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呼ばれて来たブラッツ先生に見てもらい、お薬を処方されて早々に眠ついた。
恐らく無事に到着したから、ずっと緊張していた体が解れた反動なのだろうと。
少しでも夕食はとった方がいいとも言われていたので、夕食の時間になったら起こしてもらえる予定だったのだが……。
「──ではありません!」
起こされる前に、大きな女性の声が耳に響いてきて起きてしまったのだ。
頭痛いしだるだる〜と思いながら目を開けると、部屋の中は大分暗くなっていた。
おれが寝たのがお昼すぎて結構経った頃だったから、少なくとも3~4時間は寝てたんじゃねえかな。
小さくあくびをし、ベッドから降りていく。
おれはまだ眠っていたかったのに起こしたのは誰じゃい!
プンプンしながら降りてバルコニーへのガラス扉へと近づいていく。
なんとなく扉を開けるのはまずい気がして、ガラスから外を伺った。
綺麗な庭が広がっているが、声がした場所は見ることができない。
女性の話し相手である声は聞こえるが、声量が大きくなく何と言っているのか聞き取れなかった。
「違うと言っております!」
「────! ──────」
「もう知りませんっ!」
女の人は限界がきたのか、今までで一番大きな声をあげて切り上げてしまった。
長い黒髪で紅っぽいドレスを着た女性が、庭から遠ざかっていくのだけが辛うじて目に映る。
結局内容はさっぱり理解できずに終わってしまった。
おれを起こしておいて一体なんだったんだ……。
ベッドに戻ろうとしたら、小さめのノック音が部屋に響く。
返事をするとリージーさんが扉を開いた。
「カテリーネ様、起きていらしたのですね」
「……少し、風にあたりたくなってしまいまして」
うるせ〜から会話聞こうとしてたとか絶対に言えないもん!
何故ならおれは、お淑やかな皇女様なのだから……!!
リージーさんは後ろでワゴンを持っていた侍女さんと一緒に部屋へと入ってきた。
ワゴンはテーブル近くまで運ばれ、侍女さんが食事の準備をしていく。
一方リージーさんはおれの方に寄ってきて座るように促してきた。
「発熱されているのに風にあたってしまっては、かえって悪化されてしまいます〜。少しで構いませんのでお食事をとり、再度お休みになられて下さい」
「ごめんなさい……」
「いえいえ~。お気持ちは分かりますので」
本当に外へ出る気はなかったので許して欲しい……。
謝りつつ食事の席へと着いたのだった。
◆
翌日にはある程度病状は和らいでおり、明日の朝に問題なければマクシミリアン殿下と挨拶をする予定だ。
絶対に明日は元気いっぱいになるのだと思って、おれはちゃーんと部屋でゆっくりとする。
とはいえ暇なのでユッタを呼び、他の街はどんな感じだったかを聞いてた。
「それでですね、ハッフェーンの街では海産物がたーくさんあるんです! 中には信じられないものを食べたりしているんですよ!」
「信じられないもの、ですか?」
「はい。うねうね〜っとした怖い生き物がいるんです。たくさん触手があって、私は初めて見た時怖くて逃げちゃいました……。し、しかも! 食べるんですよ!?」
あわわと怯えるユッタ可愛い〜!!
しかしタコなのかイカなのか。
あ〜食べたくなってきたから話題を逸らそう……。
海産物って鮮度が命じゃん?
海に近くないと、塩漬けしたものとかでないと食えないんだよねえ。
というか、本当は解放軍はどんな感じだったのか聞きたかったんだけどさ、おれ相手に話すのも気まずいかも……って思って聞かなかった。
一応って言い方はアレなんだけど、おれって帝国派として見られてるっぽいし。
だから話題が振りにくい。
あ、おれが他の街について聞きたかったのは嘘じゃないよ。
だっておれはずっと村にいたし、それ以外の街に滞在したことはあっても、ヴェルメ以外はあんまりどういう感じなのか見れなかったから……!
旅中でもおれが行くと物々しくなって、自然な状態が見られなかったから聞いてみたかったのだ。
ユッタはラハイアーに連れられて色んなところに行ったみたいだし、丁度いいかなって。
「こういったお話をユッタさんから聞けるのは、とても楽しいです」
「ホントですか!? よかったぁ……。休みの時間に兄さんとこの街を見る予定なので、その時のお話もしますね!」
「でしたらぜひ、レシピ本を購入していただけると助かります」
「分かりました! 絶対買ってきますね!」
大体2時間くらいユッタとお話した後、お昼を食べてひと眠り。
夕方くらいになって起きて、一度さっぱりする為に入浴させてもらった後の話だ。
ちゃんと着込んでから窓際に椅子を寄せて休んでいると、コンコンと音がした。
「カテリーネ様、ヴァルムント様がお越しです〜」
多分報告にきたのかな?
リージーさんにオッケーをだして、ヴァルムントを入れてもらう。
……ごゆっくり〜って顔でリージーさんが部屋から離れていった。あのあのあの。
ヴァルムントは扉を開けたまま部屋に入ってきたのだが、ビクッと一度体を揺らして目を見開いていた。
「ヴァルムント様、何かございましたか?」
おれが問いかけをしても反応が薄くて思わず首をかしげる。
ヴァルムントはしばし黙った後、軽く微笑んでから後ろ手で扉を閉めてから近寄ってきた。
「カテリーネ様、そのままではお身体が冷えてしまいます。どうぞこちらへ」
目を細めて恭しい仕草で手を差し出してくる。
ちゃんと着込んでるんだけどなぁ。
おれは何度か瞬きをした後に、手を取って立ち上がった。
ほんのりと口角を上げたままのヴァルムントがおれをベッドへと導いたので座ると、その隣に座ってきた。
……かなり、近い。
ヴァルムントが手を伸ばして、おれが太ももに置いていた手を上から握ってくる。
「よろしければ空いた時間に、私と行っていただきたい場所があるのです」
「行きたい場所……、ですか?」
「はい。是非カテリーネ様とご一緒に向かいたい場所だと思いまして」
握ってくるのをやめ、おれの手の甲をなぞり始めた。
流石にちょっとくすぐったいんだけど。
「どのような場所なのでしょうか?」
「ご覧になったら驚く場所ですよ。実際にご覧になる時の為に、今はまだ秘密とさせて下さい」
流し目でおれを見つめながら、空いている手の人差し指を立てて口元へ持っていった。
ふーん、秘密とな……? なるほどなるほど?
ヴァルムントは薄っすら微笑みながら手をなぞるのをやめ、おれの肩へ手を回してくる。
密着する形になり、頭の上にヴァルムントの顔が近付いていた。
「カテリーネ様……」
おれの肩に置いていた手が、髪の毛を弄りながら首筋へと到達していく。
顔がヴァルムントへ向くようにされて完全に見つめ合う姿勢になった。
そのまま、ヴァルムントの甘い瞳がおれの眼を見定めたまま距離を縮めていく。
やがて距離がゼロになる前に、おれは言い放った。
「どちら様ですか?」




