九話
黒龍様の像の裏に、隠し扉があったことにも驚きだったというのに、本当に黒龍様が存在していた。
その上、カテリーネ様を生贄にするとか、生贄だなんてことをさせないと戦って倒すことになったり。
とにかく、あたしはいっぱいいっぱいだった。
大きく咆哮してこちらへ向かってこようとする黒龍様。
前衛のヘルトくんにナッハさん、ラドさんが武器を構えて走り出していく。
特にヘルトくんとラドさんは、怒りからか力みまくっていた。
カテリーネ様とすごく親しくされていたから、当然の怒りだと思う。
ルチェはその2人を援護しようと魔法を唱えながら走っている。
あたしも遅れちゃだめだと、魔法を撃つ為の準備をしていたらセベリアノさんがこっそりと話しかけてきた。
「ジネちゃん」
「あっ、は、はい!? なんでしょうセベリアノさん!?」
「ちょっと声抑えて。……僕らなんだけど、徹底的に守りを固める形でいくよ。ナッハもそれは分かってる」
「えっ、えっ?」
早く黒龍様を倒さないとカテリーネ様が生贄になっちゃうんじゃ?
あたしの疑問を分かってたセベリアノさんは、説明を続けていく。
「どう考えてもヴァルムントがここに来てる理由が儀式以外にありえない。黒龍以外に何もなかったでしょ、この村」
「な、なんで急に将軍の話を……?」
「ヴァルムントが儀式を見届けるか阻止するかどっちがしたいのか知らないけど、わざわざ見届ける為だけにくるような人間じゃない」
続きは言われなくても分かった。
あたしが「ええ……」と思っているうちに、セベリアノさんは駆け出していく。
「化物には化物に相手してもらわなきゃね! ってワケでオレは前めで援護するから、ジネちゃんはそこで! カテリーネちゃんが来たら止めといて!」
「わっ、分かりまし、た」
責任が重大すぎるよお。
でも、あたしがやらなきゃいけないんだと、折れそうな心を無理やり立たせる。
あたしは黒龍様を倒そうとするんじゃなくて、黒龍様が攻撃してくる瞬間を狙って攻撃することにした。
いつもだったら攻撃の隙をついて体や頭に魔法を当てるんだけど、今回は攻撃してくる腕やブレスを吐く口に呪文を唱えて魔法を当てていく。
でも、全然あたしの魔法が効いている気がしなかった。
ちょっと黒龍様の気をそらせたかな……? ってくらいで、攻撃が響いているような様子じゃない。
段々みんなも怪我を負っていって、どんどんよくない状況になってきてる。
このままだと負けちゃうし、そもそも将軍がここに来るかどうかも分からない。
どうしよう……ってなっている時に、将軍が来るより前にカテリーネ様が来てしまった。
魔法で止めようにもそんな便利な魔法は覚えてないから、あたしは体で止めることしかできない。
精一杯の力を振り絞って止めたけれど、カテリーネ様はあたしに拘束魔法を使ってまで黒龍様の方へ向かっていってしまった。
これ、あたしじゃなかったら止められたんじゃって思ってたけど、拘束魔法されるなら他の人でもどうしようもないよぉ……。
カテリーネ様、あなたはどうして自分から命を賭けられるんですか?
それが、使命だから?
あたしには全然分からなかった。
あたしは村でくすぶってたあたしを取り立ててくれたみんなが好きだから、役に立ちたいと思って戦ってる。
必要としてくれてるみんなの為に、居場所の為に戦ってる。
あのお婆さんは別としても、カテリーネ様はヘルトくんやラドさん、村のみんなに好かれてて居場所があるのに、どうしてその居場所にずっといたいって思わないのかな。
カテリーネ様は黒龍様を鎮める為に、恐らく禁忌に分類される呪文を使ってまで黒龍様に大打撃を与えた。
なんでそんな危ない呪文を巫女様が使ってるの……。
同時に、あたしへの拘束も解けていく。
それはカテリーネ様が魔法を維持できる状態じゃないということ。
今の状況だと、カテリーネ様が死んじゃうこと他ならない。
それは絶対にだめ。ヘルトくんやラドさんの為にも、生きなきゃいけないのに!
「カテリーネ様ッ!!」
あたしが駆け寄ろうと体を起こしていたら、後ろの方から将軍の声が聞こえて、小さく光る何かが高速で飛んでいきカテリーネ様に当たった。
それは柔らかい光を一瞬だけ放って、すぐに消えていく。
多分状況的に、その光はあたしと後ろにいる将軍にしか見ることができていないようだった。
将軍は一体何をしたんだろう。
思わず将軍へ顔を向けると、将軍はカテリーネ様へと走っていく。
でも黒龍の相手から解放されてしまったヘルトくんが、カテリーネ様に近づかないようにと立ち塞がった。
「……姉さんに、リーネ姉さんに近寄るな!」
将軍はヘルトくんの言葉を無視して、素早く抜いた剣の柄でヘルトくんのことをぶん殴った。
ヘルトくんは咄嗟に防御はしていたけれど、吹っ飛ばされてしまう。
ただでさえ怪我してるのに、剣もなしで立ち向かうのは無茶だよお……。
将軍は剣をしまいカテリーネ様の近くで片膝をつくと、カテリーネ様に触れて何かを確認しているようだった。
その確認が終わると、将軍が効果は低めだけれど応急処置にはなる回復魔法を発動させている。
……え? い、生きてる?
で、でも現に黒龍様は苦しんでるし、あんな風に血がどばっと出てて、体を貫いてるようなのじゃ生きてるわけないのに。
それに、死にかけてる人を助けることができるものなんて、あたしが知っている限りじゃ存在していない。
将軍はさっき投げてた物を血の海から探し出して手に取り、カテリーネ様に握らせてから慎重に抱き上げた。
そうしてから茫然としていたラドさんのところまで歩いていくと、カテリーネ様を預けてから近くにいたルチェへと顔を向ける。
「カテリーネ様の回復を頼む」
「え、あ、も、勿論よ!」
何が起こったのか理解が追いついていない様子だったルチェも、声をかけられて体をびっくりさせてからすぐに回復魔法を始めていく。
それから将軍は、剣を抜いて黒龍様へと向かっていった。
あたしもこのままじゃいけないと思って、まだ黒龍からの異常が解けてなくて動けていないナッハさんの元へと走る。
セベリアノさんもそうだけど、黒龍様に近いナッハさんのが先だ。
「な、ナッハさん、こ、これ」
飲薬の入ったビンを懐から取り出して蓋を開けると、ナッハさんの口に無理やり突っ込ませる。
ちょっと飲ませたところでナッハさんは咽せたけど、痺れの症状が多少は良くなったからか、途中震える手でビンを取り自分でちゃんと飲み干した。
「げほっ、けほ、……ジネーヴラ、んん゛、お前な、」
「ご、ごめんなさ、あ、あたし、セベリアノさんのところに行きます!」
怒られるのは嫌だから、すぐにセベリアノさんへ向かう。
同じように飲薬を取り出して口にやったんだけど、またナッハさんと同じことを起こしてしまった。
「……えほっ、う……、ふ〜。ジネちゃん、ありがとね」
「いえ、あの、えっと、さ、下がりましょう」
将軍が痛みを堪えてうずくまっている状態だった黒龍様に斬りかかって、再び戦いが始まっている。
将軍はあたしたちとの戦いで見せたように、剣技と氷の魔術を合わせて攻めていっていた。
いわゆる魔法剣士なんだけれど、それができる人は本当に少ない。
ヘルトくんが素質があるからとやり始めたばかりで、先生役がいなくて困っているくらいには。
とにかくあたしたちは、その戦いに巻き込まれないように、どうしてこうなったのか状況を説明しながら、後ろの方へと下がっていく。
セベリアノさんは将軍と黒龍様の戦いを見ながら、引き攣った顔でこう呟いた。
「うっわ〜、言った通り化物同士の戦いじゃん。しかもこれ、黒龍が弱ってなくても全然いけたでしょ。あーあ、さっさと来てくれたらオレ達戦わなくて済んだよなあ」
「い、いや、それは、無理かと……?」
ヘルトくんとラドさんが加わるのは間違い無いと思う。
そのヘルトくんは、今は端の方にいるラドさんとルチェのところにいて、カテリーネ様のことを見ているようだった。
ナッハさんは険しい顔で戦いをじっと見つめている。
でもこの戦いを見てると入り込める隙間があるのかな……、ってくらい激しい攻撃が続いてる。
セベリアノさんの言う通り、将軍が優勢なのはどう見ても明らかだった。
いくら防御気味で一撃を受ける前だったとは言っても、あたしたちは鱗の1つすら落とせなかったのに、一振りがされる度にボロボロ鱗と血が落ちていく。
やがて最後のトドメとして、将軍が黒龍様の体に剣を突き立てた。
黒龍様は大きな断末魔をあげてから、パタリとその体を地面に倒してあたしたちに振動を与えた。
しかも剣を刺した部分からすごい量の血が噴き出していって、戦いでそこそこ血に濡れていた将軍が完全に真っ赤になる。
唯一綺麗なのは、剣を引き抜いてから振り返ってカテリーネ様の方を見たその青い目だけ。
剣についた血を振り払いながら、将軍はカテリーネ様のところまで歩いていくと、一言二言だけヘルトくんたちと話してから、出口へと歩いていってしまう。
将軍は振り返ることもなく、魔法陣に乗って出ていってしまった。