XXVII
私とマクシミリアン殿下は部屋を出た後、マクシミリアン殿下の護衛を伴い廊下を進んでいく。
やがてとある一画まで辿り着くと護衛が付近の扉を開き、中を隅々まで確認をする。
問題がないと確認できた護衛は部屋から出てきて、扉の横へ待機し始めた。
程々の広さの談話室へ私と殿下は入室をし、それぞれソファへと腰をかける。
「将軍。昨日の詳細についてお話されたいということで間違いないでしょうか」
「はい。その認識で間違いございません」
カテリーネ様の前で話すのは憚られる為、こうして別の場所で話したくあのような言い方になってしまった。
不自然だったと思うので後程謝罪をする予定だ。
マクシミリアン殿下は数度瞬きをされてから意を決したように言葉を発する。
「あの兵士達についてですね?」
カメロンについていた兵士達はゲンブルクの兵士とは思えぬ者だった。
兵装をしている以上は多少なりとも剣の心得があるはずだが、誰も剣を扱うことなく動いていたのだ。
装備も着慣れておらず、戦闘の邪魔になっているのが見られたので明らかに外部の人間だと思われる。
普段過ごしている分には誤魔化せるだろうが、戦いとなるとそうはいかない。
「そうです。明らかに怪しい者だった為、尋問用に生かしておくつもりだったのですが……」
カテリーネ様の前であまり殺生をしたくない。
それ故に時間がかかるとはいえ気絶をさせていた。
しかしながら赤い宝石の欠片が飛んできて兵士達の身体を貫いていったのだ。
結果、恐らくフェリックス殿下による力で全員殺されてしまった。
カテリーネ様もソフィー様もそのような事をする・できる方ではないので、必然的にフェリックス殿下が行ったと考えられる。
死体を見て怯えることがあってはならないと端に移動させたが、お気付きになられていないのを祈るしかなかった。
「伺った状況と現場を確認した上で、私も兄が行ったと考えています。きっと、兄を閉じ込めた報復か何かで行ったのでしょう」
「報復、でしょうか? 私には……」
私には、早くこの状況を終わらせたいというものに思えた。
体を乗っ取られている間フェリックス殿下の想いがなんとなく伝わってきており、あまり負の感情を持ち得ない人間なのだと感じたのだ。
ただの一面でしかないとは分かっているが、報復というのはいまいち納得がいかない。
言葉を濁した私に、マクシミリアン殿下は苦笑いをしながら口を開いた。
「……分かりますか? 私も報復ではないとは思っていました。ですが、それ以外に説明がしにくく……。こうなのではと思うことはありますが」
「臆測で問題ございません」
「……兄は、記憶がなかったとしてもソフィーを護りたかったのだと思います」
その言葉に合点がいって心の中にあった靄が晴れていった。
大切な人を護りたい、不安にさせたくないという気持ちは誰よりも分かる。
方法はあまり推奨できるものではなかったとはいえ、早く安心させるには一番の手ではあった。
……一人でも生かしておけば、話は進展したかもしれないが。
「納得がいきました。ありがとうございます」
「いえ。……現在あの兵士達の身元の確認を急いでいますが、少なくとも我が国の兵士ではないことは確かです。同時にカメロンの尋問もしております。ですが、今のところ「兄を排除すべく雇っただけで、あの不可思議な装置についても彼らについても詳しく知らない」と言っています。真実かどうかは分からない為、引き続き尋問予定です」
本当に知らないのか、知っていて黙っているのかはすぐに判断できない。
我々が滞在中に答えは出ないだろう。
「兄を覆っていたものや、魔法陣についても調査中です。……あまり答えを出すことができず申し訳ない」
「昨日の今日であり、調査に時間を要するのは承知の上です。詳細が判明次第、ご一報いただけないでしょうか」
「無論です」
フェリックス殿下があのように幽閉され何かが行われていた。
対象としてフェリックス殿下が選ばれたのは、『不思議な力』があったからだろう。
……我が国から枝分かれした皇族由来の。
カテリーネ様がフェリックス殿下と同じ移動をできた以上は、カテリーネ様とディートリッヒ様も狙われないとは言い切れない。
警戒に警戒を重ね調査をし、自身と護衛の心身を更に鍛えなければならないと決意を新たにした。
「そして、兄は戻りましたが、……現状の兄は健康状態が良いとは言えません。記憶がいつ戻るかも、分かりません。兄が落ち着いた状態になるまで兄の生存は秘匿し、……私が、王となります」
フェリックス殿下が生きていたとなれば、混乱が巻き起こるのは避けられない。
ましてや戴冠式の直前だ。他国の者が来ている中で中止や延期とするには厳しいものがある。
また、記憶もなく体も健康といえないフェリックス殿下に王になれというのも酷な話だ。
マクシミリアン殿下が苦しみながらも、そう決断されたのも当然と言える。
「そのご判断、誠に賢明かと存じます。カテリーネ様にもお伝え致します。……部外者である私の勝手な考えではありますが、フェリックス殿下は記憶があったとしても、この判断をされた殿下を恨むことはないかと思われます」
乗っ取られていたが故にフェリックス殿下の本質を多少なりとも知り、恨むことはないと思ったのだ。
私の言葉を聞いたマクシミリアン殿下は、俯き拳を強く握る。
そしてか細い声で、「ありがとう」と呟いたのだった。
◆
部屋に戻り、カテリーネ様へ謝罪とマクシミリアン殿下からのお話をし。
私も本日ばかりは落ち着いて食事がしたいと、カテリーネ様と共に部屋で夕食をとった。
カテリーネ様は早めにお休みになられるとのことで、お清めに入られるが為に私は別所に移動しようと思ったのだが、あることに気がつく。
──もう『悪霊』はいない。
本来カテリーネ様が使われていた部屋へカテリーネ様が戻っても問題ないはずだ。
そうお伝えしたところカテリーネ様は口元に手を添えながら目線を逸らし、予想だにしない言葉を口にされた。
「このまま……、ヴァルムント様の部屋にいてはダメなのでしょうか……?」




