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103/111

103、カシスの婚約

「それと、カシスさん。本日限りで、王女ファファリア様の執事の任を解きます。夕方の業務も結構です。着替えて、すぐに向かってください」


(私、何かやらかしたの?)


 カシスは、王女の専属執事をクビになったことに、ショックを受けていた。だが執事長の表情も口調も、穏やかだ。


 カシスは、先程、王女が、大勢の使用人を雇ったという話をしていたことを思い出した。


「よかった! ファファリア様が気に入る執事が見つかったのですね」


「いえ、そういう意味ではありません。貴女には、今後は、王女ファファリア様の義姉として、接していただきます。これは決定事項です」


(義姉? お姉さん?)


「えっと? 執事長、どういうことですか」


 混乱するカシスに、執事長はやわらかな笑みを向ける。



「カシスさん、いえ、カシス様。数日前に、第二王子ウィルラーク様との婚約が整いました。ガッシュ家の方々も当然ご存知です。皆様は、とても驚かれていたそうですよ」


(仮面王子との婚約?)


「はい? 私は何も聞いていませんわ。それに、ガッシュ家は男爵家です。王家との婚姻なんて……」


「第一夫人になるわけではないので、問題はありません」


「ウィルラーク王子は、結婚されているのですか? 女性嫌いというか人間嫌いなのでは……」


「対外的な書類上は、結婚されています。お相手は、架空の公爵令嬢です。つまり、実在しない方です」


「ええっ? そんなことって、ありえるのですか」


「私がお伝えできることは、ここまでです。疑問に思われることは、直接、ウィルラーク王子にお尋ねください」


「いや、だって、ろくに話したこともないのに、そんなことを……」


「おや? ウィルラーク王子とは、親しく付き合っておられたのではないのですか?」


「まさか! 冷徹な仮面王子となんて……いえ、失礼。えーっと、挨拶くらいですよ」


「ふふっ、ウィルラーク様は、カシス様には完璧に素性を隠されていたのですな。あの店で待っている、とおっしゃっていました。もう到着される頃ですよ。あまりお待たせするのも、どうかと思いますが」


「あの店って、どこなのですか?」


「私は存じません。カシス様の心にある方との思い出の場所、ということではないでしょうか? では、私はこれにて失礼いたします」


(それは、ありえないわ)


 カシスの頭には、王都に来る旅人や冒険者が集まる、とある店が浮かんでいた。その店は、あの彼との思い出が詰まっているし、彼以外にも多くの人と行ったことがある。


 他の候補店も考えながら、第二王子を待たせてはいけないと、カシスは、その店へと急いだ。



 ◇◇◇



 店に入ると、もう営業時間のはずなのに、客は一人しか居なかった。カシスは、その特徴的な横顔を見て、場所が正しかったのだと安堵する。


「あ、あの、殿下。お待たせして申し訳ございません。私は、カシス・ガッシュと申します。あの……」


 カシスは、緊張していた。苦手な相手には、話しかける声も裏返ってしまう。第二王子はカシスの名を知っているはずなのに、カシスは変な自己紹介をしている。



 カウンター席で、いつも頼むベリーのカクテルを飲んでいたウィルラーク王子は、カシスのそんな様子に笑いをこらえながら、クールな雰囲気を崩さずに、振り返った。


「カシス、私が誰か、まだわからないのか?」


「申し訳ございません。そんな髪色の知り合いなんて……」


「髪色は、魔法で変えられる」


「あっ、えっと、そんな声で話される人なんて……」


「声は変えてないがな。あぁ、話し方が違うか。コホン。俺は、ずっと、カシスのそばにいるよ?」


「えっ? その話し方って……まさか……」


 ウィルラーク王子は、わずかに口角を上げると、顔の上半分を覆う銀色のハーフマスクを、スッと外した。


(嘘……)


 カシスは胸の鼓動が激しくなり、大きく目を見開いたまま、声を出すことさえも忘れていた。


 左右の瞳の色が違うオッドアイは、真っ直ぐにカシスを見つめている。



「そんなに驚くとは思わなかったな。そういえば王都で再会したときにも、初めましてと言われたか。ククッ、楽しいな」


「えっ? 初めてお会いしたのは、王都の……」


「いや、違うよ。カシスと初めて会ったのは、王都に来る前のことだ。カシスは15歳になったばかりだと言っていたかな」


 ウィルラーク王子にそう言われ、カシスは必死に思い出そうと、記憶を探る。15歳の誕生日を祝う会の最中に、王家からの迎えの魔導馬車が来たことを思い出したが、彼と会った記憶はない。


(一体、どこで会ったの?)



 百面相をしながら必死に考えているカシスの様子に、ウィルラーク王子は、ふふっといとおしげな笑みを浮かべると、彼女を隣の席へといざなう。


「カシス、とりあえず座れよ」


「は、はい、あの、ウィルラーク王子……」


「俺の前世は、知ってるだろうが、ラークだ。だから、ラークでいいぜ。今の名前にも、ラークが入っているからな」


「は、はい、ラーク様」


 カシスは、ぎこちない動きで、隣の席に座る。カシスの頭の中は、大混乱していた。



「カシス、まずは、素性を黙っていたことを詫びよう。悪かった。すべてが整うまで、話せなかった」


「えっ? あ、いえ、えっと……」


「それから、勝手に婚約を進めたことも、謝らないといけないな。俺が、ただの冒険者のラークなら、こんなに待たせる必要もなかった。俺は王家に生まれたから、規律を破るわけにはいかない。婚約者でなければ、カシスに触れることができないからな」


「あ、あの……えーっと」


 カシスは、全く言葉が出てこない。


「ふっ、さて、どこから話そうか。その前に、カシスの飲み物がないな」


 ウィルラーク王子は、少年っぽい笑みを浮かべると、カウンター内に入っていった。



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