2、王家からの使い
「黙りなさいっ! わたしは悪役令嬢なのよっ」
ここは、フルールニア王国の王都フルール。王宮にある一番小さなダンスホールに、聡明な王女ファファリアの可愛らしい声が響き渡った。
「ファファリア様、誰がそんなことを言ったのでしょうか。ファファリア様は、この国の王女殿下ですぞ」
執事長が慌てて、王女に仕える侍女達に鋭い視線を向けた。だが、誰もが首を傾げている。
「わたし、メイドは嫌いなのっ」
「では、どのような者がお仕えすればよろしいのでしょうか。ファファリア様の身の回りのお世話は……」
「わたしは、子供じゃないのよっ。身の回りの世話はいらないわ。必要なことがあれば、わたしから執事か近衛騎士に言うもの。気分が悪くなったから、もう今日は休むわっ」
執事長をビシッと指差し、クルリと背を向けると、王女ファファリアは、ダンスホールの出入り口へと、トコトコと歩き始める。王女はダンスの練習が嫌いらしい。
このフルールニア王国は、気候が穏やかで豊かな国である。国王や王妃が優れた外交力を発揮してきたことで、周辺国との関係も悪くない。
国王には、三人の王子と一人の王女がいる。王女ファファリアは、まだ3歳の末っ娘。王妃に似た美しい顔立ちと聡明さを持つ。
だが、この聡明さは、少し異常だった。それが明らかになったのは、3歳の誕生日の夜から数週間後に、原因不明な熱病を患った後のことだった。熱病から回復した王女ファファリアは、突然、大人と対等に話せるようになっていた。
そして王女ファファリアは、世話をする侍女に触れられることを、極端に嫌がるようになっていた。
◇◆◇◆◇
「今、何とおっしゃいました?」
王宮から馬車で20日程かかる周辺の地、ガッシュ男爵領に、王家からの使いが、密かに訪れていた。
ガッシュ家は、代々、他国からの侵攻に備える騎士の家系である。当主のガッシュ男爵には、もうすぐ15歳になる娘と7歳になったばかりの息子がいた。
男爵家は貴族の中では地位は低く、煌びやかな社交界とは無縁な当主も多い。ガッシュ家は、王都から離れた農村の多い領地を統べるためか、平民に近い感覚を持っていた。
「我々は、王女ファファリア様に仕える者を探しています。ご令嬢のカシス・ガッシュさんを王女専属の執事として迎えたい」
「侍女ではなく、執事ですか? カシスは、少し背は高いですが、私の娘ですよ?」
使いの者の話に、困惑するガッシュ男爵。
「女性だからこそです。王女ファファリア様はまだ幼いですが、非常に聡明な方です。熱病で闘病された数週間の間に、侍女が意図せず失礼なことをしたようでして、特に若い女性を嫌っておられるのです」
「王家には多くの優秀な執事がいらっしゃるのでは?」
「王女の身の回りのお世話を、まさか男性にさせるわけにはいきません。着替えはご自身でお出来になりますが、侍女を寄せ付けないため、不都合が生じています。王宮薬師は一時的な反抗期だろうと言っていますので、長い期間にはならないと思いますが……」
「しかし、執事というのは……」
「背の高いカシスさんが最適なのです。ガッシュ家の令嬢なら、護身術にも問題はない。王女は、秋から、王立大学校に入学されます。護衛も兼ねて是非お願いしたい」
「大学校は、15歳からですよね?」
「飛び級が可能です。入学前には、王女ファファリア様は4歳になられます。カシスさんは、もうすぐ15歳ですよね? 王立大学校の入学許可も与えます。執事契約が終了した後も、通っていただいて構いません。あっ! 婚期が遅れることがご心配なら、ふさわしい相手を責任を持って探します。ですから、なにとぞ……」
ガッシュ男爵は、使いの者の必死な様子に、頭を抱えていた。断っても、王命が出ることが予想される。そうなると、今提示されている条件より悪いものになるだろう。
「わかりました。カシスを呼びなさい」
ガッシュ男爵は、執事に娘を呼びに行かせた。
◇◇◇
「お父様、何事ですか」
剣術の練習着のまま現れたカシス。スラリと背が高くて凛とした姿に、王家の使いの者は目を輝かせた。
「カシス・ガッシュさんですね。王女ファファリア様の専属執事として、王宮にお越しいただきたい」
「お断りしますわ。私は男ではありません。他に適任者は大勢いらっしゃるでしょう?」
「カシスさんほどの適任者は、他にないと考えております。男装していただいても違和感のない体つき、それに護身術も完璧でしょう。侍女を寄せ付けない幼き王女を守っていただきたいのです」
(悪かったわね)
男性のような体つきだと言われ、カシスは、かなり気に障った様子。
「王女様が、私を受け入れてくださるとは限りませんよ」
「その場合は、この話は無しということで、王都に宿を用意します。王立大学校へは卒業まで通っていただいて構いません。授業料や滞在費などは、すべて王家で負担します」
(これは、断れないのね)
カシスは、父親の表情から、すべてを察したようだ。王家がここまでの待遇を用意するのは、断らせないためだ。カシスは心の中でため息を吐く。
「我々は王宮に戻りますが、すぐに別の者が、魔導馬車でお迎えに参ります。早目の支度をお願いします」
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