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おれがお仕事を終えて部屋へ戻ると、部屋の隅々を他の侍女さんと一緒に確認をしていたっぽいユッタがいた。
二人はおれが入ると作業をやめ、おれに向かって礼をしてくる。
「お帰りなさいませ、カテリーネ様!」
あ~、ユッタは元気で癒しだなぁ。
自然と口角が上がっていくのが自分でも分かるわ。
「ユッタさんが元気で、わたくしも元気がでます」
「そうですか? えへへ、そうだと嬉しいです」
照れてもじもじしてるユッタかわいい……。
頬を赤く染めちゃってさぁ、完全にリンゴちゃんじゃん。
頭をなでなでしたい気持ちを抑えながら、一休みをしにソファへ座っていった。
ユッタはユッタ本人からの希望もあり、引き続きおれの侍女として働くことになった。
……引き続きやることについて、闇深軍師は関わってないらしい。
というかそもそも闇深軍師からはおれの侍女をしてほしいということしか指示されていなかったんだとか。
最初こそ闇深軍師の指示で侍女をしたけど、今はみんな優しいしやりがいがあるから続けたいんだとユッタは言っていた。
ユッタは侍女としての仕事をしつつも、メインはおれの話し相手をしてもらうのが多い。
というのも、貴族が行かない場所のお話を聞く為だ。
リージーさんや他の侍女さん達は一貴族であり、貴族が行くべきではないとされている場所には行かない。
おれとしてはもっと街の人がどういう生活をしているのか知りたいし、知ることで理解が深まるんじゃないかと思ったのだ。
おれは元々村で生活はしてたとはいえ、街じゃどういう感じで営みがされているのか全然知らないしさ。
それで貴族と平民の対立みたいなのをどーにかできる切片になればなぁと。
これだけでどうにかなるんだったら、最初からできてるとは分かってる。
けどやらないよりいいよなって思うからやってるんだ。
……単純に、ユッタからお話聞くのが癒しだからってのはある。
リージーさんや侍女さんにお世話されながら、今日も今日とてユッタからお話を聞く。
「それでですね、うちの兄も大会に出場することに決めたんです」
「ラハイアーさんもですか?」
「はい。平民への優勝賞品が四代目皇帝の武具だと聞いて、出ると言い始めまして……。どう考えても土地の権利の方が大きいのにですよ!? 仮に……そもそも無理だとは思うんですけど、優勝したら賞品が碌なことにならないと思うので止めます」
平民へ贈られる賞品は、武闘派として知られる四代目皇帝の使っていた武具と、ある土地の領主……つまり自治権だ。
……これは内緒の話なんだけど、優勝が貴族で平民が準優勝者だった場合にも贈られる予定だったりする。逆もまた同様。
微妙な試合になったら、なしになる予定だ。
とはいえ武具なんて欲しいの? って思う人がいるのも分かる。
でもさぁ、歴史的価値のあるものな上に、日本で考えたら有名武将の鎧とかがもらえるようなもんだよ?
そんなん爆興奮するに決まってんじゃん! 浪漫全開じゃん!
根本的な話、そういう大事なもの出品していいの? って思ったんだけど、お兄様いわく「別に特別な力もなにもないし……」との回答が返ってきた。そんなんでいいのか?
ちなみにヴァルムントくんは、武具を贈ると決まった時にものすごい渋い顔をしていたらしい。
歴史関係、好きだもんね……。
ユッタは具体的に言わなかったが、どうなるのかは日々ユッタから聞いていたラハイアーの行動から何となく分かる。
大方、どうにか高く売ろうとする計画を考えているんだろう。
そんで失敗するのが目に見えているから止めると決めていると。
ユッタ、大変だな……。
「そもそも将軍やヘルトさんがいるので、兄が優勝は無理です。だから杞憂だと分かっていても、どうしても心配してしまい……」
「ユッタさんにとっての一番はお兄さんですから、心配なさるのも当然です」
「わっ、私はそんなつもりはなくって!」
焦った様子のユッタは手をぶんぶん振り否定してくる。
えー、別にそんな否定しなくても。
誰だって自分に一番近い人が気になるのは当然じゃん。
おれだってヴァルムントとヘルトくんのことばっかり気になってるしさ。
当然、立場が立場なのであからさまに出すつもりはない。
「とっ、とにかくですね! 優勝は将軍だと私は思っています!」
ふんす! といった様子のユッタが主張してきた。
……ヘルトくんが候補に入っていないのは、おれへの配慮か?
とはいえなぁ。
「今回は様々な方々が参加されますので、ヴァルムント様が必ず優勝するとは限りません。また、わたくしは全ての者を応援しております」
明確な応援行為はしないって言ったが、全員に対して頑張れ~とは言ったりはするからね。
そりゃ優勝はヴァルムントと言いたいところだけど、ヘルトくんにも優勝してほしくってえ……。
でもヴァルムントが負けるのは嫌で……。
それに誰が出場するのかも分からないし、迷った末「全員応援してるから!」と話を返した。
「お立場があるのは分かります。でもここには私達しかいないんです! 気にせず将軍が優勝すると願っちゃっていいんですよ!」
そんなキラキラした目でおれを見るんじゃありません! 眩しすぎる~~~!
結局おれはしどろもどろになって、適当な言葉しか紡げなくなっていった。
「わ、わたくしは、その、たとえ婚約者であろうと公平性を保ちたく、ですので……」
「遠慮なさらないでください! それに私、聞いてみたかったんです! カテリーネ様って、将軍のどんなところが好きなのかなーって!」
「えっ……!?」
すごくキラキラとした眼でおれを見てきている。
思わずリージーさんや侍女さんに助けを求めて目線をやったが、眼を笑わせているだけで助けてくれないのは明白だった。
助けてーーーーっ!!
ルチェッテ達とは違って、本当に純粋な興味って感じがして突っぱねにくい……!
「わっ、わたくしは、……その、はっ、恥ずかしいので、ユッタさん……!」
「カテリーネ様、ダメですか……?」
しょぼんとおれを窺うような顔されても〜〜〜! 可愛い、可愛すぎる……。
けど、おれの羞恥心と引き換えに答えられるものではなくてですね!?
とはいえとはいえと相当悩んでから、せめてひとつだけでもと出した答えはこれだった。
「……え、笑顔が」
「笑顔が?」
「わ、……わたくしに向けてくださる笑顔が、……す、好き、なのです」
あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!
おれの羞恥心大爆発しているんですけど!?
恥ずかしすぎて顔を両手で覆うしかできなかった。
ほ、他にも好きなところは沢山あるけど!
おれの中で1番印象に残っているのって笑顔なんだよぉ〜……。
ええ〜ん、おれに視線が突き刺さってる気がする……。
絶対に嬉々とした様子で返事を返されると思っていたのに、ユッタは落ち着いた声色で言葉をかけてきた。
「分かります。私も、兄さんの笑顔が好きなんです。……沢山のやっかいなことを持ってきますけど。それでも兄さんの笑顔を見ると、こうやって一緒にいれて良かったって思うんです。同じですね!」
なんかちょっと違うような気はするが、ユッタが可愛いから何でもいいや……。
えへへと笑うユッタの頭をなでなでして、なんとかこの話題は終了となった。
◆
おれ達が帝国へ帰る途中、当然ながら関所を通っている。
大袈裟な歓迎を受けながらも、あの大型魔物についての報告書を受け取ったりしていた。
通常の魔物と違っていたと明確に言える部分は、心臓部に当たる部分から石っぽいものを見つけたことだ。
とはいえエイデクゥという『種』には存在するものかもしれないし、はっきりとしたことは言えないみたいだった。
ちなみに石は真っ二つに割れていて、重ね合わせると多分丸い石になる。
どうにも割れた原因は、ヴァルムントくんがブリザードランス(おれが勝手にそう呼んでる)ぶっ刺しをしたから。
実際に石を見せてもらったけど、二つの欠片を重ね合わせると丸い石になるものだった。
色は完全に黒くなっていて、なんか……なんだろ。上手く言葉にできないや。
ちなみに持っていくかって聞かれてビビり散らかしながら拒否った。
駄目でしょそういうの!!
多分王国からも持っていくの許されるだろうけど、アカンってことは分かるから……。
詳細の調査はそっちでよろしく頼むよ!
多分その方が責任感持ってやってくれんじゃない? うん。
で、なんでこんなことを思い返したかっていうと、ヴァルムントくんが領地から帝都へ戻る道中で大型魔物を討伐したからだ。
昼過ぎに戻ったよ~の挨拶でヴァルムントくんがおれの部屋に来て、互いに椅子に座りながらその話をしてくれた。
……リージーさん達は部屋から出てる。
「そうでしたか……、ヴァルムント様がいらっしゃるので問題ないかとは思いますが、皆様ご無事でしょうか?」
「はい。全員怪我無くたどり着くことができました」
とはいうものの、何故かヴァルムントくんの表情が硬い。
なんかあったん?
「何か不安な点があったのでしょうか? もしかして、エイデクゥと似たような大型魔物だったのですか?」
「いえ、違います。今までに確認されたことのある魔物でした。問題はございません」
それならいいんだけど。
微妙に納得いかない気持ちを抑えつつ、次の質問に入っていく。
「ヴァルムント様は大会へ参加なさるのですか?」
「……実は、警護に回ろうかと考えておりまして」
えっ!? 出る気ないの!?
ヴァルムントくんは真面目だし貴族側に贈られる賞品に興味なさそうだから、警護に回ろうって思うのもおかしなことではない。
貴族側への賞品は、『平和を維持する為』として皇帝に次ぐ武力最高権力者──元帥に着任する権利を得る。
ありていに言うと出世になるから、これ以上他の貴族にやっかまれたくないんだろう。
他の戦えない貴族は代理人を出したりする中で、ヴァルムントは自分の力で勝ち取ったってことになるのにね!?
まーた癒着どうこう言われちゃうんだ〜。
……でも、みんなもう出る前提で話を進めているよな……?
あまりにもおれが目をぱちくりとさせていたからか、ヴァルムントが苦笑いしながら答えてくれた。
「優勝時に贈呈されるものを考えた上で出るつもりはなかったのですが、周囲は私が出る前提で話をしてくるので、期待を裏切るのもいけないと思い参加を決めました」
やっぱりそうだったし、周りだってそうだよな。
折角強者と一対一で戦えるかもしれないチャンスなのに、それがなくなったら残念がるのも当たり前だ。
優勝して元帥になるのはヴァルムントがいいって人も沢山いるし。
……苦笑いするヴァルムントくんもいいな。
ちょっぴり煩悩を出しつつも、話を続けていく。
「わたくしとしては、参加なさる全ての方を応援致します。……その、こ、これは、ひ、独り言なのですが、」
公平に〜とか言いはした。
したがヴァルムントくん相手にそれだけってのは……、違くない?
滅茶苦茶声が上擦ってしまっているけど、一度言ってしまった以上は言わないと……!
ドアが半開きになっているので聞こえることがないよう、俯きつつ声量を窄めて続きを言う。
「わたくしが賞品を渡すのは、ヴァルムント様がいいです……」
い、いっ、言っちゃったぁ……。
言っちゃった!?
だってヴァルムントくんにしか賞品をわたす光景しか想像できないんだもん!
頬に熱が集まって顔を上げられないでいると、息を呑んだ音が聞こえてくる。
しばし沈黙が流れてから、ヴァルムントは力の籠った声で告げてきた。
「……必ず、私が貴方に勝利を捧げます」
その誓いは、おれの心臓を大きく揺らしたのだった。




