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「ねえねえ、なんで分かったの? オレって完璧だったと思うんだけどさ!」
後ろ手にされて全身を黄色く光る拘束魔術で縛られ、ベッドに転がっている『ヴァルムント』がそう言ってくる。
こんな風になっているのは、おれが誰なのかと聞いた後に拘束魔術を発動させ縛り上げたからだ。
最近使うのは治療だけだったけど、普通にこういうこともできるんだからな!!
おれはベッドから立って、真正面にコイツを見定めながら言った。
「ヴァルムント様はあなたのように軽率なお方ではございません」
あのっさぁ!
ヴァルムントくんがこんなにも積極的だったらず〜っと悩んでねーーーーーーーーんだわ!!
大体全然似てないし! なんなんお前!?
普段ヴァルムントくんが絶対にしない表情や仕草をするしさぁ!
婚約してもドアは半開きにして閉めないし! 言葉の使い方も全然違うし!
ヴァルムントくんは生真面目馬鹿のトンチンカンで、全然おれの意図を察してくれないんだぞ!!
職務や礼儀として触る分には問題ないのに、そうでない時はぎこちなさすぎるやつなんだぞ!!
なのに変なところでクリティカル出してくる変なヤツで、……おっ、おれは、そっ、そういうヴァルムントくんが好きなのであって……。
だからぜーんぜんコイツが迫ってきてもドキドキしなかった!
……ヴァルムントくんが絶対にしないことをしてるから、ある意味面白くはあったけど。
「ええー!? 君達婚約してるんでしょ!? これくらい二人っきりなら普通やるって!」
「いたしません。ヴァルムント様は誠実なお方です」
そうだったら苦労してねえんだわ。
ピキピキしつつもコイツが何なのかを探る為に質問していく。
「あなたは一体何者なのですか。本物のヴァルムント様はどちらに?」
どちらにとは言ったけど、最初のヴァルムントくんはちゃんとヴァルムントくんだったと思うんだよねえ。
身体はちゃんとヴァルムントくんのだと思うし。
いや、ガワをコピーか何かしている可能性はあるか。
あと考えられるのは憑依ってやつとか? 傍迷惑にも程があるんですけど。
「さぁ? この間までは覚えてた気がするんだけど、今はもう自分が誰なんだか分からなくなってきちゃったんだよねえ」
肩をすくめて皮肉げに笑ってきたが、こっちは全然笑えない。
話す気がないのか、それとも本当のことを言っているのか。
「そんな顔しないでよ〜、かわい子ちゃん! 君の婚約者くんはちゃ〜んとココにいるからさ! 今だって婚約者くんの抵抗がすごいのなんの……」
そりゃ抵抗するのは当たり前だし、大人しく敗北してくれませんかね?
しかし言い方的に憑依してる可能性が高いな。
「婚約者くんの抵抗がなかったらそのままキスできたのになぁ〜、悲しいなぁ」
「戯言はおやめ下さい」
確かにおれは、……き、キスしないのかなぁって思ってたけど!
今の状態でするのは、ち、違うじゃん。
おっ、おれが好きなのは生真面目ヴァルムントくんであって、こんなチャラチャラしたヴァルムントじゃないし。
だっ、だから、今したって意味ないじゃん!
……あああああああ恥ずかしくなってきたからやめやめ!!
とにかく! ヴァルムントに取り憑いてるこの悪霊をどうにかせねば。
アンデット系に効く魔術なかったっけ……。
「なんか怖いコト考えてない?」
「気のせいではないでしょうか」
ヤバい、全然お祓い方法が思いつかない。
カールさんあたりを呼びたいんだけど、こっちが何かしたらヴァルムントに悪い影響与えそうで怖いわ。
「オレのお願いを聞いてくれたら、婚約者くんは解放するよ〜」
お願いって、ヴァルムントくんを人質に取ってるからお願いもなにもなくね? 腹立つ~!
イライラを抑える為に、手をぎゅっと握りながら話を続けていく。
「『お願い』とは一体なんでしょうか」
「え〜? 向かいたい場所があるってオレ言ったでしょ〜?」
ただの口説き文句だと思ってたわ。
怪訝な顔をしているのが分かったのか、駄々っ子しながら言ってくる。
「信じてなかったの!? ひどいよぉ〜。オレは女の子相手には嘘つかないし、優しくしようと思ってるのにぃ〜」
ええい、拘束で動けないからってヴァルムントくんの身体でウネウネするんじゃない!
尊厳破壊がすぎるぞコイツ!!
大体さ、女性に優しく〜とか言っておきながらおれ相手に優しくできてねーからな。
優しいならさっさとヴァルムントを返しやがれ!
「その場所はどちらにあるのでしょうか」
「この城の地下だよ! 結構奥深くにあるから、怖がらせるかもしれないけど……。オレと一緒に来てくれれば何も問題はないからさ〜!!」
地下ぁ〜? いやそんなこと言われましても。
しかも奥深くの地下って立ち入り禁止に決まってんじゃん。
アイアム来賓よ? 勝手に侵入したら国際問題よ?
おれはお兄様を支えたいからここまで来てる。
お兄様を困らせるのはぜーったいに駄目。
皇女という責任ある立場な以上、それ相応の行動をしなくちゃならない。
本来ならこんな訳の分からない悪霊の話を聞いてやる筋合いはないのだ。
あー、早くコイツ祓いたい。
「そちらで何をなさりたいのです」
「オレの本体を起こして欲しくって!」
起こしてほしいって、コイツ幽体離脱してるのか?
つまり……、コイツは生霊?
う、う、う、う、う〜ん……。
ただでさえ嫌なお願い事なのに城の地下で眠らされてる人物起こせだなんて、超絶厄介重ねをしないでくれないかな!?
善人か悪人か分からないけど、どちらにせよの話じゃん……。
「……わたくしでなければ駄目なのでしょうか? わたくしは他国の者であり、地下へ入ると問題が起こるのは確実です」
「だって君しかいないんだよぉ〜! こうやって人の体に入れたのも、これが初めてなんだよ!? それに、カテリーネちゃんじゃないと駄目な気がしてきてさ〜」
ヴァルムントくんがこの悪……じゃなくて生霊と波長が合ってしまったの!?
一体何をヴァルムントくんがしたっていうんだ、可哀想すぎる。
あと「おれじゃないとダメ」っていうのは、「起こされるなら美少女がいい」ってやつだろ。
分かってんだぞお前の企みは!
「では、わたくしから他の者へ依頼をするのはいかがでしょうか」
おれは行けないから、代わりに誰かにやってもらう。
誰なのかを調査してから善人なら解放、悪人ならそのままでって伝えればいいし……。
それが今できる一番の妥協案だと思うんだよなぁ。
「それは駄目だよー。オレはカテリーネちゃんがいいって言ったし、その案だと時間かかっちゃうでしょ? オレ、早く起きたいんだよね。お願い聞いてくれないなら、こっちもそれ相応のコトしちゃおっかな〜」
つまり譲る気はないと。
ど、どうしよう。このままじゃ本当に地下へと行かないといけなくなっちゃうわ。
まずいって〜!
ヴァルムントになんかされるのは駄目だし、地下に行くのも駄目!
祓い方も分からんし他の方法も思いつかん~!
一体どうすれば……。
……そうだわ。
ヴァルムントくんに頑張ってもらおう!!
「……い、嫌です」
うおおおおおおお! 気合いで涙を出す!!
おれは泣くおれは泣くおれは泣くおれは泣くおれは泣くおれは泣くおれは泣くおれは泣く……!!
胸元に両手を握りながら持っていって! 斜め下向いて! 堪える表情!
「わたくしのヴァルムント様に、酷いことをなさらないで下さい……!」
全身全霊の泣き声を~~~~~~~ッ!!
これでヴァルムントくんの抵抗力が天元突破しないか!?
おらっ、頑張れ! 男じゃろい!
「えっ!? そ、そんな泣かないでよぉ! オレ女の子の涙には弱くって……、うっ!?」
悪……じゃなくて生霊が苦しみ始めた。……もう悪霊でいいか。
悪霊はしばらく呻いた後、呻くのをやめてパタリと動かなくなった。
ヴァルムントくんの身体から完全に力が抜けているように見える。
瞳は完全に閉じられていて様になっているから、実質絵画になってるのずるいな。
……大丈夫? おれの目論見成功してる?
ちょっと腰が引けた状態のままヴァルムントへ近づいていく。
ヴァルムントはゆっくりと目を開けながら、眉間に皺を深めていった。
「……申し訳ございません。私の力不足です」
「本当に、ヴァルムント様ですか……? よかった……!」
「はい。……ですが、私が本物であると証明をするのは難しいと言わざるを得ません。拘束は解かないで下さい」
深海の底までいくほどの反省をしてそうだから、ヴァルムントくんで間違いないとは思うんだけど……。
悪霊だったらこれ幸いと拘束を解けって言うだろうし。
それに、あの悪霊がここまでお堅い対応できると思えん。
「お手数をおかけして申し訳ないのですが、カールを呼んでいただけないでしょうか」
「……分かりました」
解いてもいいと思うんだけどな〜。
ヴァルムントくん自身が納得しなさそうだ……。
おれは頷いてから、カールさんを呼びに扉へと近づいていったのだった。




