105、王宮内のダンスホール
「よし! ファファリアに文句を言いに行くか」
カシスは、ウィルラーク王子がわざと軽い雰囲気で話していることに気づいた。これは、カシスに身分差を感じさせないための配慮だ。
また、どこから話そうかと言いつつ、彼は、ほとんど何も語っていない。カシスとしては、第一夫人のことも気になっているが、やはりカシスから尋ねることは難しい。
一方で、王子ウィルラークは、緊張から、当初考えていた段取りが、すっかり頭から吹き飛んでいた。順を追って落ち着いて話すべきだったと、激しく後悔している。彼は、前世のサンサンのセリフになることを避けようと意識するあまり、ごちゃごちゃになった様子。
「文句、ですか?」
「あぁ、いや、それよりも良いことを思いついたぜ」
ウィルラーク王子は、左目に土色の眼帯をした。髪色は違うが、いつものラークの顔になり、カシスは、ドキッとしている。
彼はさらにその上から、銀色のハーフマスクをつけた。カシスは、第二王子の顔になったと感じた。
「眼帯の上から仮面をつけて、どうするのですか?」
「ふふっ、ファファリアもスグリットも、ラークが俺だとは知らないからな」
「ファファリア様は、婚約をご存知なのでは?」
「あぁ、第二王子ウィルラークとカシス・ガッシュの婚約は、知っている。ファファリアは、自分の兄がカシスと婚約したことは喜んでいたが、カシスの恋が叶わなかったことを気にしているようだ。ファファリアは、カシスに懐いているよな。カシスの恋を本気で応援していたらしい」
「ええっ? じゃあ……」
「ファファリアが俺に、カシスへの求婚方法を伝授したのは、そのためだろう。素敵な求婚をすることで、カシスの気持ちをAランク冒険者のラークから兄へ、振り向かせようと考えたようだ」
「ファファリア様は、お優しいですから」
「そうだな。俺にも、遠慮がちにではあるが、カシスには紫の小径で気持ちを確かめた想い人がいる、と何度も言っていた。俺が、終焉の先へ進めることになった功労者と、強引に婚約したと考えたらしい」
「そんなことを……」
「あぁ、ファファリアの前世は、乙女ゲームでは悪役令嬢と呼ばれる公爵令嬢だったからな。思ったことをはっきりと言う性格は変わらない。幼いスグリットの家庭教師をしていたときも、そうだった。だが、あの処刑は、ストーリーの強制力だとセイラが言っていたけどな」
カシスは、これまで予想していたことが正しかったのだと確認できて、すっきりした。だが終焉が訪れないことで、新たな問題が湧き上がっていることに気づく。
「スグリット王子の家庭教師は、やはり、ファルメリア・サフスさんだったのですね。ファファリア様は、そのことを隠されているようですが」
「そうだな。幼きスグリットがファルメリアに、彼女の処刑前に紫色の花を贈っていた。その花を探す手助けをしたのは、当時はゴールドカード冒険者だった少年のラークだ」
「ラークさんが? じゃあ……」
「俺としても、あのファルメリアが、まさか妹として生まれてくるとは予想しなかった。皮肉なものだ。スグリットの初恋の相手が、実の妹に生まれ変わるとはね。スグリットは、今でも、ファルメリアの魂を持つ者が10歳になれば、自分のことを思い出すと思っている」
「そうなのですね。6年後でしょうか。それまでは、やはり打ち明けられませんね」
「あぁ、俺は、終焉で終わると考えていたから、最後まで黙っていることにした。スグリットもファファリアも、俺と同じで、次はないからな。しかし、終焉は訪れない。今後、どうすべきかについては、カシスがファファリアの意向を探ってくれ。俺は口を出さない方が良いだろう」
「そうですね。お兄様に知られているとわかると、ファファリア様も困るでしょうね。あっ、でも私は、執事長から、ファファリア様の専属執事を解任すると言われましたよ」
「は? そうなのか? 俺としては、今のままの方が楽しいのだがな。では、そのことを、二人に相談しに行くことにするか」
ウィルラーク王子は、ニヤッと笑うと、カシスの腕を掴んだ。そして、二人は転移魔法の光に包まれた。
◇◇◇
ウィルラーク王子の転移魔法で移動した先は、カシスの知らない場所だった。体育館のような広い室内の2階席だが、闘技場ほど広くはない。どこなのかと尋ねようとしたカシスに、彼は声を出さないようにと合図をする。
その直後、扉が開く音が聞こえた。
「お兄様、ダンスの練習は必須ですわよ」
(ダンス場?)
「俺は、そういうのは嫌いなんだよな。あー、もう、音楽を流さなくていいから」
穏やかな音楽が流れ始めた。すると、カシスの隣に立っていたウィルラーク王子は椅子に座り、口を開く。
「ここは、王宮内のダンスホールだ。ファファリアはダンスはできるが、スグリットは、前世は貴族ではないから、基本的なステップもできない。だから、スグリットのダンス練習の日には、いつもファファリアが応援に行くらしい」
「私もできません」
「新規転生者は主人公だから、できるんじゃないか?」
「あっ、新規転生者特典?」
先生らしき人達が踊っているが、スグリット王子は、壁沿いの置き物になっている。
「ふっ、スグリットは、ファファリアが来ているから逃げ出さない。ファファリアは、ファルメリアのような顔をしているだろ? こういうときは、姿は変わっても、スグリットの家庭教師なんだよ」
「いい関係ですね。あっ、先生が怒ってません?」
「面白いだろ? カシスが来る前から、こんな調子だぜ。俺は、たまに、ここで見ているんだ。嫌なことがあっても、穏やかな気持ちになれるからな」
「ファファリア様は、癒し系ですもんね」
「ふふっ、そうだ。見本を見せに行こうか」
カシスが何のことかと尋ねる隙もなく、二人は、ダンスホールの中央に移動していた。




