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ソフィーさんの案内に従ってそこそこ広い談話室に入る。
おれとソフィーさんはテーブルを挟んで2つ置いてあるソファにそれぞれ座った。
最後に部屋へ入ったヴァルムントは、一度入り口で数秒立ち止まってからおれの後ろに立ったようだ。
目の前にはソフィーさん、おれの後ろ側の壁にはまたどデカい龍の石像があって存在感を放っている。
思ってたけど、この国って龍好きすぎでは?
おれの国と比べて圧倒的に多すぎる。
ソフィーさんは両手同士をキツく握っており、悲痛な表情も相まってかなり痛々しい。
マジでどんな話をする気なの。
おれの手に負えない話はしないでほしいぜ……。
「ではソフィー様、お話というのは一体なんでしょうか?」
「……カテリーネ様は、……その、どこから話せばいいのか……」
「お話できる箇所からでいいのです」
ソフィーさんの呼吸は浅く繰り返されていて落ち着かない状態が続いている。
頭の中こんがらがってるのかなぁ。
一度ソフィーさんは大きく息を吸ってから、思いついたであろう事から話し始めた。
「あの、カテリーネ様は幽霊をご覧になったのですよね?」
「白い影ですが……」
いるのを知っているだけで、実際に見てはいないんだけどね。
憑依してただなんて言えないし、そのくらいの嘘は許してほしい。
「それで……その、地下にいる自分の場所に来てくれと言っていたのですよね」
「はい、そう言っていました」
「そしてそのお話を、カメロン宰相にもされたんですよね?」
「ええ……。ソフィー様にお話しした夜に、お伝えしました」
なんで知ってるん?
城内でカメロン宰相が幽霊解決の為にガチで動いているの見たのかな?
もっと顔色を悪くしたソフィーさんが、声を震わせながら思わぬ事を言ってきた。
「……助けて頂きたいのです。殿下を……、フェリックス殿下を……!」
…………はい?
な、なん、何? ソフィーさんどうしたの?
今度はこっちの頭の処理が追いつかなくなってきたわ。
何がどうしてその発想に至ったんです?
おれは確かに遺体が見つかっていないから生きてるんじゃないの〜とか思ってたけども!!
「ええっと……、確かフェリックス殿下は亡くなられたはずでは」
「……公式では魔物狩りで行方不明になり、戻らなかった為に亡くなったとされています。ですが、殿下がいなくなったのはカメロン宰相が仕組んだことなのです」
ソフィーさんが分かっている点として言ってくれたのは以下だ。
近年魔物の発生が多くなった関係で、王家の代表としてフェリックス殿下は度々討伐に出ていた。
しかし行方不明になった日は、カメロン宰相より「被害の大きかった村に慰問へ行ってほしい」という要請があったのだという。
慰問に行くのはおかしなことではないが、政治上での優先順位はとしてはそこまで緊急性はなかった。
だがカメロン宰相があまりにも推すので、殿下はそれを承諾して行ったところ、道中大型魔物と遭遇。
激しい戦いが繰り広げられ、その最中で行方不明になられた。
「フェリックス殿下とカメロン宰相は対立関係にありました。きっと、大型魔物の発生に紛れてフェリックス殿下を捕らえたのです」
……いやー、あの、えーっと。
想像を飛躍させすぎなのでは……?
カメロン宰相側の話も聞かないと判断できないよこれ〜。
まぁうん、対立してたってのは納得ではある。
問題行動しまくってたらそりゃ宰相側としては「なんだコイツ」になるわ。
それに大型魔物は出てくるだなんて予測できないから、本当にたまたま出ただけだと思うよ。
行方不明になった一因が相手方にあるから、カメロン宰相のせいにしたくなるのも理解はできるけど。
実際問題、慰問に行くのって大事だし。
ていうか捕らえたって何?
何がどうしてそういう話になるのか、おれ理解できないよぉ!
「ソフィー様、あの……。何故捕らえたという発想に至ったのでしょうか?」
いきなり否定したらヤバそうだから、ゆっくりと疑問を解消していくことにした。
普通は殺されたって思うんじゃないの?
「勿論私もずっと、殿下は殺されたのだと思っていました。……カテリーネ様から幽霊の話を伺うまでは」
そこで幽霊に繋がるの?
……え? え!?
あのへらへらした悪霊がフェリックス殿下だって思ってるの!? 嘘でしょ!?
あっ、あっ、あ、おれがついでに変な嘘ついたばっかりに、ソフィーさんの思考をとんでもなく歪めちゃったじゃん!
こうなってるの、おれのせいじゃんかよぉ〜〜〜〜!!
ごめんない本当にごめんなさい、責任をもってソフィーさんのお話を最後まで聞きます。
嘘ついたせいで碌でもないことになってる。
おれもう嘘つきとうない……。
「恐らくフェリックス殿下はこの地下にいるのです。亡くなって幽霊となってまで、私に知らせようとして下さったのです……!」
ど、どうしよう。
どうやってソフィーさんを落ち着かせればいいんだ!?
悩みながらも、とりあえず話を続けていく。
「ええっと……。ソフィー様はどうして幽霊がフェリックス殿下だとお思いになったのでしょうか。確かに幽霊は……その、ソフィー様を見ながら言ってはいましたが……」
「……フェリックス殿下には、不思議な力がございました」
なんか急に話の流れ変わったな?
「その力でフェリックス殿下は、城の地下へ自由に行き来をされていたのです。この事実は私しか知らないのですが、カメロン宰相がフェリックス殿下の力を勘付いていたようで、その力を利用しようと殿下を捕らえたのです!」
う、うううーーーーん助けてぇ……。
飛躍に飛躍を飛ばしてるよぉ。
本人の中では納得できる道筋があるんだろうけど、おれには全く伝わってこない……!
「そ、それで、何故わたくしに協力を求めたのでしょうか」
「……私は幽霊を見たことがございません。しかし、こうしてカテリーネ様が幽霊をご覧になったということは、カテリーネ様もフェリックス殿下に繋がる何かをお持ちなのではと思ったのです」
ん、ん〜……。そこは否定できないかも……。
ゲンブルクはおれの国から枝分かれしたところで、遠い遠い親戚にはあたる。
おれ達皇族にはよく分かんない力があるし、フェリックス殿下にもそれがあったのでは。
「カテリーネ様、お願いです。一度だけで良いのです。美術館近くにある龍の石像に、触れていただけないでしょうか。きっとそちらから、城の地下へと続く通路へ行けるはずなのです……!」
憔悴しきったソフィーさんが、必死な形相でおれへと訴えかけてくる。
いや、いや……それ、おれがどうなるか分からないじゃん……。
仮に力を使ったとして、ソフィーさんだけ地下に飛ばすとか指定ができるかどうか分からない。
おれ自身の安全が確保できない以上、それを行うのは無理だ。
ソフィーさんをどう説得すればいいのか迷ったおれは、助言を求めてヴァルムントの方へと顔を向けたのだが。
そのヴァルムントはいつの間にかそこそこ後ろへと下がっていて、あのどデカい龍の石像に触れていた。
「ヴァルムント将軍、一体何を……」
「よく分かんないけど、時間稼ぎをありがと〜。お嬢ちゃん」
ヴァルムントは『にっこりと笑って』、そう言った。
……あの悪霊だ!
止める間もなく部屋の中が白い光に包まれていき、おれの体に浮遊感が襲いかかっていった。
そうして気がついた時には、真っ暗でひんやりとした空間で尻もちをついていたのだった。




