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悪霊……、もといフェリックス殿下の幽体がいなくなったのは事実だ。
おれがヴァルムントくんの部屋に押しかけたのもそれが理由だから、部屋に戻っていいんじゃないかって話が出るのも分かる。
けどさぁ、よーく考えて欲しいんだわ。
「わたくしは表向きは幽霊が怖いといった理由で、ヴァルムント様のお部屋におります。ここで急に部屋に戻りますと、不自然にならないでしょうか……?」
「それは……、仰る通り不自然かもしれません」
ここまで十二分に味わったから知ってるんだけど、人間ってあることないこと言いがち。
だからおれが自分の部屋に戻ったら不仲を疑われかねないんだよ〜。めんどくさー。
そんな邪推が生まれるくらいだったら、熱々のあちちちな2人だと思われている方がいいんだわ。
……というのは建前だ。
疲れ切ったおれの心を今癒すのは筋肉しかないだろぉん!?
関係についてはゆっくり進めればいいやとは思ったが、筋肉を吸わないとは言っていない!
「もう帰国まで日もございません。余計な波風を立てられるよりも、そのままでいた方が良いと思うのです」
「一理ありますが……。しかし、……その」
めっちゃ困っているのが言葉からも態度からも察せられる。
理由探してるな? 分かってんだぞこっちは!
「お願いします、ヴァルムント様。あのようなことがございましたので、ヴァルムント様と一緒にいたいのです」
「カテリーネ様……」
別に怖かったとか、そんなことは一言も言ってないので嘘ではない。
勘違いして受け入れてくれたらいいな〜って感じ。
案の定ヴァルムントくんはおれが怖がっていると思ってくれたみたいだ。
渋い顔をしながらも「分かりました」と頷いてくれた。へっへっへ。
ならこれも受け入れてくれるよね〜?
「ああ、そうです。ヴァルムント様もこちらで入浴されませんか? 別所に移動するのも手間だと思うのです」
「いえ、それは……。……問題が」
「何が問題なのでしょうか?」
ずっと思ってたけど、同じ風呂場使うくらい別におかしなことではなくない?
一緒にお風呂に入る訳でもないし。
それに、……い、い、いつか、かっ、家族になるんだしさ!
こーんなんで躓いてたらダメでしょ!
「……いえ。問題……、ございません」
いえいえbotになってないかヴァルムントくん。
あからさまに顔がガッチガチだ。
でも問題ないって聞いた以上、ここのお風呂使ってもらうもんね〜。
てか、どっちかがおれの部屋のを使うって選択肢あったと思うんだけど、混乱しすぎてそこまで頭回らなかったんだな……。
「では、わたくしが先に入浴をいたします」
「……はい」
丁度食事の片付けが済んで戻ってきたリージーさんに、お風呂の準備をお願いした。
さっぱりして筋肉吸って、リフレッシュするぞ〜!
◆
侍女さん達によっておれは磨き上げられ、あったかいお風呂でゆったりとし。
綺麗に拭かれて色々肌に塗りたくられてから侍女さん達と部屋へと戻った。
ヴァルムントくんはソファに腰をかけて俯いており、何故か顔を掌で覆ったまま固まっている。
どしたん……。
「ヴァルムント様? どうかされたのですか?」
「……いえ」
君の語彙力どこ行ったの?
ヴァルムントは数秒そのままの体勢だったかと思うと、横に置いていたらしい着替えを持って立ち上がった。
……眼を閉じたままで。
「……ヴァルムント様?」
「では、失礼いたします」
ヴァルムントは眼を瞑ったまま器用に風呂場の方向へと歩いていく。
途中何かを蹴りはしたものの、無事に扉までたどり着いて入っていった。
マジでなにしてん……。
思わずリージーさんや侍女さん達を見たけれど、目と口をにっこりさせるだけで答えてくれそうになかった。
ええ〜と思いながらソファに座って髪の毛のケアを受ける。
そこそこ長いケアが終わると同時に、いつもなら残るリージーさんも含めて部屋から出ていってしまった。ほわ〜い。
よく分かんねえと首を傾げていたら、風呂上がりのヴァルムントが部屋へと戻ってきた。
髪の毛をざっくばらんに拭いてから出てきたであろうその姿は、色気というものが凄まじかったのだ。
まだ肌に残っている水滴! 乾ききっていない髪の毛! 首にかけているタオル! 肌に張り付く薄着! 風呂上がりで赤らめた頬!
あっ、あ〜〜〜〜〜。なるほどなるほど分かったわ。
ヴァルムントくんってば、おれの風呂上りな姿を見るのがまずいって思ってたのね!?
はは~ん、は~ん?
「……戻りました」
「ヴァルムント様、まだ髪が拭ききれていないようです」
「この程度であればその内に乾きます」
「いけません。きっちり拭いて乾かさないと……」
かつてのおれもそうしてたけどさー、なんか見過ごせないっていうか。
世話焼きしたくなってきたわ。
「ヴァルムント様、こちらに」
「……ええと、分かりました」
よく分かっていない様子のヴァルムントをソファに座らせてから、逆におれは立ってヴァルムントの後ろに立つ。
首にかかっているタオルを手に取ると、優しく髪の毛をわしゃわしゃしていく。
痒いところないですかー? なんて言いたくなってしまった。美容院じゃないんだから……。
違う事を考えようとしたら、頭の形もいいんじゃないかなとか割と意味不明なことが浮かび上がった。
頭の形がいいってなんやねん!
自分で自分に呆れながら、しっかりと耳の後ろまでタオルを通していく。
……耳赤くなってるじゃ〜ん! ふふふ。
お耳を弄りたい気持ちを抑えて、ちゃんと髪の毛を拭き切れたのを確認してから首にタオルをかけ直して肩をポンポンする。
「終わりました」
「あ、ありがとうございます」
このまま後ろから抱きしめてパニくらせてーな〜と思いながらも、ヴァルムントの右隣に座っていく。
そして体を傾け、ヴァルムントに寄りかかった。
段々とヴァルムントの体温が上昇していくのが分かる。
「か、カテリーネ様……」
「何でしょうか?」
「……いえ」
おれはヴァルムントの腕を掴みギュッと抱きしめる形をとると、大袈裟にヴァルムントの体が揺れた。
体全体が力入ってるの、ちょっと笑ってしまう。
気にしないことにして腕をギュッギュッし、最高な男の腕を堪能していると、ヴァルムントくんが顔を赤くしつつも我慢しているような様子でおれを見ていた。
「ヴァルムント様? どうかなさいましたか?」
「……寝ましょう」
「え?」
ヴァルムントくんはおれの手を丁寧に解いたかと思うと、おれの体をひょいと持ち上げてベッドへと持っていく。
そうしておれを優しくベッドへと降ろすと、しっかりと毛布をかけてきた。
「ヴァルムント様、わたくしまだ……」
「いえ、寝ましょう」
なんでそんなに頑固なんだ? おれまだ充分に堪能できてないんだけど?
理解できないと顔に出ていたのか、ヴァルムントくんは歯を食いしばりながらの悩み顔をした後に、一度天を仰いでからおれに近づいてきた。
「おやすみなさいませ、カテリーネ様……」
ヴァルムントは手を伸ばし、おれの前髪を上げて額を露出させると、そこに顔を近づけて唇をくっつけてきた。
おれが目をまん丸にしパチクリとさせていると、完全に茹で上がったヴァルムントは手で口元を隠しながら退いていく。
そのままバルコニーの方へと行って外へと出ていき、多分頬を叩いたペシンという盛大な音を響かせていた。
ヴァ、ヴァルムントくーーーーーん!!
こんなことを君からされて、おれがすぐ眠れると思ってんのーーーーー!? ちょっとーーーー!!
おれは体を丸まらせ、バクバクする心臓を落ち着かせようと奮闘する。
ヴァルムントくんがバルコニーから戻ってきてソファに入っても、おれの動悸は治らないのであった。




