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どうやらマクシミリアン殿下とソフィーさんは、護衛も連れずにこっそりと来ていたらしい。
ええんかそれで……。
見に行ってくれた護衛の人いわく。
樹々や草花によって見にくくなっている場所にある、かなり古い龍の石像の近くで話をしていた。
けれど途中から聞いた会話から察するに、ここまで来た目的を果たせなかったようだ。
結局そのまま2人は隠し通路か何かを使って、恐らく城の方へと戻っていったのだという。
何をしてたのか気になる……。
でも見に行ったら見に行ったで面倒事が発生しそうだわ。
……うん、聞かなかったことにしておこう!
「……きっとマクシミリアン殿下とソフィー様は、少々息抜きをされたかったのだと思います。我々は何も見てもいませんし、聞いてもいません。それでよろしいでしょうか?」
「はい。カテリーネ様のご判断通りでよろしいかと思います」
ヴァルムントが同意をしてくれたので、全員何も見ていないし聞いてもいないことになった。
みんな分かってくれて助かるぅ〜。
……てかさ、多分なんだけど。
おれが体調崩した時に聞いた女性の声って今と同じだった気がするんだよ。
つまり、赤いドレスを着ていた黒髪の女性って実はソフィーさんだったりする……?
だったら「幽霊が見てた」だなんて伝えたら怖がるの当たり前じゃん!
桃色ドレスの印象が強すぎて結び付かなかったんだよぉ!
声も荒げなかったし!
あーもーおれのバカーーーー! 完全に余計な嘘ついてるじゃんか!!
う、うう……。消えたい……。
地味にダメージを負いながらも、街の散策をすることになった。
決まったルートを行くだけだから散策って言うのは微妙かも……?
でも! それでもおれは楽しみにしていたんだ!
有名な芸術家を集め、公園の敷地内に石像を作らせた所とか!
豪華絢爛なオペラハウスにて行う演劇とか!
こ、こういうの、デ……、デートじゃん?
しかもしかも! 今回の演目はヴァルムントに刺さると思うんだわ!
とある兵士の立身出世物語なんだけど、お約束として恋愛話も絡んでくる。
女性側の心情が繊細に表現されてて、女性の好意に気が付かない様にすごくヤキモキしたし、それでもとても良かったし泣いちゃったそうだ。
色々な人と会っている時に、軽く内容を聞いたんだよね〜。
勿論ネタバレ厳禁で!
流石に……、流石に? ヴァルムントくんもそれを見て自分の行動を顧みたり……、う、うーん。
自分で言って苦しくなってきたな。無理な気がしてきた。
まー、普通に楽しみなことには変わりないので、楽しんで行くぞーっ!
◆
そんな風に思っていたことがおれにもありました。
壮大な護衛付きの散歩は、大方おれが楽しんでいるだけで終わってしまい。
夜近くになって行ったオペラハウスでの演劇は、これもまたVIP席での観賞をしたんだけれど……。
「カテリーネ様……」
「も、……申し訳、ございません……」
公演帰りの馬車の中ですんすん泣くおれと、向かい側で困り果ててるヴァルムントという状況になっていた。
ハンカチで涙をぬぐいながら気持ちを静めようと必死になる。
だ、だってさぁ! 思っていた以上にヒロインが健気でさぁ!
ヒーローに献身的で、それこそヒーローの拠り所みたいな感じで進んでいたのに、いたのに……!
ヒロイン死んじゃった!! 死んじゃったんだよぉ!
ヒーローがヒロインを失ったと後日知って慟哭するシーンとか、それでも痛みに耐えながらヒーローが進むシーンとか良かったけど!
最後にヒロインの墓へお花を添えるシーンが……、もう、もう……。
物語としてはありふれたお話と言えるんだろうけど、役者の熱演や凝った舞台装置による臨場感がすごくて呑まれたんだよ。
見て良かったし、感動した。でも、でもさぁ!
なんか涙止まんねえよ……!
「とても、素晴らしい……、お話でした。ですが、ですが……」
「……カテリーネ様、私は、」
ヴァルムントが何かを言い掛けて止まった。
ん? どしたん? 何があったの?
心を落ち着けようと大きく呼吸を繰り返しながらヴァルムントを涙で滲んだ目で見る。
ヴァルムントは深刻な顔をしながら、おれを真っ直ぐに見つめてきていた。
「私は、カテリーネ様と命を共にしております。ですので我々はあのようなことにはならないでしょう」
それはそう。
どっちかが死んだら自動的に片方も死ぬ状態だからねえ。
「……ですが私は、……私は、最後の刻までカテリーネ様と共にいるとお約束いたします。最後の瞬間まで、私は貴方の笑顔を見ていたい。最後に見る光景も、貴方でいたい」
ヴァルムントは立ち上がり、跪いておれの手を取る。
ギュッと握り締められた手のひらが、発火しているかのように熱かった。
「……カテリーネ様も、同様の約束をしていただけないでしょうか」
ば、ばっ、バカだなぁ!!
ヴァ、ヴァルムントくんがそうやって言ってくれてるのに、お、おれが嫌って言うわけないじゃん!
こんな熱烈なこと言ってきてさぁ、も、もう……。
おれだって最期はそうありたいって思っちゃったじゃんかあ!!
「わたくしも、同じ気持ち、です。……約束を、いたしますわ」
鼻はすんすんさせてるし、目も涙でボロボロだし、化粧も剥がれてるだろうしで、とても綺麗とは言えない状態のはずだ。
それでも直向きに想いを伝えてくるヴァルムントが、好きで、……好きで。
なんとしてでも叶えたいと思ったのだ。
色々と考えていたことは全て吹っ飛び、おれはヴァルムントの手をギュッと握り返したのであった。




