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42、ラークの前世

「ちょっと……ラークさん?」


 カシスは、突然肩を抱き寄せられ、大混乱していた。鈍感だと言われた言葉と、彼の行動が、合ってないような気がしている。


「頭の中を整理するから、少しこのままでいてくれ」


 ラーク自身も、自分の行動に驚き、冷静さを欠いていた。




 彼は、5歳で前世の記憶が戻ってからは、ずっと前世の感覚のまま生きてきた。左目に異常が現れたことで、今の自分に向き合う余裕を失くしていたとも言える。赤い目が、誰かを巻き込むことがないようにと、他人とは極めて希薄な付き合いしかしなかった。


 だが、魔力のないカシスから、自分の目の色が終焉をもたらす赤ではないと聞き、これまで抑圧していた自我が、大きく動いた様子。前世の記憶を持っていても、今の彼は、前世とは別人の17歳の青年だ。



 ラークの前世は『創世の書』で登場する、主要なキャラクターの一人だった。そして、その財産や経験値を引き継いでいるのが、今の彼だ。


 前世の彼のことは、キャラクターとして、カシスもよく知っているはずである。


 乙女ゲーム三部作の一番最後に配信された『創世の書』は、建国したり商人として成功することが、メインストーリーとなっていた。彼の前世は、ラーク・サンサン。大商人として成功するサンサンの役割を演じていた。


 この世界でも、成功者に寄ってくる女性は多い。また、ゲームの攻略対象でもあったため、シナリオの強制力で、思ってもいない言葉を口にする生活に慣れていた。だから、どう言えば、女性の大半が自分に興味を持つかを、彼は熟知していた。


 彼は、前世では、多くの富を得た。また、爵位を得てからは何人もの妻がいた。だが、すべてシナリオに誘導されていただけで、彼自身が何かを努力したわけではない。


 今、ラークは、そのことを痛感していた。



 目の前にいるカシスは、まだこの世界に染まっていない。それに、自分に向けられる好意に気づかない鈍感さも、ラークには新鮮に映っていた。


 ラークは、Aランク冒険者として彼女に接してきたことを、後悔していた。別の身分証を使えば、剣術に長けた彼女を惹きつけることができたと考えている。


 そう。ラーク自身も、自分に向けられる純粋な好意には鈍感だった。これは、彼の今までの生き方の影響だろう。



 そもそも、ラークはカシスには、心を許すつもりなどなかった。彼女に近づいたのは、王宮務めの執事として適任かを、監視することが目的だった。カシスが、ラークと初めて会ったときのことを覚えていなかったため、Aランク冒険者として接する方が良いと判断したのは、彼自身だ。


 ラークは、カシスをずっと監視していたから、彼女の性格も理解していた。彼は、これまで何度も転生した中で、常に、駆け引きで他人を蹴落としてきた。前世の自分とはあまりにも違うカシスの誠実さに触れ、しばらくは偽善だろうと鼻で笑っていた。だが気づけば、彼女に少しずつ惹かれるようになっていった。




「カシス、俺は、頭がおかしかったらしい」


「えっ? どうしたんですか」


 ラークの奇妙な言葉にも、カシスは心配そうに見つめ、話を真面目に聞こうとしている。


「俺は、前世では腹黒く生きてきた。そして今も、前世の影響は大きく残っている。だが、それではいけないと、カシスが気づかせてくれたんだよ」


「私が? えーっと?」


 カシスは、ラークの言葉を理解しようと必死に考えているが、何も思い当たらない。


「ふっ、俺は、カシスと親しい友になりたいようだ。カシスは俺とは、ある意味、真逆の存在だと思う。そういう友は、貴重だと思わないか?」


(友達、か)


「ラークさんにそう言ってもらえて、とても光栄です」


 カシスがふわっと笑うと、ラークの心はあたたかくなる。一方で、友達だと言われたカシスは、少し複雑な心境だった。肩を抱き寄せる行為は、愛情表現だと思って、期待してしまったせいだろう。




「そうか。じゃあ、そろそろ、ここから出るか」


 ラークの体温が離れると、カシスは寂しさを感じた。彼の距離感が自分とは違うのだろうと考え、気持ちを切り替える。


「そうですね。行きましょうか。壁の一部が白くなっているのが、動く壁です。その奥に、魔物がいるはずです」


「俺には、違いがわからないな。ここは魔力のある者にとっては、かなりヤバそうだな」


「新規転生者には、いろいろと見えるんですね」


「知識もあるからな。どんな魔物がいる?」


「魔法が効かない鳥の魔物です。そんなに強い印象はありませんでしたが」


「ふっ、じゃあ、楽勝だな」



 リュックを背負って歩くカシスの後ろを、ラークがついていく。ギルドから新規転生者に渡されたリュックは、特殊な魔力を帯びているため、この場所はギルドが把握しているはずだ。しかし、もう半日以上は経つのに、誰も救出に来ない。


 ラークが、この場所で仮眠を取ったり、食事をしていたのは、それを確認する目的もあった。


 大規模なミッションでは、大勢の犠牲者が出る。新規転生者にリュックを支給することは、すべての国のギルドがやっていることだ。魔力がない者を識別するためという理由だが、新規転生者の目印でしかない。


 ラークは、新規転生者狩りをする首謀者を、早いタイミングで見つけたいと考えていた。『終焉の書』では、終焉まで生き残る新規転生者はいない、と言われている。


 彼らは、鏡に5つの石を揃えることで、ループ世界から抜け出せるという仮説を引き継いできた。だが、それだけでは足りないかもしれない。新規転生者が終焉まで生き残ることが、その先への道が開かれる条件だという可能性もある、とラークは考えていた。



「ラークさん、この壁です。押しますよ?」


「あぁ、行こう!」


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