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扉の先は一気に開けた場所になっていて、今までの陰鬱とした通路はなんだったのか? って思うほどだ。
とはいえ広すぎて奥や横端まで光が届いておらず、部屋の全容は見られなかった。
これはこれでちょっと怖いな……?
変わらず軽い調子のフェリックス殿下(仮)が先を歩いていき、扉を開けたままにしてその後ろをついていく。
広い部屋でおれ達が歩く音しか聞こえないの、ホラー演出みたいで嫌だぁ……。
うひーとなりながら黙々と進んでいっても、部屋の中には物という物があんまりなかった。
しいて言うなら木箱くらいしか見ていない。
こんなに広いのに逆に物がないのも何か怖いよ〜。ボス部屋かなんかか?
でもトラシク2でこんな迷路グルグルした覚えもないし、こんな部屋で戦った覚えもないし。
予想ができなさすぎるー。
あれこれ考えながらも光が奥へと届く場所まで歩いた結果、見えたものは──。
「ひっ……!」
ソフィーさんが口元を手で隠して後ずさっていく。
おれも正直ドン引きしていて、ヤバいという言葉しか思い浮かばなかった。
中央部にある黒い繭状のものは大きく脈動を繰り返している。
壁という壁に根を張り、天井までいって部屋全てを覆い尽くそうとしている風に見えた。何故か床にはない。
植物……、というよりは爬虫類の肌っぽいな。
でも枝分かれして伸びまくっているので、あながち植物と言っても間違いはなさそうだ。
そして真ん中には謎の台座が置かれており、赤く丸い宝石が置かれている。
不気味に輝いていてぶっちゃけ気持ち悪い。
……あの記憶が蘇ってくるからやめてほしいわ、コレ。吐きそう。
おれが生きてる要因になったのと同じじゃないよね……?
その台座から繭に接続するように、赤い魔力の線みたいなのが床を伝って伸びていた。
……まさか、フェリックス殿下(仮)ってこの中にいるの?
こ、これ起こすの!? 何が起こるか分からなくて怖すぎるんですが!?
「うーん、驚いちゃった?」
当たり前だわこのボケぇ!
マイペースにもほどってものがございましてね……。
ソフィーさんは怯えて震えまくってるし。
彼女に比べたら、おれはまだ平気な方だ。
「あの、これは何なのでしょうか」
「何って……、オレにも分かんないや。オレ、気がついたらこうだったんだよねー」
へらへら笑ってるけど笑い事じゃねーわ。
おれとしては、まずこの宝石をどうにかしたい……。
でも下手に触ったらヤバそう。
かといって繭っぽいのに触るのも……、う、うーん。
考え込んでいたら、ソフィーさんから補足が入った。
「力を吸い取る……、そのようなことを兵士の話からこっそり聞きました。フェリックスの力を、この宝石に溜めているのではないでしょうか」
あの皇族不思議パワーを?
うわー、破壊してえ。
でも今フェリックス殿下(仮)の本体と繋がってる? んだよな?
ならまだ下手に触らない方がいいのか?
「じゃ、カテリーネちゃん! あれに触って魔力を伝えてくれれば、オレ起きれるはずだから……」
「いえ……、あの、せめてお顔を見せていただけないと。それにこの宝石はどうすれば……」
「あ~そうだったっけ? ならどうしようかな~。宝石についてはオレも分かんないー」
フェリックス殿下(仮)は少し考えた後、繭に近づき勝手に鞘から剣を抜いて構える。
……けどその構え方は危なっかしすぎるでしょ! ド素人のおれでも分かるわ!
ヒエヒエしていると、怖がっていたはずのソフィーさんが前に出てきて剣を奪い取った。えっ。
「み、見ていて恐怖しか感じません……。私がやります!」
「ソフィー様が、ですか…?」
異常な光景よりも剣の構えの方が怖くなったの!?
しかも歴としたお嬢様って感じなのに剣扱えるの!?
おれが驚いている間に、ソフィーさんはフェリックス殿下(仮)より綺麗な構えをとった。
さっきのよりも断然安定しているのが分かる。
フェリックス殿下(仮)さん……。婚約者として形無しでは?
記憶がないからかもしれないけどさぁ。
「それで、どこを斬ればいいのですか?」
「オレも分かんないけど……、薄く斬ればいいんじゃないかな〜」
中に自分がいるのに適当すぎる。
ソフィーさんは雑な指示を気にすることなく、斬るのを決めたようだった。
フェリックス殿下(仮)を傷つけるとは微塵も思っていないみたいに見える。
「この剣……、素晴らしいです。美しさに気を取られそうになりますが、細部全てに渾身の力を入れて作り上げられた逸品だと一目で分かります。ほど良い重量な上に、特殊な加工も施されていますね? ああ……、私では全力を引き出せない代物とはいえ欲しい……」
と思ってたら、なんか剣を見つめてトリップし始めたけど大丈夫か……?
それにアスカロンはヴァルムントが受け継いだ大事な剣だしあげられないよ?
おれが引いていると、フェリックス殿下(仮)は微笑んでこう言った。
「君って剣、好きなんだ〜。いいね〜その笑顔。実は別の場所にもすっごくキラキラした剣があるんだよー。後で見に行ってみる?」
「っ……! フェリックス……!」
ソフィーさんの顔がクシャッとなって、その顔に一筋の涙が流れた。
堪えるように口を一文字にすると、ソフィーさんは顔を振って真っ直ぐ繭を見つめる。
ふぅ、とひとつ息を吐き、剣舞を見ているかのような剣捌きを繰り広げた。
綺麗な四角形の線が繭に現れたかと思ったら、もう一薙ぎで四角の内側が宙に飛んでいく。
そうして開けた場所から見えた繭の中には、眼を閉じている男性の顔が見えた。
「あ……!」
ソフィーさんは片手に剣を持ったまま更に繭へと近づいて、空いている手で男性の頬に触れる。
「フェリックス……っ!」
顔を近づけてまじまじと見つめながら、ソフィーさんはひたすら涙を流している。
……これはもう、フェリックス殿下(仮)の(仮)を取っても良さそうだ。
なお当のフェリックス殿下は自分の顔を見てほえーっとしている。
「オレの本体がここにあるのは分かってたんだけど、オレってこんな顔だったんだー。うーん、中々いい男だなぁ」
「……見ていなかったのですか?」
「塞がれてるのに?」
霊体なんだからすり抜けられるもんなんじゃないの?
認識の齟齬を感じて2人で首を傾げていると、ソフィーさんがおれの方を向いていた。
「カテリーネ様。このお方は間違いなくフェリックス殿下です。どうか、どうか何卒、フェリックス殿下を目覚めさせていただけないでしょうか……!」
「ええ、勿論です」
ソフィーさんと場所を代わってもらったはいいけれど、……どこに触れば? あ、頭でいいか?
神秘的っぽい仕草をして手のひらを頭に置き、自分の魔力がフェリックス殿下に流れる意識をする。
うっ、これなんか結構キツいんだけど……。
すげー吸い取られる感覚がある。……これ続けんの?
ひーこらしながら魔力を送り続けていると、遠くの方から何かの音が響いてくるのが聞こえる。
「何の音でしょうか……?」
「これは……、足音です。しかも複数人います!」
ソフィーさんが口元を押さえながらそう言ってきた。
えっ……。それって、フェリックス殿下をこうした原因の人達の可能性高くない!?
それをぶっ壊してるようなもんだから、おれ達絶対やばいじゃんー!!
「フェリックス殿下! ヴァルムント様から離れて下さい!」
ソフィーさんは戦える方なのかもしれないけど、おれが一番強いって思ってるのはヴァルムントだからはよヴァルムントを返しなさい!
「え? でもまだオレ目覚めてないし……」
「フェリックス! 戻ることができるなら戻って!」
「ええ〜、う〜ん。カテリーネちゃん、魔力注ぐのやめないでよね〜」
「わたくしは必ずやり通ります!」
ぶーたれてないでさっさと戻らんかい!
どんどん足音が大きく聞こえてくる中でフェリックス殿下を急かしに急かしまくり、どうにかヴァルムントから抜け出してもらうことに成功した。
抜け出た後っぽいヴァルムントの体は一度ふらついたものの、ヴァルムントは頭を軽く振ってからいつも通りのシャキッとした姿勢に戻っていく。
「申し訳ございません、カテリーネ様……」
「ヴァルムント様……! よかった……!」
ほっとするのも束の間、ヴァルムントは急いでソフィーさんから剣を受け取り、扉に向かって剣を構えた。
ヴァルムントくーん!
護るものが多すぎると思うけど、なんとか頑張ってくれ……!
おれはもう、そうやって魔力を注ぎながら祈ることしかできなかった。




