36、ラークの左目の秘密
「そうね〜、ラークは私のことを恋人だと言っていたこともあったわね」
(やっぱり……)
カシスは、自分から聞いてしまったことなのに、後悔していた。
「そうなんですね。お似合いだと思います」
必死に笑顔をつくるカシス。そんなカシスの表情に、セイラは、ニヤニヤが止まらない様子。
「まぁ、ある意味ってことよ?」
(ある意味って、どういう意味?)
「セイラさん、叱られますよ?」
(あっ、内緒なのかも)
ケインに指摘されても、セイラは笑顔だった。カシスは、セイラが何もかもを見透かしていて、ラークに恋心を抱くカシスを牽制したのだと感じていた。
絶望的な気分になっていたカシスに反して、セイラは、違和感の理由を見つけることができて、ニヤニヤが止まらない。
セイラとラークは、恋人関係にはない。この場にいる魔導士二人は、セイラとラークの関係を知っている。だが、ラークから口止めされているため、彼らがそのことを明かすことはない。
「何だ? この不穏な空気感は? またセイラが、何かやらかしたか」
(あっ……)
ラークが、やっと来た。そして鍋を見て、カシスの隣の赤辛鍋の方へ歩いて行く。
「何でもないわよ〜」
セイラはそう言ったが、ラークは双子の魔導士に尋ねたらしい。二人が少し困った顔をしていることに気づいたカシスが、口を開く。
「ちょっと茶色の練り物のことで……」
「は? 練り物?」
「セイラさんが、赤辛鍋の方に、辛味噌団子を全部入れたので、ちょっと不穏な空気になったというか……私が、こっちの方が合うと言ったせいなんですけど……」
カシスがそう話すと、セイラは意外そうな表情を浮かべていた。一方ラークは、魔導士二人に視線を向けている。
「ラークも座りなさいよ。赤辛鍋に入れた辛味噌団子は、責任を持って食べるから。で、今後の動きはどうなったの?」
セイラが話題を変えると、ラークは赤辛鍋の前の席に座った。そして、セイラが取り皿を持った瞬間、その取り皿が消えた。ラークは、自分で食べたい物を取るつもりらしい。
その二人の攻防も、カシスには見えていた。
(今は、王命ミッション中だわ!)
落ち込む気持ちを必死に切り替え、カシスは、チーズフォンデュの方に視線を向けた。
「王都の冒険者ギルドからの転移魔法陣は、フル稼働している。セイラが氷漬けにしたまま放置した魔物は、冒険者によって、討伐が終わったようだ」
「放置って、ひどくない? ま、いいけど。それで? フル稼働している転移魔法陣は、どこに冒険者を運んでるの?」
「このルペ村が半分。残りは丘の方だな。北の山にある第二迷宮から、魔物が溢れていることがわかった。アレを探している奴らが、うっかりスタンピードを起こしたみたいだな」
(アレって何?)
スタンピードという言葉は、乙女ゲームの中でも出てきたから、カシスは理解していた。魔物の大暴走を示す言葉だ。
「ラーク、カシスさんには協力してもらえると思うよ。ループ世界に関して、だいたい知ってるみたいだから。ただ、カシスさんの目で、何を探してもらえばいいかは、私にはわからないから、説明できてない」
セイラがそう言うと、ラークはカシスの方に視線を移した。ラークは、セイラがカシスを認めたのだとわかり、何かの覚悟を決めた様子。
一方で、カシスは、野菜のチーズフォンデュを口に入れたばかりで、返事ができなくて焦っている。
「ふっ、カシス、チーズは熱いから、慌てて食べると火傷するぜ」
(ひぇ、見られた!)
「は、はいぃ〜」
カシスが変な返事をすると、ラークはククッと笑った。そんな二人の様子を、セイラはジッと見ている。
「カシス、俺は、前世の記憶が戻ったのは5歳のときだ。そのとき、目に異常が起こった」
ラークは、そう言うと、左目の眼帯を外した。
(えっ? オッドアイ?)
ラークの右目の紺色が珍しいことは、カシスは知っていた。ほとんどの人の瞳は、黒か茶色だ。そして、眼帯を外した左目は、黄緑色をしていた。
「珍しい色ですね。宝石みたいで綺麗ですが」
「カシスは恐れないんだな」
「前世で、近所の人が飼っていた猫が、左右の瞳の色が違うオッドアイでしたから、珍しいけど、怖いとは思わないですよ」
カシスはそう話しながら、別の意味で恐怖を感じていた。ラークにも身体に異変がある。10歳を待たずに記憶が戻ったことからも、明らかだ。
(彼も、あと3年で消えてしまう……)
「そうか。新規転生者の強みだな。魔力を持たないから、まがまがしい光が見えないのだろう」
(まがまがしい光?)
「カシスさん、私達には、ラークの左目は悪魔の眼に見えるよ。終焉をもたらす者の眼かな」
セイラがそう言ったためか、ラークはすぐに眼帯を付けた。魔導士二人も、食べる手が止まっている。
「悪魔の眼って、赤じゃないんですか?」
「ラークの左目は赤いでしょ」
「いえ、私には黄緑色に見えましたよ」
「えっ!? そうなの?」
セイラが立ち上がった。その勢いで、テーブルが揺れ、フォンデュの野菜がテーブル上に転がる。
「はい、明るい黄緑色でしたよ?」
「じゃあ、ラークは、終焉の魔物にならないわね。よかった〜。瞳の色の異常は、魔物化のサインなのよ。誰が魔物になるかを隠すためか、偽物もたくさん混ざっているんだって。ラークは、偽物だったのね〜」
まるで無邪気な子供のように飛び跳ねて喜ぶセイラ。一方で、ラークは、大きく息を吐いていた。ラークは、目の異変が起こってからずっと、自分が終焉を引き起こす魔物になることを恐れていた。
「カシス、ありがとう。これで俺は、恐れずにアレを探しに行けるよ」
カシスを見るラークの安堵した表情に、カシスの胸はトクンと跳ねた。




