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3、カシス15歳のお祝いの日に

「スグリット様、やはり、あの娘は……」


「俺は冒険者のラークだ。その名で呼ぶな。どこで誰が聞いているかわからない」


 ガッシュ男爵領から王都へのちょうど真ん中あたりにある交易都市クースの宿屋では、王家の使いの者を、左目に黒い眼帯をした小柄な男が待っていた。彼は、中級冒険者がよく着る軽装を身につけている。


「ここは大丈夫です。スグリット王子、片目では不自由でしょう? 眼帯を外されてはいかがですか」


「王子と呼ぶな! 今の俺は、冒険者のラークだ。確かに眼帯は慣れないが」


 彼が眼帯を外すと、左目の周りには、まるで殴られたかのような大きな赤黒いアザがあった。



「スグリット様、ガッシュ家の娘には、やはり魔力がありませんでした。新規転生者に間違いありません」


「俺はラークだと言っているのに……。それで? 創世の書を知っているか確認したのか?」


「その偽名は、私の名ではないですか。創世の書の件は、まだ確認していません。王女の専属執事として王宮に仕える件の承諾を得ております」


「ファファリアの専属執事? 娘なら侍女ではないのか? 父上は、ファファリアが気に入る執事を探せと言っていたはずだ」


「だから、彼女には男装していただきます。スラリと背が高い女性でしたので、問題はありません。公爵家も、男装した執事は多いですからね。王女はまだ3歳です。不自然だとは気づかないでしょう」


「おまえなー。身体に異常が表れた者は、前世だけでなく、その一つ前の記憶もあるのだぞ?」


「私にもその異常がありますから、存じております。ただ、年齢的に相応の幼さは、知識で補えるものではありません。スグリット様は、9歳のときに前世の記憶が戻ったから違和感はなかったでしょうが、私は5歳のときでした。知識と感覚は、なかなか合致しませんでしたよ」



 この世界では、前世の記憶を持つことは珍しくない。だが二つの記憶を持つことは少なく、前世だけでなくその一つ前の記憶を持つ者には、身体に何かの異常が表れる。そしてその異常は、あることを示すサインでもあった。


 とはいえ、生まれたときには誰も、前世の記憶は持っていない。10歳になったときの儀式で、様々な能力が目覚める。


 10歳になる前に何かをキッカケとして前世の記憶が戻った者には、彼らのように、さらに古い記憶もあるという。



「ラーク、その娘の迎えには、俺も同行する。新規転生者は千差万別だ。場合によっては途中で始末する」


「スグリット様、私を信じてください。おかしな人物ではありませんよ」


「は? そう言って連れて来た庭師は、暗殺者だったじゃないか」


「あれは、あまり調査をしてなかったのです。今回は王女の専属執事ですから、完璧に調べました。魔法さえ存在しない異世界からの転生者です」


「あの暗殺者も、魔法の存在しない世界からの転生者だっただろ」


「あー……あはは」


「俺も行く! おまえは、さっさと、その年寄りの変装を解除しろ」


「えっ? いえ、私は、王宮に戻り……」


「おまえが迎えに行くんだ! じゃないと俺が同行できないだろ」




 ◇◆◇◆◇




 王家の使いが訪れてから10日ほど後、カシスは15歳の誕生日を迎えた。だが、その祝いの席は、王都へ旅立つ彼女の送別会となっていた。


 ガッシュ領から王都へは、通常の馬車なら20日程かかる。そのため、気軽に行き来することは難しい。



「カシスは、王都で働くことになったんだってな。俺も、今年の夏の、王立大学校の入学試験を受けるつもりだ」


「ジョセフは魔法大学校に行くんでしょ? ジョセフのお兄様も、魔法大学校を卒業されたじゃない」


「俺は次男だから、好きにしていいんだよ。ガッシュ家に婿入りしても構わない」


 初等学校で親しくなったジョセフとカシス。二人は同い年であり、背丈も同じくらいだった。


 カシスが、とてもモテるジョセフに無関心だったためか、いつからかジョセフは、彼女のことが気になり始めた様子。


 初等学校を卒業した後も、本気か冗談かわからないことを口にするジョセフに、カシスは少し困っていた。



「何を言ってるの、ジョセフ・スクルトさん。スクルト伯爵家は、王家の方々が他国へ行くときには護衛を任されるほどの名家じゃない。いくらでも婚姻の申し込みはあるでしょ」


「俺は、カシスといるのが、一番気楽なんだよ。カシスが承諾してくれたら、父上から正式に申し込みをするからさ」


「ジョセフのことは、仲の良い友達だと思っているわ。でも私には、幼い弟がいるもの。当分の間はそんなことは考えられないわ。それに、ガッシュ家は男爵家よ? スクルト家とは身分差がありすぎるわ」


「また、身分差の話かよ。俺は次男だから、気にしなくていいんだってば。俺は絶対に王立大学校に行くからな」


「試験は難しいらしいわよ? 私は無試験だけど、授業についていける気がしないわ」


「じゃあ、王都に行くのは、やめておけよ」


「そうもいかないのよ。あっ、お客様だわ」



 屋敷の前に止まった馬車に気づいたカシス。彼女の視線を追ったジョセフは、その表情を引きつらせていた。


「あの紋章は、王家のものだぞ。もう迎えが来たのか? まだ、10日くらいしか経ってないだろ」


「あっ、そういえば、魔導馬車で迎えに来るって言っていたわね。まだ何も支度をしていないわ! ジョセフ、私は支度をしなきゃ。今日は、来てくれてありがとうね」


 カシスは、他の友達にも礼を言い、慌てて私室への階段を駆け上がっていった。



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