弐拾五
フェリックス兄さんが見つかったとの報を聞いて、どれほど僕が安堵したか分かる者はいないだろう。
「マクシミリアン殿下、以上になります」
「分かった」
深夜に一報を受け、僕は軽くソフィーから話を聞いた後、兄さんが運ばれた部屋へと護衛を伴い向かって行った。
元々兄さんが使っていた部屋だ。
死んだと制定したとはいえ、すぐに兄さんの部屋を片付けたいとは思えず維持するよう指示していた。
これが結果的に良かったのだから、何が起こるか分からないものだ。
部屋の前に立っていた兵士に声をかけて中へと入ると、ベッドで眠る兄さんを椅子に座って診ていた医者が立ち上がり礼をしてくる。
「容体は?」
「衰弱はされておりますが、大きな怪我や病気などはないかと思われます。ですが、今は喋るのも動くのも人一倍大変な状態です。少しずつ慣らしていくしかないありません」
「分かった。……すまないが、一度下がってもらっていいか」
「はい、殿下」
共に入ってきた護衛も含めて部屋の外へと出てもらう。
医者が座っていた椅子に腰をかけ、兄さんの様子を窺った。
「兄さん」
半年前に見た元気な姿より全体的に痩せこけているように見える。
その記憶さえ、だいぶ朧げになっていたのだけれども。
兄さんの頭をそっと撫でると、緩やかに瞼が上がっていった。
「起こしちゃった? ごめん」
「……き、み……、だ、……れ、だ?」
兄さんから問いかけの言葉を聞いて、胸が苦しくなる。
ソフィーから「もしかしたら記憶がないかもしれない」とは聞いていた。
覚悟はできていたはずなのに、実際に本人から言われるとここまで辛くなるものだとは思わなかった。
ぐっと歯を食いしばってから、笑顔を作り兄さんに話しかける。
「フェリックス兄さんの弟、マクシミリアンだよ。兄さんはマックスって呼んでたんだ」
「そ……、か」
兄さんは声を発するのも大変な状態だというのに、頑張って喋りを続けようとする。
「オ、レの、……お、とー……と、り、っぱ……、だ、な」
兄さんは頬をピクピクさせ、口の端を上げようと必死になっていた。
喉が熱くなり、目に込み上げるものがあって思わず兄さんから顔を逸らす。
記憶がなくても兄さんは、兄さんだった。
一度目を押さえてから兄さんに顔を向けると、起きているのが辛いのか瞼を閉じている。
「ああ、ごめん兄さん。そろそろ僕は退散するよ。……また明日、来てもいいかな」
「……おー」
離れる前にもう一度兄さんの頭を撫でてから、席を立ち退出をしていく。
兄さんは記憶を失ってしまっている。
戴冠式までもう日もない。
いきなり取りやめにした場合の損失はあまりにも大きくなると予想ができる。
それに、こんな状態の兄さんに負担をかけたいとは思わない。
ならば、ならば……。
医者と兄さんの護衛に後を任せ、僕は護衛を伴い地下牢まで急いで向かった。
カメロンは一応貴族である為、ある程度の広さや設備の牢に入れられている。
とはいえ、貴族にとっては粗末以外のなにものでもない。
牢屋を管理している兵士の案内を受け辿り着くと、カメロンは真っ先に私の下へとやってきた。
足元をヴァルムント将軍によって動けない状態にされたと聞いていたが、流石に治療をされたようだ。
鉄格子を掴んで必死に叫び始める。
「マクシミリアン殿下! これは何かの間違いです! 私は嵌められたのです! 何故あのような者の話を信じるのです!?」
「ソフィーもカテリーネ皇女殿下もお前を嵌める理由はない」
「ソフィー様は見当違いな理由で私を恨んでいたのですよ!? カテリーネ様はそんなソフィー様に乗せられたのです! あぁ、なんて愚かな人だったのか!」
ソフィーは直情的な部分があるが、恨みで動く人間ではない。
今回の出来事も、兄さんが地下にいるかもしれない、会えるかもしれないという気持ちで動いていたはずだ。
カテリーネ様については一度話をしたきりの為、人柄についてはほとんど分からない。
だが兄を助けようと動いて下さった以上は、悪いお方ではないと断言ができる。
カメロンは私が話を聞こうとする姿勢ではないと理解したのか、方向性を変えて話かけてきた。
「マクシミリアン殿下! 私めは貴方様の為に動いたのです! 国の為に動いたのです! あのような者が上に立つと、どうなるか分かっていらっしゃらない!」
「お前の方が理解できていない。損得ばかり考え、感情というものを除外している」
確かに兄さんは気がついたらどこかへ行っているし、仕事を人任せにすることも多かった。
発言も適当に思える事も多々あり、真面目に職務をしている者には気に障っただろう。
けれどそれ以上に、兄さんは不思議な魅力があり『分かっている』人だった。
兄さんは人を、国民を幸せにする為に生きる人であり、兄さんを理解している人はそのあるがままの姿を愛していた。
僕もまた、その一人だ。
かつてはあまりにも人間離れした兄さんに恐怖を抱いたこともあった。
そのせいで周囲は僕に気を使い兄さんのことについて話さなくなったが、既に恐怖など抱いていなかったというのに。
僕は、兄さんは国にいるべき人間だと理解をしていた。
それを理解できていない人間は、大抵自分の損得ばかりを考える人間だった。
カメロンもそちら側の人間ではあったが、分別のできる人間だと思っていたのは僕の勘違いだったのだろうか。
「カメロン、お前はそんなに頭の悪い人間だったか?」
「何を言っているのですか!? 私は正常です! 正常だからこそ国を憂い、行動をしたのですよ!! この国を継ぐべきは貴方だ!!」
「そうか、それならいい」
軽く息を吐き、カメロンに背を向ける。
今回確認したかったのは真意だ。
諸々の詳細については後日にカテリーネ様方を含めて確認をする。
今日はもう終わりだと、その場を立ち去るのであった。




