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おれは帰国して気が付いてしまったことが一つある。
ゲンブルクほどではないが、うちの国も龍だらけなこと!
一度気になると途端に全部気になってくる現象だぁ。
……念の為許可とってから、いくつかの龍像に魔力を込めた手を当てたりした。
それで地下に転移するとかはなかったので、胸を撫でおろしたのは秘密。
いや、龍は確かにカッコいいよ? 実物の黒龍だってかっこよかったよ?
でもねぇ、流石に食傷気味というか……。
どうせなら狼とか見たいな。
ペッソーラのレオペルみたいに、でっかい狼の背中に乗って草原を駆けるとかやりたいよね~。
折角ファンタジーの世界にいるんだしさ、ここでしかできないことはやらなきゃ損でしょ!
……おれが乗れるかどうかの確率が低そうなのは知らん。
そういや、ペッソーラから使者が来てたとも聞いた。
当初約束していた通り、国の間での取引をしてくれるらしい。
直接取引ができるのは相当喜ばしい出来事だったみたいで、お兄様が「助かった」と連呼していた。
ペッソーラとエドゥアルダについては良く分からない出来事ではあったけど、お兄様と国の力になれたのは何よりだ。
そしてペッソーラの人が来ていたのを知ったグスターベさんがすごい惜しんでた。
ペッソーラって遠すぎるから話す機会がなくて、一度でもいいから話したかったんだろうな……。
そもそも大会って何やるのかというと、早い話天下い……げふんげふん。一対一で戦うトーナメント形式試合だ。
参ったと言わせるか、これ以上戦えないと審判に判断されたら負け。
そして致命傷を与えた時点で失格。
ただちゃんと致命傷を防ぐための待機者はおり、致命傷になると判断が下されて止められたら失格とみなされる。
事前に申請した武器や魔術以外を使うのもダメ。
何を使うのか判断ができる形にしないと、審判が大変だからね。
逆に言うと申請さえしちゃえば何使ってもいい。
流石に禁術とか、今は存在がない拳銃とか得体の知れないものは申請してもアウトになる。
他にも細々としたルールはあるけど、大まかなルールはこんな感じだ。
城内は大会の開催に向けて、普段よりも活気が出ていた。
みんなワクワクしてるって感じ。
戦争が明けてからの本格的な催しものってだけで、こんなにも変わるのかあ。
ただ、盛り上がると同時に引き起こされる事態もありまして……。
「も、申し訳ございません! 僕のヘマで、カテリーネ様のお手を煩わせてしまい……」
「それだけ皆が気持ちを高めているだけで、私はとても嬉しいのです。この貴方もそのお一人である以上、わたくしは力を振るうことを厭いません」
今まさにおれは、医務室で大怪我とまではいかないがそこそこな怪我を負っている兵士の対応をしている。
今回は焦って剣を飛ばした結果、ざっくり手を斬ってしまった人の対応だ。
あせあせしている怪我人に手を翳して治療をしていると、近くでおれを護衛してるゲオフさんとラドおじさまが、何故か怪我人を呆れた目で見ていた。
従来なら、おれが対応をするのは大怪我を負った人だけだ。
けれどこうして大会へ熱が高まっていくにつれ、怪我人が続出し始めたのである。
理由はいわずもがな、鍛錬や修行によって負ったもの。
お兄様が主催となっている大会だよ?
それに参加しようと思って頑張っている人には早く戻ってまた頑張って欲しいじゃん。
だからおれはそういう人達も対応しますよ〜って言ったんだわ。
一応何度も何度も怪我してくる人には、次回治さねーぞって脅しをかける。
怪我している人は出場を拒否られるんだよねー。
負荷をかけた鍛錬がしたいって気持ちは分かる。
でもそれで自分の体が壊れるんじゃ、本番でも無理しすぎる可能性が高いからね。
何事も適度にやらないとな。
ザックリいってた怪我の治療が完了し、本人へ「終わりました」と声をかけた。
「あっ、ありがとうございます! 元気になりました!」
「次はお気をつけてください。わたくし、怪我をなさっている貴方を見るのは悲しいです……。是非、貴方がご活躍している場面を見せてください」
訳:これ以上怪我すんな。健康な状態で大会に出場しろ。
「……はっ、はいっ!!」
そんなおれの内心を知らないまま、怪我をしていた人が顔を沸騰させて出ていくと、ラドおじさまが大きなため息をついた。
「まったく、なんだあの男は! カテリーネをやましい目で見おって」
「そのようなことはないと思うのですが……」
だから呆れた目で見てたの?
ええー、照れてるだけだと思ってたのに……。最後やりすぎたのかなぁ。
でもおれとしては気を持たせたつもりはないんだよ?
う、ううーん。面倒……。
とはいえキャラ的にも立場的にもツンツンにはできないし、良い印象を持っていてもらわないと。
こうやって難しい問題が勝手に発生するー、ぐえー。
「カテリーネ様。全て我々が阻止いたしますので、カテリーネ様はそのままでいらしてください」
「ですが、わたくしにも問題があるのでしょう。改善できればしたいのです」
護衛だからブロックするのが仕事とはいえ、ないのが一番でしょ。
おれがそう言うと、ラドおじさまが渋い顔をしながら言ってきた。
「お前が改善をしようと勝手に惚れる者はおる。気にせずあって欲しいと思うのは、わしの我儘か?」
「い、いえ。おじさまがそう言ってくださるなら、わたくしはそうありたいと思います」
ラドおじさまに近寄って抱きつきに行くと、おじさまも同じく抱きしめ返してくれた。
あ〜、やっぱりラドおじさまの筋肉も最高だ〜。
勿論帰ってきた時にも抱きついた!
やっぱヴァルムントくんとは種類が違うんだよね。
みちみちのムチムチ! 老人とは思えない!
今までは時々する形をとっていた護衛も、しばらくはずっと護衛するって言ってくれたしさ〜。
ラドおじさまという護衛が増えている分には、不自然ではないという理由もある。
しかしラドおじさまに頭が上がらなすぎるなぁ。
肩揉みとか時々作った料理を一緒に食べたりとかしてるとはいえ、全然恩を返せている気がしない……。
ラドおじさまと抱きしめ合いっこをしていたら、ノックの音が響いてくる。
離れてドアの方に目線を向けると、ノックをした本人が声をかけてきた。
「リーネ姉さん、今大丈夫?」
「ヘルトくん? はい、大丈夫です」
ヘルトくんは足を怪我した赤髪の人に肩を貸していた。
……あっ。えーっと、こいつはプレイアブルのキャラで、名前忘れたノリノリのやかましい剣士だわ。
ザ・お調子者な顔をしているキャラなのに、今は顔を青くして口を一文字に結んでいる。
ぱっちりとしているはずの黄色い瞳は、細まっていて暗く見えた。
「どうぞ、そちらにお座りください」
「ありがとう姉さん。ほら、ホーウェ座って」
ヘルトくんに促されて赤髪の剣士──ホーウェは椅子に座る。
応急措置としてされたのか、片足には真っ赤に染まった包帯が巻かれていた。
「大丈夫です、すぐに治します」
少し屈み手を当てて治療を始めると、ホーウェは痛みで強張らせていた体を徐々に柔らかくしていく。
そうして完全に傷を癒したのだが、一向に顔だけは固いままだった。
「……ええっと、ホーウェさん? 終わりましたが、他に痛みを覚える箇所がございましたか?」
ブンブンと首を横に振って否定はしてくるのに喋らない。
なんなんだと首を傾げていると、ヘルトくんがホーウェの背中をバシンと叩いた。
「問題ないよね、ホーウェ。ほら帰るよ!」
「へ、ヘルトよぉ、おれっちいつまで黙れば……」
「喋らない!」
ピシャリとヘルトくんに言われたホーウェは、口を再び閉じてから立ち上がる。
口のチャックをしっかりと閉じた状態のまま礼をして、ブルブルと震えながらホーウェは部屋から出ていった。
「あの……、ヘルトくん? どうされたのですか?」
「驚かせちゃってごめんね。ホーウェって喋り出すと止まらないから、絶対びっくりさせちゃうと思ったんだ。だから喋らないようにって言ってたんだよ」
おれはヘルトくんが強気なのにびっくりしたよ……。
帰ってきてからは、妙に避けられていたのもなくなったし。
なんだったんだろうか?
目をぱちくりとさせていると、ラドおじさまが頭に手をポンと乗せて撫でてきた。
「アイツは一度喋らせたら五月蠅い。ヘルトの対応が正解だ」
ホーウェってそういうウザさだったっけ? 全然覚えてないや……。
まぁいいかと思い、おずおずと頷いておく。
「それでね、姉さん。僕も大会に出場するんだ。だから成長した僕を見ていてくれないかな?」
「勿論です。予選は見られないかもしれませんが、本戦は必ず見ます」
予選は色んな場所でやる関係で、見れるか分かんないんだよね。
おれは勝手に動く訳にはいかないし。
ヘルトくんもそれは理解していたのか、頷いて自信満々な笑顔を返してくれた。
「うん、大丈夫。分かってるよ。僕は絶対本戦に出て、将軍と戦うんだ!」
「それは……、非常に悩ましい試合になりそうです」
おれは立場上、明確な応援行為はしない。
けど心の中ではあっち応援したりこっち応援したりとかある。
ヴァルムントとヘルトくんが対決するってなると……、う〜〜〜〜ん。うーーーーーーん。
悩ましすぎるわ! いっそその対決起こらないでくれって思っちゃう……。
燃える対決ではあるよ!?
でもおれとしてはどっちも大好きだしさぁ。
こ、心がふたつある〜!!
いっそペア戦とか作って、そっち出てくれって気持ちもある。
「姉さんは複雑かもしれない。けど僕も将軍も当たったら一生懸命戦うから、見ててね」
「ええ、しっかりと見届けます」
キャー怖いー! って目を覆うようなことはしないから安心してくれ。
おれの返事を聞いたヘルトくんは、それじゃあと部屋を出て行った。
現在ヴァルムントくんは長期間留守にしていたからと領地に帰っている。少ししたら戻ってくるはずだ。
まだ出場するかどうかは聞いてかったりするけど、まぁ参加するっしょ。
そう思いながら、おれは自分の椅子に座って待機をし始めたのだった。




