29、居心地が悪いカシス
「セイラさんまで、緊急ミッションに参加するんですか」
カウンター内に立つ商人ギルド長は、艶っぽい声を出していた美しい女性に、デレッとした表情で話しかけた。
彼女の鮮やかな青い髪は長く、毛先が巻き髪になっていて、薄化粧だが、その美しさは際立っている。年齢は、30歳前後だろうか。年相応の自然な色気もあり、多くの男達の視線を釘付けにしている。
カシスは、交易都市クースで、似たような髪型の女性を見たことを思い出し、居心地の悪さを感じていた。それと同時に、今、男装していて良かったと思っていた。
(きっと流行の最先端なのね)
「あら? いい匂いね。私も、いただこうかしら」
セイラと呼ばれた女性は、商人ギルド長の問いには答えず、カシスの左隣に座った。
「すぐ、ご用意しますね」
(どうして、私の隣?)
ラークと親しげな彼女が、ラークの隣ではなく、カシスの隣に座ったことで、カシスは混乱していた。右にはラーク、左にはセイラがいる状態だ。
すぐに用意された朝食セットのスープは、カシスが食べたものではなかった。この行動から、商人ギルド長は、冒険者で様々な実験をしていることが明白になったと、カシスは思った。
(ひゃっ、近い!)
ラークが、彼女のスープを覗こうと、カシスの方に頭を近づけてきた。カシスは、必死に冷静を装う。
「セイラのスープが、俺らのとは違うじゃないか」
「あ、あはは。今、できたての芋のスープですよ。セイラさんが、以前、美味しいと言ってくれたので」
(カボチャスープっぽいけど?)
「俺も、それを飲んでみる」
ラークがそう言うと、商人ギルド長は少し嫌そうな顔をしつつ、彼の前にスープのカップを置いた。
すぐに一口飲んだラークは、商人ギルド長を睨んだが、何も言わずに、カシスの前にカップを置いた。
「カシスも飲んでみるか? ラークの腹黒さがよくわかるぜ」
「は、はい。じゃあ、一口だけ」
(いいの? 間接キスじゃない?)
動揺を顔に出さないように、必死に平静を装うカシス。今は男装しているから男同士なんだと、何度も自分に言い聞かせて、スープを一口飲んでみた。
「あっ! すごく美味しい」
「だろ? ラークは、こういう奴なんだよ。俺達には激マズな料理を出して実験するくせに、プラチナカードには媚びるんだぜ?」
カシスが持っていたカップに手を伸ばして取り返したラークは、美味しそうにスープを飲んでいる。
(ひゃー、飲んだ!)
カシスは、顔が熱くなるのを感じ、慌てて紅茶のカップに触れる。だが、飲み干してしまっていたから、紅茶は入っていない。
「あら? 紅茶のおかわりは、ないのかしら」
セイラがそう言うとすぐに、紅茶の入ったポットが、カウンター席に出てきた。
「ふふっ、気が利くわね、ラークさん」
「いえ、当然のことですよ」
彼女に褒められた商人ギルド長は、デレッと表情を崩している。
(あっ……)
セイラがカシスのティーカップに紅茶を注いだのを見て、カシスは焦った。
「あっ、ありがとうございます、セイラさん」
「ふふっ、いえいえ。あら? ラークもおかわりが欲しいの? 悪いけど、届かないのよ」
「別に、そんなことは言ってねぇよ」
(えっ……どうしよう)
「あの、私が……」
「カシスさんは、気を遣わなくていいのよ。王宮務めの執事でも、ここは冒険者ギルドなんだからね。冷めないうちにどうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
ぷすっと膨れっ面をしているラークの意外な表情を見れて、カシスは一瞬、トキメキを感じたが、すぐに浮き立つ気持ちは冷えていく。
(恋人なのかしら)
カシスは、二人の間には強い信頼関係があると感じた。セイラを見つけたときのラークの優しい表情には、深い愛情があるようにも見えた。
さっき、スープの回し飲みをしたことで、カシスはドキドキしていたが、それは、彼がカシスを男だと思っている証のようにも思えた。恋人の前で、女性と回し飲みするなんて、ありえないことだ。
カシスは、二人の関係を尋ねたいと思ったが、勇気がなくて、できない。告白もしていないのに失恋することは避けたい、と思っている様子。
「ラークさん、どうやら、予想が当たったみたいですな」
セイラが朝食セットを食べ終わるのを見計らったように、商人ギルド長が口を開いた。
「上の最新情報を見せてくれる?」
ラークがそう言うと、カウンターの下から、何かの道具が出てきた。冒険者ギルドの案内板を映したライブ映像のようだと、カシスは感じた。
「初動の冒険者が制圧に失敗したみたいだな。ルペ村の付近まで、バリケードが後退しているのか」
(魔物の大発生よね?)
「ルペ村って、王都の北門の近くだったわよね?」
「あぁ、一番近い宿場町だ。北の山に行く冒険者のための休憩地だが、丘の上の宿屋付近にまで魔物が出てきている。これは、緊急ミッションでは片付かないぜ」
大変な事態に反して、二人の表情は楽しげだった。その二人に挟まれて座るカシスは、居心地の悪さを感じていた。
「まぁ、そうだろうと思ったから、私も王都に来たんだけどね。楽しくなりそうね。カシスさんのランクは?」
突然、微笑みかけられたカシスは、慌てて口を開く。
「私は、Dランクになったばかりです」
「ブロンズカードかぁ」
(やはり……)
ブロンズカードは、様々な点で不利なのだと感じたカシス。彼女がガッカリしたように見えて、カシスは心苦しさを感じた。
「セイラ、カシスは王宮務めの執事だぜ? それに、新規転生者だ」
「それなら、主人公特典があるわね。私達には見えないものが見える。カシスさん、私達と一緒に、臨時パーティを組みましょう。明朝には、緊急ミッションから王命ミッションに変わるわ」
(ええっ!?)




