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「えーっと……。そういう『趣味』なんです?」
「カールッ!!」
「すんません」
おれに呼ばれて入ってきたカールさんが、ヴァルムントを見て言った言葉がそれだった。
これ趣味じゃねーから!!
SMプレイはおれ理解できないし、ヴァルムントくんも好きじゃないでしょ。
「で、どないします?」
「私を私の部屋に運んでくれないか……」
「ほな、先に人避けしてきますわ〜」
確かに、縛り上げられた将軍を誰かに見せる訳にはいかないからね……。
ヴァルムントくんの尊厳が破壊し尽くされてしまう。
ちょっとしてからカールさんが戻ってきて、ヴァルムントを俵担ぎする。なんかシュールだ。
移動するカールさんにおれもついていくと、廊下で護衛としていた人やリージーさん達は少し離れた場所で背を向けていた。
ゲンブルク兵の人達も同じだ。下手に目撃されたら面倒だもんね。
一緒にヴァルムントに割り当てられた部屋へと入っていくと、背を向けていた人達が動き始める音が聞こえる。
事が事だし、一応扉はちゃんと閉めておく。
部屋はおれの部屋とそんなに変わらない内装で、唯一違うって明確に言えるのは龍の石像がないくらいだった。
カールさんはヴァルムントを近くの椅子に座らせてから、こうなった状況を一通り聞いてからヴァルムントの横に立ち待機し始める。
そうして若干眉間の皺が和らいだヴァルムントがおれに声をかけてきた。
「カテリーネ様、拘束を解いていただけないでしょうか」
「分かりました」
カールさんが横にいるからいいのか?
疑問に思いながらもヴァルムントに近づいて拘束を解くと、解放されたヴァルムントは深いため息をついてから片手で頭を抱えてた。
笑えない出来事ではあったんだけど、めっちゃ落ち込んでるヴァルムントくん面白いな……。
ヴァルムントは一度頭を振ってから立ち上がり、おれへと平謝りしてきた。
「大変申し訳ございませんでした」
「ヴァルムント様のせいではございません。あの……ええっと、悪霊が悪いのです」
名前も分からんし悪霊って普通に呼んでもいいよな!!
「いえ、全ては私の不徳の致すところでした。悪霊を跳ね除ける力が足りず、護ると誓ったカテリーネ様に危害を加えるなど……」
「加えておりません。ヴァルムント様は悪霊を打ち破り、こうしてわたくしの目の前にいるではありませんか」
通称が悪霊で通ってしまった。
いいんだ……と思いつつ、頭を下げているヴァルムントの肩に手を置き起き上がってくれと押す。
ちゃんとおれを傷つけさせないって誓いを守ってるってば!
渋々ヴァルムントは上半身を起こしておれを見つめた。
「……カテリーネ様のお部屋に初めて入室した時に、違和感がありました」
「違和感……」
そういや怪訝な顔して辺りを見てたし、ゲオフさんやカールさんに何か聞いてたな。
「こちらの部屋では何もない上に私のみ違和感を覚えていた為、気のせいなのではと思ってしまったが故の失態です」
でもそれが分かっていたとて、その時は悪霊のせいって知らなかったんだし対処しようがなくないか……?
気持ちは分かるけど、切り上げて次に活かしていこうぜ〜ヴァルムントくん。
しっかり反省をするヴァルムントくんだから、……す、好きなんだけども!
ヴァルムントの手を取り、グッと握りしめながら言った。
「では、次を考えましょう。わたくしの部屋でのみ違和感があったのですよね? わたくしの部屋に入らなければ、再び取り憑かれないということでしょうか?」
「確実にそうだとは言えませんが……、先程悪霊を退けた時は終始耳鳴りと頭痛がありました。この部屋に来てからはありません」
悪霊テメェ……。なにヴァルムントくんへ悪影響与えとるんじゃコラァ!
そりゃヴァルムントくんもすぐ拘束解かないでって言うわ。
あの悪霊、おれがいる部屋に憑いてる地縛霊かなんかなの?
労い代わりに握ってる手をさすってあげた。
「わたくしが悪霊を退ける魔術を覚えていれば……」
「……悪霊についてですが、そういった魔術は効かないと思われます」
「え……? 何故でしょうか?」
ヴァルムントが手を握り返しながら言葉を続けていく。
「従来の悪霊型魔物は人間に取り憑きはすれども、あのように明確な意思はありません。他の魔物についても同様です。よって、魔物ではない別の種類──人間の魔術の類に該当するかと思われます」
「つまり……、対魔物用の魔術を使っても効かない可能性があると?」
「はい。試してみないことには分かりませんが、もう一度悪霊と接するのは避けたく……」
もう一度憑依なんてされたくないから当然の主張だ。
不測の事態に対応できなくなる可能性があるってだけで、ヴァルムントとしても嫌だろうし。
でも今回の件とは別で習っておこうかな……。その辺の魔術。
攻撃系は得意じゃないんだけど、お祓いは多分別系統だろうし大丈夫なはず。
あと、ゲームで悪霊系が取り憑いてユニットを麻痺状態にすることはあった。
単純にゲームで描写されないだけで喋るのはあると思ってたらそうでもないのか。
魔物についても更に勉強しなきゃな〜。
あ〜、やる事増えていくんですけど!?
……その前にさ、おれ悪霊のいる部屋にいたくねえわ。
ヴァルムントにしか憑依できなかったって言ってたけど、おれの部屋にずっといたってことだよな?
ひっ、ひえ……。覗かれる趣味はないんですけど!
「部屋の変更をお願いしたいのですが……」
「理由を説明するのは厳しい上に、カテリーネ様に見合うお部屋がないかと……」
馬鹿正直に「悪霊がいます! ヴァルムントくんが憑依されちゃうんです〜」なんて、ゲンブルクの人に言える訳がない。
ただの気狂いに見られる可能性があるし、将軍は悪霊に取り憑かれたということが『帝国の弱み』としてとらえられる可能性もある。
ましてや地下の話なんかしたらヤベーやつすぎるんだわ。
絶対面倒な問題が発生する。
言った通りお兄様と国に迷惑はかけたくないからな!
悪霊が地下にいるのは気になりはするけども、おれが一番大切にしているのは身内だから心を鬼にする。
これから仲良くなるゲンブルク側の人に、誘導みたいな形で話すってことで許してほしい。
それにさ、説明なしで「部屋変えて!」なんて言ったらすげー我儘じゃん。
他の来賓がいる関係で、地位の高い人に当てがわれてる部屋も埋まっているはずだ。
ないことはないんだろうけど、グレード低くされるとそれはそれで別問題発生するんだろうし。
「地下については調査を出そうと思いますが、早々に解決は不可能です」
自国ならまだしもここは他国だからね。同盟関係にあろうがそれはそれ。
秘密裏に捜査ってなるだろうし進捗は遅くなりそうだ。
う〜んと2人で対処に悩んでいると、横でずっと話を聞いていたカールさんが気軽にこう言ってきた。
「お2人とも真面目すぎるんとちゃいます? 幽霊らしきものを見てしまったから、怖がったカテリーネ様がヴァルムント様のお部屋に寝泊まりするでええと思いますけど」
カールさんのその言葉に、おれもヴァルムントも硬直をした。




