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一晩経って思ったけど、ヴァルムントくんはヴァルムントくんなりに頑張ったのでは……って。
あの、あの堅物ヴァルムントくんが!
デコにとはいえ自分からキスしてきたんだぞ?
今までだったらそうはいかなかっただろうし、そこは……まぁ、その、褒めるっていうか、認めてあげてもいいんじゃないかなって。
……いや待てよ。
おれがあれだけ頑張って押して押してのでアレだぞ?
おれとしてはもっとこう、その、ほら、……うん。
やっぱ、複雑かもしれん……。
いよいよ明日に迫った戴冠式に向けて、城内が更に慌ただしくなっていく。
おれ達は式典に際して流れの説明を受けて本番に臨むことになる。
リハーサルはゲンブルクの人達が軽く行うだけで、おれ達は参加したりしない。
おれは参加したいんだけど、貴賓として来ている人間が参加するなんてここじゃありえないからなぁ。
しょぼしょぼしながら、ほぼ最後の社交活動を行なっていく。
休んで元気になれたとはいえ、昨日全部キャンセルになっちゃったからその分取り返さないと。
あっちこっちへ護衛を連れて移動をし、また次の場所へと移動をしていた時の話だ。
たまたま護衛を連れたニスリーンさんと廊下でカチあったのである。
相変わらずの民族衣装を着ていて目元が見えない。
「ニスリーン様、こんにちは」
「ああ、カテリーネ様。ご無事でしたカ」
「ええと……。わたくし、昨日は体調を崩しただけなのですが……」
と、表向きはなっている。
最初に体調崩してたからね、そういう人だって思ってくれるでしょ。
イザベラ辺りに出会っちゃったらあれこれ言われそ〜。
ま、実際起こっていた内容を話すより断然良いし。
……だから、知らないはずのニスリーンさんが言っている言葉はおかしいんだよな。
「なにか言葉が変でしたカ? まだワタシはこちらの言葉への理解が足りないみたいですネ。指摘していただけると助かりまス」
「この場合は……、そうですね。体調は大丈夫ですか? と伺うのが一般的かと思われます」
「なるほド、理解しましタ。体調は大丈夫ですカ?」
「ええ、問題ございません。明日の戴冠式には無事に出席できるかと思います」
外国の人だからそういう間違いもあるか。
日本人だって外国の言葉変に使ったりしてたし。
気にしすぎるとドツボにハマりそうだから、気にしないでおこーっと。
「そうですカ、よかったでス」
「はい。……ニスリーン様は、戴冠式後はすぐに帰国されるのですか?」
「見るべきものは見ましタ。帰国をしますヨ」
「まだ戴冠式は見ていない状態ですので、戴冠式を見たら帰国しますがよろしいかと思います」
「分かりましタ、戴冠式を見たら帰国しまス」
ニコっと口で弧を描くニスリーンさんにおれは笑顔を返しつつ、そろそろ次の場所に行かなければならないと別れたのだった。
「次の見るべきものはどこかしラ? フフッ」
◆
言った通り、明日は戴冠式だ。
だから流石に今日はヴァルムントくんで遊ぶのはなし。
しっかり寝て! しっかり休む!
戴冠式でふらふらしてるとか嫌だし、国とお兄様、そして皆に恥をかかせる訳にはいかないからね!
夜の会食を終えて部屋へ戻ると、まだヴァルムントは戻っていないみたいだった。
さっさとお風呂へ入って侍女さん達に諸々のケアをしてもらう。
マッサージも、明日の為にいつもより入念にとお願いをした。
体の緊張をできる限りなくしてもらって、明日を望みたいからね!
おれがそうやって決意をしているとヴァルムントが帰ってきて、おれを一瞬視界に入れて体をびくっとさせた後、そそくさとお風呂へと入っていった。
そんな反応したり急がなくともいいのでは……。
ちょっぴり悲しい気持ちになりつつもケアが終わり、侍女さん達が部屋から出ていく。
少しだけソファーでだらーっとしてから、さっさと寝ようとベッドへと行って寝転ぶ。
ぶっちゃけまだ眠くない。でも早めに寝られるならそれに越したことはない。
こうしてたら眠れるはずだと、体勢を変えたりしつつも目を閉じていた。
それを繰り返していたら、浴室の扉が開く音が聞こえてくる。
ヴァルムントは一歩部屋へと入ってから少し立ち止まり、音が出ないようにゆっくりと扉を閉めていく。
足音も最小限になる努力をして歩いているみたいだった。
やがてソファーまで辿り着いて横になるかと思いきや立ち止まっている。
いつまで突っ立ってるんだろうと疑問に思っていたら、ヴァルムントは再び歩き始めた。
様子を伺っている限り、何か目的があって歩いているようには思えない。
部屋の中をただグルグルとしているだけだ。
マジでなにしてんの……? 気になりすぎて眠れないんだが?
起きるかどうか悩んでいたら、ヴァルムントがこっちに近づいてきた。
逆に起きにくくなって、平常心平常心と念じながらゆっくりとした呼吸を繰り返す。
そしてヴァルムントはベッドに腰をかけ、手を伸ばしおれの頭を撫でていく。
……あー、温かくて心地良いな……。
手のひらもでっかくて、すごく安心する……。
さっきまで眠れなかったのに、急激に眠気が襲いかかってきた。
どんどん意識が遠くなっていって、何も考えられなくなった頃。
おれが完全に眠りに落ちていく最中に呟かれた言葉は、おれの耳に入りはしても頭に入らず記憶にも残らなかった。
「……カテリーネ様と夜お話ができないのが、こんなにも寂しいものだとは思いませんでした」




