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朝起きた時には既にヴァルムントは部屋におらず。
朝食も先に食べちゃったらしい。
今日はマクシミリアン殿下との初顔合わせなので、リージーさんとユッタと侍女さん達にこってこての支度をされている。
そんな中で、おれは昨日のことを思い返してギリギリとしていた。
あーーーーーもーーーーーヴァルムントくんのバカバカバカバカ!
バカバカバカバカ! カバカバカバカバ!!
バカのバカァ!! ……バカがゲシュタルト崩壊してきたわ。
はぁ、はぁ……。……あー、疲れた。
今回のおれ、頑張ったと思うんだけど……?
最初にされたカールさんの「同じ部屋で寝ればええやん!」提案には度肝を抜かれた。
けど、その言葉に乗るべきだと瞬時に悟ったんだよ。
ヴァルムントくんには、これくらいしないといけないってさ……。
大体ヴァルムントくんは理性の塊だから行き過ぎたことにはならないって分かってたし。
結果? ああ、はい。うん。
おれもさ〜、ちょっとはいけるかな〜って思ってたの。
甘かった……。ヴァルムントくんの理性が鉄壁すぎた。
リージーさんがおれの手入れをめっちゃ張り切ってしてくれたのにな〜。はぁ。
◆
ベッドで一緒に寝るのが無理なのは想定してた。
お堅いヴァルムントくんがするはずないもん。
言うだけはタダだし、一応ね? 揺さぶっておこうと思ってさ。
当たり前に断られ、おれは1人でベッドに入った。
だがしかーーーし! ここで終わったら……お、お? お、男も女も廃るってもんよ!!
しばらくベッドで寛いでから、丁度いい頃合いに降りてヴァルムントに近寄っていった。
そこでその……、ちょっと魔が差したっていうか。
少しヴァルムントくんの引き締まった筋肉触ってみてーなってなっちゃって。
だ、だって気になるじゃんか!
ラドおじさまの筋肉は『もりっもりのムッチムチ』で全然種類が違うし、確かめてみたくなったんだよぉ〜!
……こっ、恋人なんだしさ、触るくらいは良くない?
触れた結果、ヴァルムントくんが定義する『過ち』の一つや二つくらいはしてくれねーかなってさ。
なんでヴァルムントくん定義かって?
ヴァルムントくん的には大事だろうけど、おれ的には大したことじゃなさそうだから……。
オラァ! 据え膳だぞコラァ!
眠ってるなら眠ってるで、筋肉触り放題で都合がいいわ!
そうして手をワキワキとさせながら触った筋肉は最高だった。
柔らかさがあるんだけど、なんというか……こう、無駄がないって感じ。
張りがあって素晴らしくってさあ……。
指先から肩までじーっくりとペタペタしまくった。
剣ダコがゴツゴツで良いし、節くれだってるのがまた良いんだ。
騎士として出来上がっていった腕なんだな〜って思うと、男心くすぐられるじゃん!
ウハウハしながら腕を確かめ終わったおれは、あることに気がついた。
ヴァルムントくん、起きているのでは……?
ほほーーーーん? ほーーーーん?
お耳が赤いですわよーーーー?
なーんで寝たふりしてるんですかねえ〜?
おれはニチャニチャしながら、攻撃に出ることにした。
背骨に沿ってスーッと手を滑らせていく。
うぉう、背筋良すぎ……。
角張った骨もまたいい味出してて、思わず背中の筋肉を堪能してしまった。いかんいかん。
思わず笑い声が漏れたけど、まあ構わないっしょ。
そのまま首まで手を伸ばして、プニプニした血管や喉仏に触れたりしたんだけど……。
うーん、これでも駄目かぁ。
流石ヴァルムントくんだぜと思いつつ、今度は髪の毛を弄っていく。
あんまりケアしてなさそうなのに、なんでサラサラなんすかね。
……そろそろ行動が思いつかなくなってきたのと、眠くなってきたのもあるから切り上げるか〜。
ここまで耐え切ったヴァルムントくんの頭を撫でながら、ずっと思っていた労いの言葉をかけた。
「ヴァルムント様、いつもありがとうございます……」
常にヴァルムントは全力でおれを護ってくれてるし、気遣ってくれている。
職務を全うしようと頑張っているヴァルムントはいつだってカッコいい。
そんなヴァルムントだから好きになったし、本当にいつでもありがとうって思ってる。
でも、おれはヴァルムントの緩んだ姿も見たい。
おれにしか見せられない面を見てみたい。
だから……だから、その、もう少しおれに対して欲を見せてくれてもいいんじゃない?
そう思いながら離れようとしたけど、ふと赤い耳を見て思い立ったことを実行した。
ふにゅっとした感触が唇から伝わってくる。
……恥ずかしくなってきた!!
なんかキスする部位によってどーこーあった気がするけど、覚えてないからなんでもいいや!
どうせヴァルムントくんは知らんし、ここでも同じ意味かも分からんし!
い、命拾いしたなヴァルムントくん……。
おれは捨て台詞を心の中で吐きつつ、ヴァルムントの忍耐力に慄きながらベッドへと戻って眠りについたのだった。
◆
別に? まだ期間はあるし?
悪霊がいつ部屋からいなくなるか分からない以上、おれはヴァルムントくんの部屋に居続けるからチャンスはまだある!
決意を新たにしながら、おれは侍女さん達総出の準備を終えて最終チェックをしてもらう。
髪ヨシ、顔ヨシ、服装ヨシ、装飾ヨシ!
オール問題なしだと確認してから、ユッタが外で待機していたらしいヴァルムントを呼びにいく。
ヴァルムントは相変わらずのガッチガチ鎧装備になっていて、顔色は普段と変わっていない。
おれをエスコートしようと手を差し出してくる澄ました顔が憎いぜ……。
絶対崩してやるんだからな!
「カテリーネ様、お手をよろしいでしょうか」
「はい、よろしくお願いします」
ヴァルムントの手をとり、謁見の間へと歩いていくのだった。
謁見の間へと入場していくと室内は大きく、華美な装飾や調度品がほどこされており、正面奥には王の座る玉座が設置してある。
その玉座の横に立っている人物がいた。
色が薄めの金髪に大人しそうな顔立ちの青年──おそらくマクシリミアン殿下だ。
赤いマントに紺の礼服を着用されている。
玉座に座っていないのは、まだ戴冠されていないからだろう。
脇にはカメロン宰相に文官や兵士が並んでいる。
ある程度の距離まで進んでからおれは渾身の礼をし、ヴァルムントはおれから数歩離れた場所で礼をしていた。
おれは一つ深呼吸をしてから、言葉を発していく。
「この度は、戴冠式へのご招待いただき誠にありがとうございます。わたくし、帝国第一皇女のカテリーネと申します。本日、お目通りできることを楽しみにしておりました。旅の疲れから体調を崩し、ご挨拶が遅れましたことをお許しください」
「カテリーネ皇女殿下、ようこそいらっしゃいました。私はマクシミリアンと申します。お会いできるのを心待ちにしていました」
朗らかな笑顔で近づいて話しかけてきたマクシミリアン殿下は、初々しい感じがした。
そらそうよな、お兄さんがいなくなって急遽継ぐことになったんだから。
近くに来たから分かったんだけど、殿下の目の色がピンクだ。余計に幼く見える……。
「そして、我が国民をお救い下さり誠にありがとうございました。その時の対応によってお疲れが出てしまわれたかと思います。どうかご無理なさらずお過ごしください。来たる戴冠の日を、心ゆくまで楽しんでいただければ幸いです」
「治療に関しましては、すべきことをしたまでですわ。ご配慮いただきありがとうございます。貴国についての見識を深めたいと思っておりますので、多種多様な場所を拝見することをお許し下さい」
「我が国に関心をお寄せいただき嬉しく思います。その際は案内人をつけますので、是非近くの者にお申し付けください」
ぜえ、ぜえ……。堅苦しい会話きつすぎ……。
これで一通りの挨拶が終わり、あとは軽い会話をした後に謁見の間から退出となった。
時間があったらお昼一緒に〜とかになるかもって聞いてたけど、どうもなさそう。忙しいみたいだ。
胃がキリキリするからナシでよかったぁ〜っ。
この後なんだけど、ゲンブルクの貴族の中でもお偉いさんやら他に来賓している人やらに挨拶をしに行ったり、受けたりをする。
おれから会いに行くか、おれから会うのを承諾するかは国の力関係とかその辺が関わってくる……ってグスターベさんから聞いた。
め、めんどくせ~って思ったけど、街の視察とかもあるのでそれを楽しみにおれは生きるぜ……。
って、思ってたんだけどな。
早々に地獄のお茶会が始まって、早く楽しみが来ないかなと死んだ目をすることになったのである。




