33、ルペ村
「完全に火の海だな」
カシス達は、セイラの転移魔法で、ルペ村の街道に移動した。しかも、空中に浮かんでいる。
オレンジ色に染まった景色と、足が地につかないことで、カシスは冷静ではいられなかった。時折、熱風が吹き抜け、その風にあおられてグラグラと揺れる。
「そうね。とりあえず、消火するよ。みんな、そのまま浮かんでいてね〜」
(ひぇっ!)
セイラが魔法の詠唱を始めると、カシスへの重力魔法が不安定になったのか、カシスは、吹き下ろす風で落下するのを感じた。
「おっと、カシス、大丈夫か?」
(ひゃぁ〜)
カシスの腕を掴んで引き上げたラーク。
「あ、ありがとうございます」
「いや、セイラが未熟なせいだ。詠唱を始めると、忘れっぽくなる。リュックをしっかりと握っていろ。わずかだが、魔力を秘めているからな」
「はい。あ、それで、リュックを背負うと回転しなくなったんですね」
「回転?」
「はい、ギルド前でのことですが。セイラさんは、剣の重さで、回ってしまうのかなって言ってました」
「魔力がないと重力魔法の操作もできないからな。しかし、カシスは回ってたのか?」
(あっ、笑った)
ククッと楽しそうに笑ったラークの横顔を、カシスはジッと見てしまう。自分が笑われているというより、彼が楽しそうな顔をしたことを、カシスは嬉しいと感じていた。
その直後、ラークの表情は真顔に戻り、魔法を使った。魔導士の二人も、少し遅れて魔法を発動した。カシス達は、バリアのような物に包まれた。
(えっ!? すご……)
セイラが詠唱を終えて魔法を放つと、オレンジ色に燃えていた街道は、真っ白な雪の世界に変わった。
炎の中にいた冒険者達は、慌てて空へ退避している。
セイラは、冒険者達の行動を確認したあと、再び魔力を放った。まだ生きていた魔物が、一瞬で氷漬けになる。
「セイラ、全方向に魔法を放つな! 街道だけに放て」
「え〜、そんなの無理だもん〜」
ラークの指摘に、拗ねた表情を見せるセイラ。
(絶対、恋人だわ……)
カシスは、男装して来てよかったと、また同じことを考えていた。ラークに腕を抱えられている状況にドキドキしつつも、彼女の頭は氷のように冷えていた。
◇◇◇
「俺は、ケインと一緒に現状確認をしてくる。昼飯でも食べていてくれ」
「はいはーい。じゃあ、いつもの店にいるわね」
(いつもの店……)
ルペ村に入ると、ラークは魔導士を一人連れて、カシス達から離れて行った。
「ダインさんは、発酵食が嫌いだったよね。カシスさんは、嫌いな物はあるかしら?」
ルペ村の奥へと歩きながら、セイラは、上機嫌でカシスに話しかけた。ダインと呼ばれた魔導士が先導する形で、セイラはカシスの横に並んで歩いている。
「私は、田舎から出てきたばかりなので、王都付近の食べ物は、全然わからないです」
「どこから来たの?」
「ガッシュ領です」
「あら、遠いわね。農業が発展している領地ね。じゃあ、野菜はだいたい食べれるかしら?」
「はい、大丈夫だと思います」
カシスは、周りの視線が気になっている様子。冒険者の間で有名なセイラは宿場町でも有名で、すれ違う人達は、彼女の美しさに見惚れていると、カシスは感じていた。
一方でセイラは、カシスに興味を持っていた。セイラが上機嫌なのは、口うるさいラークが離れている機会に、カシスといろいろな話をしてみたいと思っているためだった。
「ここよ〜。ダインさんには悪いけど、私、チーズ料理を食べるからねー」
(あれ? この店)
独特な看板を見て、カシスは、乙女ゲームを思い出した。まるでペコちゃんをパクったかのような、女の子がぺろっと舌を出している看板の上部には、この世界の文字で、鍋屋と書いてある。乙女ゲームでは、フォンデュ屋だったことを思い出し、この店がどの国にもあるチェーン店だと気づいたカシス。
(この店って、サンサンの……)
乙女ゲーム『創世のループ』では、一番あとから配信された『創世の書』に登場する大商人サンサン。彼が経営するチェーンレストランのフォンデュ屋は、様々な情報入手の場になっていた。だから攻略情報では、新しいストーリーをプレイする際には、フォンデュ屋の常連客と接触することを推奨していた。
「いらっしゃいませ。あっ、お嬢様」
(お嬢様?)
セイラの姿を見た店員達に、緊張が走った。
「今日は、冒険者のセイラよ。5人なの」
「かしこまりました! 個室しか空いていませんが、よろしいですか」
「ええ、仕方ないわね。冒険者のときは普通にしてほしいけど、王命ミッションが出てるから、この店しか入れないと思ったのよ」
カシスは、大勢の客が待っていることに気づいた。セイラの顔を見て、皆がざわついている。
「ご案内いたします。ようこそ、鍋屋へ」
店員に案内され、カシス達は奥の個室へと進んだ。
◇◇◇
「チーズ鍋と、赤辛鍋をお願いね。あとから二人来るから、取り皿は、5人分ね〜」
個室というより貴賓室のようだと、カシスは感じた。あまりにも豪華な部屋で、落ち着かない。
セイラは、メニューも開かずに注文すると、勝手知ったる様子で、テーブルを動かしている。二つのテーブルをくっつけて満足げに微笑むと、真ん中に座った。
「ダインさんは、赤辛鍋だから、奥のテーブルね。私は両方食べるから、真ん中だよ。カシスさんは、チーズは食べられる? 辛い料理は?」
「はい、どちらも食べられますから、余った方で……」
「何を言ってるの? 両方食べるなら真ん中でしょ。私の向かいの席ね。ラークはどちらも食べるけど、赤辛鍋の方が好きだし。ケインさんはどうだったかしら?」
「ケインは、私とは真逆です」
「じゃあ、チーズ鍋ね。双子なのに、趣味も好みも真逆なのね〜。さて、今日は、カシスさんの秘密を聞こうかな」




