106、ウィルラーク王子の部屋へ
「私と踊ってくださいますか?」
ダンスホールの中央に突然現れた第二王子とカシスの姿に気づくと、王女は、まぁっ! と小さな叫び声をあげた。
「えっと、踊れる自信がないのですが……」
「心配ない。私がリードする」
ウィルラーク王子は、カシスの手を取り、腰に手を回す。そして、戸惑うカシスをリードして、流れる音楽に合わせて、踊り始めた。
(あっ、できるかも)
目の前の彼が銀色のハーフマスクをつけていることで、カシスの頭の中は混乱していた。第二王子に苦手意識があるためだろう。
だが、曲に合わせて踊っていると、気持ちもだんだん上がってくる。そして、第二王子がラークなんだという実感が湧いてきた。
(私は、ラークさんと踊ってる)
酒場ベリーズでは驚きの連続で、何だか現実ではないことのような気もしていたカシス。今、彼と手を取り、彼の背に触れていることで、いろいろな感情が湧き上がってくる。
(ラークさんと婚約したんだわ)
第二王子が、銀色のハーフマスクを付けている理由は何だろう? 架空の第一夫人がいる理由も知りたい。なぜ、隠して婚約を進めたのか、何か大きな障害があるのか。
踊ることに慣れてきたカシスの頭には、いくつも疑問が湧いてきた。カシスは、ふわふわとした気分を感じつつも、まだ知らないことへの不安も感じていた。
曲が終わった。
第二王子は、カシスからスッと離れる。温もりが離れたことで、考え事をし始めていたカシスは我に返った。慌てて、彼の顔を見上げたが、銀色の仮面によって、その表情はわからない。
背の高いカシスが見上げると、ウィルラーク王子の顔はとても近くにあった。ラークとの身長差を気にしたことがなかったカシスだが、彼はこんなに背が高かったのだと、今更ながら、気づいた様子。
パチパチと拍手が聞こえる。
「お兄様、カシス! とても素晴らしいダンスでしたわ」
王女がそう言ったことで、ダンスホールにいた先生らしき人達も、口々に感想を口にする。だが、その言葉には、親しみはない。むしろ、恐れを感じているのか、第二王子の顔色を窺っているようだ。また、カシスのことを知らないため、戸惑いもあるらしい。
「兄上、ご婚約おめでとうございます。カシスは、いや、カシスさんは承諾したのでしょうか」
スグリット王子は、周りの人達に、カシスが第二王子の婚約者であることを説明しようとしたが、変な言い方になり、焦っていた。スグリット王子の素直な性格によるものだろう。
「スグリットとファファリアに話がある。ここでは話しにくいな。ついて来てくれ」
第二王子はそう言うと、ダンスホールの出口へと向かって、一人で歩き始める。カシスは一瞬迷ったが、第二王子がカシスの方を振り返ったため、自分も呼ばれているのだと察した。
「お兄様のダンス練習は、今日はおしまいねっ」
王女はそう言うと、カシスと手を繋いだ。何か複雑な表情をしているが、この場では話せないと判断したらしい。
「おうっ! 早く行かないと、兄上に叱られそうだな」
スグリット王子は、第二王子の後を追った。カシスと手を繋いだ王女も、トコトコと歩き始めた。
◇◇◇
第二王子が向かったのは、王女の私室がある建物の最上階だった。扉が開かれた先に見えたのは、大きな窓のある明るい部屋だ。
「うおっ! カーテンが開いてるぞ」
その部屋に入ると、スグリット王子が驚いた顔をしていた。カシスは、入ったことのない部屋だが、最上階はすべて第二王子の部屋だという知識はある。
カシスの目には、最上階の長い廊下に、扉番は10人以上いるように見えた。鎧を身につけた者や魔導ローブを身につけた者、また黒服の者もいる。
「ケインも入ってくれ。防音結界を頼む」
(ケイン?)
第二王子がそう叫ぶと、離れた場所にいた鎧を身につけた兵が、駆け寄ってきた。
そして、皆が部屋に入ると、扉が閉じられ、鎧を身につけた兵が、部屋の中に魔力を放った。
(もしかして、双子のケインさん?)
顔は兜で覆われているから見えないが、魔導士らしき人は他にもいたのに、鎧を身につけた兵が呼ばれたことに、カシスは不自然さを感じた。
だが、敏感な王女が何も言わないことから、カシスも疑問は口にしなかった。
「適当に座ってくれ」
第二王子は、大きなソファに座った。その向かいのソファに王女がちょこんと座り、スグリット王子はその横に座った。
(私は、どこに?)
カシスが迷っていると、王女は、第二王子の隣を指差している。婚約者だから隣に座るべきなのだが、カシスは身分差を考えすぎる性格だ。
「カシスも、座ってくれ」
「は、はい」
第二王子が、自分の横の席をポンポンと叩いていたことで、カシスはようやく座ることができた。
正面には、複雑な表情をしたスグリット王子、そして、第二王子の前には王女ファファリアが座っている。
「スグリットとファファリアに、改めて紹介する。彼女が、私の婚約者となったカシス・ガッシュだ。二人はよく知っているだろう」
「お兄様、以前もお話しましたが、カシスには紫の小径で気持ちを確かめ合った想い人がいますわ。終焉の先へ進むことができるのは、カシスとその想い人のおかげなのです。まさか、その相手を亡き者にしようとは、お考えにならないでしょうね?」
王女は、ビシッと、第二王子に意見をぶつけている。ダンスホールでは、二人のダンスに拍手をしていたが、内心は複雑だったらしい。
「私は、随分と強欲な人間だと思われているのだな。まぁ、それは仕方ない。私のこれまでの行動の結果だ。おまえ達には謝らねばならない。もちろんカシスにもな。カシスには、先程伝えたばかりだ。彼女も驚いていたよ」
そう言うと、第二王子は銀色の仮面に手をかけた。




