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今日も今日とて挨拶回りだ。うひー。
適度に移動してお話するだけといっても、とにかく気力が削られる。
おれはこれでも会う人数をセーブしているらしく、グスターベさんはおれよりも沢山会っているらしい。
……まあ、あの人は人と会うのが好きだから天職なんだろうけども。
ヴァルムントはたまに軽い打ち合いとかしてるんだとか。
男と男の語り合いは戦いでするってやつですか?
いいなぁ、青春だなあ……。おれもやってみたかったぁ!
よよよよと内心で泣きながら人と会い続け、夕食までの間に部屋で休んでいた時のことだ。
リージーさんや侍女さんにソファでマッサージを受けていると、扉をノックする音が聞こえてくる。
侍女さんが応対しにいくと、訪ねてきたのはグスターベさんだった。
忙しいはずなのに、どうして来たのだろうと思いながら入室を許可する。
「グスターベさん、どうされましたか?」
「カテリーネ様、少々よろしいでしょうか? 『悪霊』についてです」
悪霊について何か分かったのかな?
リージーさん以外の侍女さん達に一度退室してもらい、テーブルの椅子に座り直してしっかりと話を聞く体勢になる。
「ありがとうございます。様々な人々にそれとなく話を伺いましたが、この城の地下について、これといった話は聞けませんでした」
「これといった……、というと?」
「城として備わっている最低限の部屋やよくある話しかなかった、ということですね」
「幽霊の話もですか?」
「はい。今回の悪霊とは恐らく関係のない幽霊話しかありませんでした」
獄中死した男が〜とか、悲劇の侍女が〜みたいなのはあったらしい。
でも今回の悪霊騒ぎとは関係なさそうな話だったという。
明らかにあの悪霊、女好きだったからね……。
閉じ込められているとかも含めて、その辺出なかったらあんまり関係なさそう。
「と、なるとですね。一般には知られていない地下の空間があるかと考えられます」
全然あり得る話だ。
外向けには秘密にしておきたい部屋なんて、ない方がおかしいまである。
悪霊が嘘をついていなければ、秘密の地下部屋があるとみていいと思う。
……うちの城にも秘密の通路があったりするんだから、この城にもそういうのあるでしょ!
秘密の通路は、お兄様からこっそり教えられてたんだよねえ。
使う機会が来ないと願いたいが……って言いながら。
うん。秘密の通路って心そそられるモノではあるけど、用途を考えると使いたくないモノではある……。
「よって、上層部の人間が『何か』をしている可能性が高いということです」
絶対に上層部がやってるとは言い切れない。
でも、そう考えるのが無難ってやつだな。
「カテリーネ様が幽霊のお話をした際に、違和感を感じた相手はいませんでしたか?」
「……そうですね、カメロン宰相くらいでしょうか」
何人かに幽霊の話をした時、具体的にどうとは言えないんだけれど、引っ掛かる物言いをしてたのはカメロン宰相くらいだ。
あとはソフィーさんはやけに幽霊怖がってたくらい?
すげーキョロキョロしてたからな。
それ以外は幽霊は建前なんだろうなって感じの受け取り方だった。
悪霊いたのは本当なんだから信じてよぉ。
「カメロン宰相ですか。現在はマクシミリアン殿下の補助を多くされています。地下について知っていても不思議ではないでしょう」
解決するって言い切ってた以上は知ってそう。
う〜ん、やっぱなんか煮え切らないなぁ……。
「カテリーネ様も分かっていらっしゃるとは思いますが、我々は深く関わってはいけません。恩を売れる状況ならばまだしも、そうでなければご自身の身の安全と国のことを第一にお考えください」
「はい、勿論です」
おれは深く突っ込まないと決めている。
たとえどんなことがあろうと、回避できるなら回避する!
それはもう心に刻んであるのだ。大丈夫大丈夫、分かってますって。
もやもやするのはある。でも、割り切りも必要だ。
グスターベさんに対して深く頷くと、にこーっと笑顔を返された。
「では、私は次の対応に向かいます。何かございましたら、ご連絡ください」
「ええ、よろしくお願いします」
◆
ヤバい、本気で眠い。
諸々終わって風呂入った後、いつも通り部屋で侍女さん達からケアしてもらっている。
その時めちゃねむねむ状態すぎてさ……。
そのまま寝ちゃいそうなのをなんとか引き戻す作業を繰り返していた。
ここで寝ちゃうと侍女さん達に迷惑がかかるからダメなんだって〜。
睡魔と戦っていたらケアが終わっていて、リージーさん達がおらずヴァルムントが部屋に戻っていた。いつの間に……。
ヴァルムントは着替えも済ませており、ソファに座っているおれの目の前に来ていた。
「カテリーネ様、お疲れのところ申し訳ございません」
「……はい」
「こちらで寝てしまわれるとお身体に障ります。ベッドに移動いたしましょう」
うーん……。分かってる、分かってるよ……。
けど、ね、眠すぎてさ。動きたくない。
ううーんと唸っていると、かなり緊張した様子の声がかけられた。
「し、失礼致します」
俺の背中と膝の裏側に手が差し込まれ、ふわっとした感覚が体全体にくる。
そうしてあったかい温度が半身に伝わってくる。
あったけ〜さいこ〜と思っていると、ベッドに運ばれているのが分かった。
……これ、このまま降ろされるよな? そんでヴァルムントくん、ソファに戻っちゃうよな?
くっそ眠いけどいたずら心が抑えきれなくなったおれは、ヴァルムントくんの首に手を巻き付けにいった。
「かっ、カテリーネ様、お、お離しください……。このままでは、このままでは……!」
「かまいません……」
ギューっと眠いなりに解けないよう腕の力を強める。
一緒に寝ようぜって、おれ最初に言ったもんね!
ヴァルムントくんが困り果てているのが分かった。
やめないよ、おれやめないよ!
手の一つや二つ出してこいやオラオラ!
ヴァルムントはしばしベッド近くで突っ立ったままでいたけれど、観念したのかおれに負担がかからないよう慎重になりながらベッドへ入っていく。
おれはヴァルムントくんの首に抱きついたままなので、互いに向き合いながらベッドに寝そべる状態が完成した。
「カテリーネ様……、その……」
「ヴァル、ムント、……様」
ベッドの柔らかさとヴァルムントのぬくさがおれを更なる眠りの先へと導いてくる。
限界も限界だったおれは、いつの間にか意識を手放していったのだった。
何かの音が響いて意識が奥底から目覚めていく。
まだ微妙に開きにくい目をパシパシさせながら辺りを見ると、ヴァルムントは近くにいなかった。
あれ? 昨日捕まえたよな?
ううーんと思いながら寝たまま周囲を見渡すと、ソファの方にもヴァルムントはいなかった。
外は明るく朝を迎えており、丁度ヴァルムントが出て行った音だったのかもしれない。
まだ起きなくても良さそうだと思って微睡に身を任せていると、風呂場の扉を慎重に開く音がした。
出てきたのはヴァルムントで、いつも通りのガチガチな服装に変わっている。
一回水でも浴びたのか、髪の毛は微妙に濡れていてペッショリしていた。
邪推と揶揄いたい気持ちが迫り上がってきたが、流石にまずいかと思って再び眠気に身を任せたのだった。
……ふーんだ。




