23、道化師ボックス
その翌日も、カシスは、冒険者ギルドへ行った。だが、男装したミランダには会わなかった。
カシスは、冒険者ギルドの扉番のミッションを受けることになった。案内係のようなものらしい。
「お兄さん、扉の外に立ってくれるか?」
扉番は、扉の外側と内側に立つようだ。外側の方が、面倒事が多いため、新人を外側に立たせたいらしい。
「わかりました。ギルドの入り口がここだと案内をすれば良いのですよね?」
「それもあるが、ギルドから出て行く冒険者を見張ってくれ。扉の前で、報酬の分配をめぐって揉めることがある」
(なるほどね)
「はい、わかりました」
カシスが普通に承諾したことから、内側に立つ冒険者は怪訝な表情を浮かべていた。大抵の新人冒険者は、外側は怖いと言って、内側を希望する。交換してやる代わりに、報酬の一部を要求するのが、姑息な扉番冒険者の手口だ。
「兄さん、サボるなよ? 扉の外側に立ってろよ?」
「はい。1時間だけなので、大丈夫だと思います」
「何も知らない坊やか。まぁ、いい。よろしくな」
そう言ってカシスを外へ追い立てるように出すと、扉が閉められた。
カシスは、扉番の腕章をつけ直すと、門の開閉の邪魔にならない場所に立つ。
(ん? 何?)
カシスが立つ場所から少し離れた所に、同じ腕章をつけた男が、隠れるようにしゃがんでいる姿が見えた。
「どうされました?」
カシスが声をかけると、その男は、ビクッと方を震わせ、ゆっくりと振り返った。そして、カシスの顔を見ると、ホッと安堵の息をもらす。
(あれ? この人……)
カシスの頭の中には、乙女ゲーム『創世のループ』に登場するキャラの顔が浮かんでいた。『転換の書』ではモブキャラだが、『終焉の書』では、道化師と呼ばれていた敵キャラ。丸い黒縁眼鏡が特徴的な、ボックスという名の正体不明な男だ。
前世でゲームをしていたとき、彼女は、道化師ボックスが終焉を引き起こす元凶だと考えていた。道化師ボックスと関わらないことでバッドエンドを回避できる、という攻略情報を読んだこともある。
「お兄ちゃんも外側の扉番なんですね。よかった。僕ちゃん、一人でどうしようかと悩んでいました」
(僕ちゃんって言ったわ!)
前世の彼女は、道化師ボックスが強い魔導士だと思っていた。それなのに臆病なフリをして、多くの人の同情を集める。自分のことを僕ちゃんと言い、人の名前も、ちゃん呼びする。
「私も、扉番です。1時間だけですが」
「ええっ! 僕ちゃんは、あと2時間ですよ。どうしよう、困ったな」
「1時間のミッションですよね?」
「僕ちゃんは、扉番だけでランクを上げているので、今日は、あと2時間なんです。困ったな、どうしよう」
(困ったを連呼してるわ!)
カシスは、彼が道化師ボックスだと確信した。だが、それを口に出すことはマズイと考え、素知らぬフリをしている。
「何か困ることがあるのですか?」
カシスがそう尋ねると、その男の目が怪しげに輝いた。
「さっき、あのパーティが戻って来たんですよ。絶対に、ここでケンカになります」
「あのパーティというのは?」
「Cランクだらけのグラスラムですよ。低ランク冒険者をいじめるのが生き甲斐のような奴らです」
「グラスラム? 私は、冒険者パーティを全然知らなくて……」
「何日か前に、酒に酔って暴れて、メンバーの何人かがDランクに落とされたらしいが、そいつらが特にひどいんだ。僕ちゃんは、何もしてないのに殴られた」
(泣いてる?)
狡猾な道化師ボックスだとは思えなくなってきたカシス。ゲームの中で、彼が泣くシーンなんて見たことがない。
ドガッ!
突然、扉が、蹴破られそうな勢いで、開いた。
(あっ……)
不機嫌そうな男が、別の冒険者を、扉の外へ蹴り飛ばしたのが見えた。
「おまえがグズだから、スピード報酬を逃したじゃないか! それでCランクだと? ふざけんなよ!」
「俺のせいじゃないだろ。俺は回復役で入ってやっただけだ。おまえら、こんなことばかりしているから、Dランクに落ちるんだよ!」
(本当にケンカしてる)
道化師ボックスらしき男は、頭を抱えて、しゃがみ込んでいる。扉で頭を打った……フリをしているらしい。
「俺様に、よくそんな口が……」
回復役を蹴り飛ばした男は、扉番の男がしゃがみ込んでいることに気づくと、ニヤッと口元を歪める。
「扉番は、仲裁するのが仕事じゃないのか! おいコラ、聞いてんのか? 腑抜けた野郎だぜ。仕事をサボった罪は重いぜ、ボックス」
(ボックスって言った!)
「ヒィ、僕ちゃんだけじゃない。もう一人いる。僕ちゃんは、頭が痛い」
「ああ? もう一人って誰だ?」
その男は、そう尋ねつつ、周りを見ない。彼を恐れている者だけをターゲットにしているらしい。
「もう一人は、私です。ギルド前でのケンカは迷惑です。立ち去ってもらえますか」
「何だと? 俺は、シルバーカードだったんだぞ!」
(気づかないのね)
その男はカシスを睨みつけると、またボックスらしき男に視線を戻した。
「今は、ブロンズカードですか。それなら、回復役の人の方が格上ですよね。この場所でのケンカは迷惑です。立ち去ってください」
「何だと? 案内しかできないカスが、舐めたことを言ってんじゃねぇぞ!」
(どうしようかな)
ここを通りたい人がいれば、カシスは強制的にその男を扉の前から排除できる。だが、こんな様子を見て、突っ込んでくる勇者はいない。
「扉番の兄さん、適当につまみ出せばいい。俺も、こんな奴らと組んで失敗だったよ」
「お仲間じゃないのですか」
「まさか! たまたま、俺が受注したフリーミッションに、コイツらが参加しただけだ。フリーミッションは、知らない冒険者でも、臨時パーティを組むことになるからな」




