんな珍しい物を食べなくていいのか? 俺は、空中にピャーっと広がっている不思議な物を食べてみたいぞ」
「お兄様、それは、きっと飴細工ですわ。お花と同じようにキラキラしていますもの」
(ふふっ、よかった)
カシスは紅茶を淹れながら、兄妹が仲良くフルーツタルトを眺めてくれていることに、ホッとした。
王女は、カシスと同じ世界からの転生者だが、何度もこの世界で転生を繰り返すうちに、日本での記憶をほとんど失っているのだと、カシスは実感した。
カシスとしては、王女に懐かしいと思ってもらえると考えていただけに、少し複雑な気持ちだった。
(あら……)
淹れた紅茶とケーキ皿やフォークを持って、ミニキッチンから出たとき、新しい勉強机の上に、黒い花瓶があるのが見えた。今朝、王女が最も嬉しいと言っていた赤い小さな花が、飾られている。
お気に入りの花を飾ってくれたことに、カシスはとても嬉しいと感じた。そして、黒い魔石の抜け殻で作られた花瓶が、淡い光を放っていることにも気づいた。
「お待たせしました。あっ、フルーツタルトを取り分けますね。カットしてもらっているので……」
「カシス、お兄様はフルーツタルトよりも飾りが食べたいみたいだから、取り分けなくていいわ。お行儀が悪いけれど、このまま食べたい物を食べる方が楽しいもの」
「かしこまりました。では、フォークとお皿を置いておきますね」
仲良し兄妹は、カシスを待ち構えていたことを忘れたかのように、目の前のフルーツタルトの飾りに釘付けだった。
(ふふっ、かわいい)
カシスの目には、11歳のスグリット王子よりも、4歳の誕生日を迎えた王女の方が、お姉さんに見えていた。二人とも前世の記憶があるはずだが、スグリット王子は、実年齢のままの行動が多い様子。
兄妹が、ほっぺや前髪に飴細工をくっつけて笑い合っている姿に、カシスは癒されていた。
「ファファリア様、さっそく使っていただいて、嬉しいです。淡く輝いているように見えますが、光の加減でしょうか?」
王女の前髪に付いた飴細工を、濡れタオルで拭きながらカシスがそう言うと、王女は、ハッとした表情を浮かべた。
「黒い魔石が水と反応しているのよ。あの花瓶に飾ると、なかなか枯れないと思うわ」
「それで、一番お気に入りの赤い花が……」
「うぉっ! カシス、忘れてたぞ。冒険者のラークに金を借りたってどういうことなんだ!?」
スグリット王子は、照れ隠しか、カシスの言葉を遮り、大きな声を出した。
「しっ、お兄様。大声を出すと、扉前の護衛に聞こえてしまいますわ」
「あっ、悪い……」
「それで、カシスっ。どういうことなのか、説明しなさいっ。高価な額をカシスに貸すからには、絶対に何か理由があるはずよ」
カシスは、雑貨屋でのやり取りを、兄妹に話した。カシス自身も、なぜ貸すと言われたのか疑問だったため、腕を組んだこと以外は、正直に話した。
「Aランク冒険者だから、金持ちなんだな」
「お兄様、本質はそこではありませんわ。彼の目的は、カシスと何度も食事をしたいということですわっ! カシスっ! かわいい服は持っているの? 必要なら、明日の昼すぎに服屋を呼ぶわよっ」
「あ、明日からは、商人ギルドの仕事が入っているので、朝食後は夕食前まで外出しますので……」
カシスがやんわりと断ると、王女はぷくっと膨れっ面をしてしまった。




