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いってぇ〜!
いきなり尻が地面とぶつかったら腰が物理的に逝くんだからな!?
ホントもう、考えて転移なりなんなりしてほしいわ……。
ヒンヒンしながら周りをぺたぺたすると、石っぽい感触が伝わってくる。
ひんやりしてるし窓はないしでかなーり暗い。
多分……、これって悪霊が来い来い言ってた地下?
立ち上がり光の魔術を使って辺りを照らすと、石造りの通路にいることが分かった。
他には同じように転移したっぽいソフィーさんが転がっていて、余裕げな表情のヴァルムント……もとい悪霊がニタニタとしながら突っ立っている。
な〜んで何食わぬ顔しとるんじゃい!
「……ヴァルムント様から離れて下さい」
「そんな怒らないでよ〜。君が最初から素直に話を聞いてくれていれば、オレもこうしなかったんだよ?」
へらーっとしながらそう言ってくるの、マジで許せね〜。
できる訳ないやろがい! こっちの立場も考えろー!
「……フェリックス?」
おれがキレ散らかしていると、転がっていたソフィーさんが起き上がって悪霊 in ヴァルムントに顔を向けた。
悪霊はソフィーさんにニコッと笑いかけてから、ポンと両手を叩いてから口を開く。
「ありがとーお嬢ちゃん! 君のおかげでオレはこうしてカテリーネちゃんを連れ出せたや〜」
「フェリックス……? その話し方はフェリックスなんでしょう? ねえ、答えてフェリックス!」
ソフィーさんはなり振り構わず悪霊に突撃をしてぶつかっていった。
当然ながらヴァルムントの体なので、突撃されてもびくともしない。
悪霊は縋り付いてくるソフィーさんの肩をトントンして宥めていく。
「ん〜、ごめんね。オレ、自分の名前も自分が誰だかも忘れちゃっててさ。でもフェリックスってカッコいい名前だね! それにしようかな〜」
「貴方はフェリックス以外の何者でもない! だから、だから……」
ソフィーさんの声は涙交じりのものに変わっていき、やがて啜り泣く声が聞こえてくる。
悪霊はそんなソフィーさんをうんうん頷きながら抱きしめていた。
……ヴァルムントの体で。
あの〜。あのあのあの〜。
怒涛の展開で頭がついていけてないよ……。
でもね、これだけは分かるんだわ。
おれは今、猛烈にイライラしている!
「そのお方がフェリックス殿下かどうかは、起こしにいけば判明するお話ではないでしょうか」
「あ、やる気になってくれたの〜?」
「貴方が本当にフェリックス殿下であればの話ですが」
悪霊はええ〜と口を尖らせてきた。
だからヴァルムントくんの体でやるんじゃない! イライラとは別で面白いやろがい!
本当にフェリックス殿下かどうかはソフィーさんに確認して貰えばいい。
フェリックス殿下に似た別人だったり、ソフィーさんの言っていることが嘘かもしれないとか沢山懸念点はあるけど、おれは今持ちうる限りの情報で判断していくしかないんだよ……。
外に連絡もとれねーしさぁ!
それにさ、あんなにもソフィーさんが悲しんでいた以上は嘘には思えなかったし、本当にフェリックス殿下であってほしいって思ったし……。
ぐるぐる頭を悩ませていると、泣いていたソフィーさんが涙を拭いながら顔を上げて言葉を発した。
「よく……、状況が掴めていないのですが、フェリックスは、眠って……、いるのですか? 生きているのですか? 今ここにいるフェリックスは、一体?」
「う〜ん、寝てるっていうと違うんだけどね〜。それでいいや。今のオレはね、将軍の体を借りてるんだよー。ああそうだ! カテリーネちゃん、前回でコツを掴んだから今回はオレ吹き飛ばされないからね〜」
借りてるんじゃなくって『乗っ取ってる』が正しいからな。
しかし寝てるとは違うってなんなんだ……。黄金の柩の中にでも入ってんの?
フェイクなのか分からんけど、確かに前に使った手でヴァルムントを起こすのは厳しそう。
さ、流石にソフィーさんのいる前でやるのは……、なんか色々ありそうだしやめておく……。
だって明らかにソフィーさんってフェリックス殿下(仮)に大感情抱いてるじゃん!
そりゃ元々婚約者ではあったから、考えられることではあったけども……!!
「じゃあカテリーネちゃん、オレのことを起こしてくれる?」
「……ソフィー様が実際に貴方を確認されて、貴方がフェリックス殿下であると判断できたらの話です。ソフィー様、それでよろしいでしょうか」
「えっ、え、ええ……」
戸惑いながらもソフィーさんは頷いてくれた。
よーし、ちゃんとやるって聞いたからな!
フェリックス殿下(仮)は唸ったものの、「まぁなんとかなるか〜」と楽観的なオッケーを出した。
……本当にコレが殿下なの? 大丈夫? ヤバくない?
でも一番殿下を知ってるソフィーさんが間違いないって態度だからなぁ……。
ふ、不安だ。ヴァルムントはいるけどいないし。
ひぃん、ヴァルムントくん戻ってきてぇ……。
あっ、そうだわ。これも言っておかないと。
「申し訳ございません、ソフィー様。あともう一つよろしいでしょうか?」
「は、はい」
「わたくしと将軍は不本意ながら、貴国の立ち入るべきではない場所に侵入いたしました。可能であれば誰にも知られずに戻ることが理想でありますが、そうではなかった場合には口添えしていただけないでしょうか」
「も、勿論です。……フェリックスが本当にフェリックスであれば、彼にもその、言わせます」
ちょっと頭に言葉が入っていなさそうではあるけど、ソフィーさんはしっかり返事をした。
いやホント……、入りたくなかったよぉ……。
「ねーねー、そろそろ進んでいーいー?」
「はい、参りましょう」
フェリックス殿下(仮)が先頭となって通路を進んでいく。
通路は進んでいけばいくほど分かれ道があり、一人だったら絶対に迷う場所になっていた。
こんなん取り残されたら出られないわ。
ある地点で階段を下り、またすんごい迷路を進みながら再び階段を下り。
時折フェリックス殿下(仮)が変なことを言うけど、あまり会話にならないまま終わり。
通路通路通路で代わり映えのしない光景に飽き飽きしていた頃に、ようやく目的地にたどり着いた。
重厚な扉が目の前に現れたのである。
「ついたね〜。なんと! ここに! オレがいるんだよ〜。はー、やっと起きられる〜」
フェリックス殿下(仮)は、ぐーっと体を伸ばしてから腕をブンブンとさせていた。
ヴァルムントくんの体でそれを今行っても意味ないと思う……。
「本当に、ここに、フェリックスが……」
ドレスの裾をギュッと掴んだソフィーさんは、呼吸を震わせながら俯いていた。
……そりゃ、死んでいたと思っていた婚約者が生きてるかもってなったら緊張するよな。
おれ的にも地下から出た時を考えたらフェリックス殿下であった方がいいし、まーじでソフィーさんの為にもフェリックス殿下であってくれ。
おれはソフィーさんに寄り添い、緊張で固まっている背中をゆっくりと撫でた。
「すみません、ありがとうございます……」
「うんうん。じゃぁいこっか。へへへ、オレを見てもそんなに驚かないでね~。よーいしょっと」
そうしてフェリックス殿下(仮)が、重い扉をギギギギと音をたてて開いていった。




