110、これからも、ずっと
今回で、本編完結です。
いつもより少し長めになっています。
『ウィルラーク、いいよ。キミのお願いを叶えてあげる。その代わり、カシスは私の噂を打ち消しなさい』
(名前を言われた!)
「精霊様、ありがとうございます」
ウィルラーク王子が深々と頭を下げる姿を見て、カシスも、それに合わせた。しかし何のことだか、さっぱりわからない。
『ウィルラークは、ちゃんと約束を守ったね。カシスには何も話してなかったんでしょ』
「はい、先入観を与えないようにとのご命令でしたので、何も話しておりません。第一夫人のことも、彼女はわかってないと思います」
(なぜその話が?)
カシスは、ウィルラーク王子には第一夫人がいることを、執事長から聞いていた。ただ、書類上のことで、実在しない公爵令嬢だとも聞いていた。
『だよねー。カシスは、大混乱中みたいだよ。私が、紫の小径で、恋人達に加護を与えていたのは、知ってるよね? 身分差で結婚できない恋人達の願いを叶えるために、道化師が作り出した仕組みを利用していたのよ』
紫色の髪の少女の姿をした精霊アーシェルは、カシスの真ん前に立ち、説明を始めた。
「はい、あ、恋人達に加護?」
『そそ。人間達は身分差があると、どんなに素敵な恋人同士であっても、引き裂こうとするでしょ。だから、そういう相談者は、そのまま神の庭園に連れて行ったの』
「転生をする神の庭園ですか? あっ、生まれ変わらせて、結ばれるように」
『ええ、そういうことよ。道化師の世界では、前世の記憶を引き継いだ状態で転生するからね。本当に愛し合っている二人には、それが一番、手っ取り早い解決になるでしょ?』
「確かに、身分差がなくなれば障害は消えそうですけど、10歳になるまでは前世の記憶は戻らないですよね」
『まぁね。だけど、10歳になる前に結婚する子はいないもの。財産問題が起こらないように、過去に遡って転生させていたから、上手くいってたの。でもいつからか、変な噂が流れるようになったわ』
「変な噂?」
『ええ、私が恋人達に嫉妬して殺してしまう女神だってね。キミも、嫉妬の女神って言ったもんね』
(言わされたんだよ)
「は、はい……」
『道化師の本の世界では、その噂が定着してしまったわ。あと2年で、本の先の未来へ進むでしょ? だからカシスには、私の噂が未来に語り継がれないようにしてほしいのよ。私は、女神フルンチェアよ。道化師のループ世界が生まれる前は、恋を成就させる女神と呼ばれ、多くの恋人達に祝福を与えていたの』
「あっ、だから、女神フルンちゃん?」
カシスが問い返すと、精霊アーシェルはコクリと頷いた。
『ウィルラークが、カシスと婚約するために、亡霊結婚の依頼をしてきたの。その対価として、私を祀る神殿をつくる場所を提供してもらったわ。これは、古くから何度かやっていたことよ。ウィルラークは、それを調べたみたいね』
「亡霊結婚?」
『ええ。彼の第一夫人の名前は知ってる? フルン・アウラ公爵令嬢、つまり私よ』
「ええっ? 精霊様が第一夫人なんですか」
『ちょっと待ちなさい。亡霊結婚って言ったでしょ? 名前をよく考えてみなさいよ。アウラという公爵家はないでしょ』
「あ、はい、確かに聞いたことはありません」
『アウラは、神々が住む世界の総称よ。第一夫人が公爵令嬢なら、王子は身分差を気にせず、第二夫人として恋人と結婚できるのでしょう? 人間って面倒くさいわね』
(あっ、そういうことか)
カシスは、ウィルラーク王子の方に視線を移した。彼は、やわらかな笑みを浮かべて頷いた。
「それで、彼の願いというのは、他にもあったのですか?」
「カシス、勝手に試練を受けさせてすまない。だが、合格をいただけたようだ」
(試練?)
『ウィルラークは、これから先のことを、私に依頼しに来たんだよ。終焉の先のことだね』
「終焉の先?」
『私としても都合が良かったから、カシスを試すことにしたの。試さなくても、だいたいわかっていたけどね』
「噂を打ち消すお仕事ですか?」
『ええ、ウィルラークの新たな依頼の対価は、カシスに払ってもらうわ。ウィルラークは、この場所を、他の身分差で困る恋人達に加護を与える場にしてほしいと、依頼してきたわ。人間の決まりを変えればいいだけなのに、それは難しいみたいね。また、終焉の先は道化師の本の外だから、記憶を維持した転生を望むなら、虹の塔に行く必要があるでしょ。私、あんな邪神に頭を下げる気にはなれないわ』
「あっ、ループしないから……」
『そういうことよ。紫の小径を閉じることも考えたけど、私としては、ここに恋人達を飛ばせばいいなら、楽だわ。亡霊結婚とは、姿なき者との偽装結婚よ。それに、この神殿で加護を与えれば、私の信者が増えるから、ウィルラークが死んだ後も、ここを維持できそうだもの。キミ達は、あと100年くらいしか生きないでしょ?』
「あと60年くらいではないでしょうか」
『なっ? それは、急がなければならないわね。せっかく、神殿を建てたばかりだというのに。私は各国に知らせなければならないわ。忙しいから、キミ達は帰ってちょうだい』
紫色の髪の少女は、黄色っぽい光に変わると、パッと弾けるように消えた。
(えっ?)
カシスの目に映る景色が緑色に変わった。
◇◇◇
「強制的に、排出されたみたいだな」
「あっ、結界の外なんですね」
カシスは周りを見回すと、少し離れた場所に、透明な建物があることに気づいた。駆け抜ける風が心地よい。
「ここは王都とは違って、この季節でも暖かいですね」
「そうだな。はぁ、緊張した〜」
ウィルラーク王子は草原に座ると、そのまま寝転んで、ン〜ッと伸びをしている。その姿を見たカシスは、銀色の仮面をつけた第二王子の冷徹なイメージではなく、ラークらしい仕草が、彼の素の姿なのだと、改めて実感した。
カシスが彼の横に座ると、ウィルラーク王子はムクッと起き上がった。
「第一夫人との亡霊結婚って、なんだか怖いイメージですけど、書類上だけのことなんですか?」
「確かに、亡霊結婚という響きは、気味が悪いよな。昔からの言い方だ。第一夫人が亡くなったということを強調したかったらしい。いろいろと調べている間に、紫の小径のことが出てきたぜ」
「えっ? 紫の小径?」
「あぁ、偽装結婚の対価として神々が要求するのは、自分が地上で自由に使える土地なんだよ。紫の小径も、対価として支払われたとわかり、精霊様に今回のことを打診したんだ」
「ガッシュ領の一部も、対価として渡したということでしょうか?」
カシスの祖先にも、婚姻を認められない身分差を、この方法で打ち破って、結婚した人がいたらしい。
「そういうことだ。今でも、多くの人が亡霊結婚をしたくて、神々を探し回っているらしい。だから、この場所を大勢に開放したいと、精霊様にお願いしたんだ。その対価が、まさか、嫉妬の女神という噂を打ち消すことだとは、驚いたけどな」
「でも、噂を打ち消すのは、簡単ではないですよね?」
カシスが不安げに、そう口にすると、ウィルラーク王子は、フッと笑みを見せた。
「簡単だぜ? 俺達を見ていれば、誰もがその噂が事実ではないことに気づく。明日の王宮の会見では、その話もするつもりだ。だが、人々の関心を引くために、私の婚約者が誰かは、結婚式まで秘密にしておくつもりだ」
「えっ? じゃあ、また、いろいろなゴシップ記事だらけになりませんか? あっ、それがいいのかな」
「ふっ、カシスもわかってきたじゃないか。これからしばらくは、第三期の魔物のスタンピードがある。結婚式までは、冒険者ラークと、イチャイチャしようぜ」
「へ? イチャイチャって……」
「あー、しまった。またサンサンのセリフだ。俺は、無言になる方がよさそうだな」
ふて寝をするように、また寝転んだウィルラーク王子。その横に、カシスも寝転んでみた。草の香りがして、懐かしさを感じる。
「ふふっ、捕まえた」
「へ? あっ……」
ゴロンと転がって、カシスの上にまたがったウィルラーク王子は、勝ち誇ったような嬉しそうな顔をしていた。
「カシス、愛している。これからも、ずっと」
彼の顔が近づいてきて、唇がそっと重なった。
「ラークさん、私も……」
「なぁ、カシス。今夜は俺の部屋に泊まるだろ?」
「へ? あ、ええっ?」
驚いたカシスを見て、ウィルラーク王子は、自分で自分の頬を殴った。
「油断するとすぐに、クズなサンサンのセリフになってしまう。屋敷に泊まるかと聞いたつもりだったんだが……」
仰向けに寝転び、落ち込んだ表情を見せるウィルラーク王子。冷徹な第二王子ではない。カシスに少し甘えているようにさえ見える、親しみやすい青年の姿だった。
(ふふっ、かわいいかも)
「そんなに気にしなくていいですよ、ラークさんはラークさんなので。私も愛しています」
カシスは、落ち込む彼のおでこに、そっとキスをした。
──────── 《完》 ────────
皆様、これにて本編完結です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♪
明日は、最終話となるエピローグを投稿予定です。
残り1話となりましたが、最後まで読んでいただければ、嬉しいです。




