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おれは夕食の時も寝る時も、庭での出来事をず~っと考えていた。
ヴァルムントくんさぁ、マジでなんだったん?
あれから本当にな~んもなかった!
お前、……お前っ! 男だろっ!!
そこはカールさんが言ってた通りに、もっとこう、こう……。
……ううううう、あああああああああああ!
なんっでおれがこんなに悩まなきゃいけないんだ!
おれはお淑やかな女の子でありたいけど、一応おれなりに頑張ってるんだけどな~!?
もっとおれから行かなきゃダメなんか? あぁん!?
翌日も同じメンツな馬車内でため息をついていると、リージーさんがこう言ってきた。
「カテリーネ様。ヴァルムント様がカテリーネ様との関係をゆっくりと進めたいのも、きっとカテリーネ様を大切にしたいが故だと思います」
なっ、な、なんでバレてるんですかね!?
カールさんからひっそり聞いてたのかな!?
めちゃくちゃビビりながらも「そうだと嬉しいです……」と返しておいた。
いや、あれは朴念仁なだけでは……。
でもいきなりどドストレートぶち込んでくる時もあるから、余計にたちが悪いんだけれども!!
ユッタは話の流れが読めないらしく、戸惑いを見せながらも小さく頷いていた。可愛い。
◆
それ以降も結局なにもなく、特になにもなく! マジで何もなく!
ラハイアーがちょ~っと他の兵士に頓珍漢なこと言って困らせてる報告を聞いて、ユッタが頭を抱えているくらいしかなく!
とはいえ業務に支障はないので、本当に困っているだけという……。
険悪になっているとかまではない。普通に仲自体は悪くないんだとか。
普段ならユッタが横でカバーしてたっぽいんだけど……。
だからといって勝手に職務から離れちゃいけないので、ユッタは胃をキリキリとさせていた。
たまに馬車の窓や休憩中とかで外に出たりしてる時に、ラハイアーを見てみたことはある。
遠くから見ている分には、至って普通の好青年に見えた。
……そもそも、ヴァルムントくんさ。
この旅ではピリピリしてるっていうか……。
四六時中警戒を解いちゃいけないってのはあるんだろうけど、それにしては硬すぎる気がしている。
聞いてみようにも具体的に言葉にできなくて、おれは何も言えずにいた。
おれもユッタもぐだぐだ悩む日々が続きながら、お昼近くに関所へ到着した。
石造りの壁が長ーく続いており、真ん中にはでっかい門と両脇に小さな門。
そしてその門横には建物があって、警備をしている人達の詰所があるみたいだった。
多分反対側にもあるのかな?
このどデカい門を越えればゲンブルク領内だ。
今は通る為の手続きやらを詰所内でヴァルムント達が行っており、閉まっている門前で待機となっている。
おれ達が馬車でひたすら時間を潰していると、扉がノックされると同時に窓からゲオフさんから声がかかった。
ユッタがおれの頷きを確認してから、戸を開けて話を聞いていく。
「カテリーネ様、ご報告いたします。現在、関所が封鎖されており通行が不可能となっています」
「封鎖……?」
おうおう、おれ達はアンタらに呼ばれてきたのにどういうこっちゃい!
「大型魔物が周辺を跋扈しているそうです。相手方は対処をしているのですが、倒したと思ったら同種の別個体が現れる事態が発生しており、危険と判断したが故の封鎖となっております」
「それは……、そうなりますね」
大型魔物を倒すのにはかなりの労力が必要だ。
元々出てくる頻度はそこまで高くないはずなのに、また違うのが出るとか面倒にも程がある。
それに他国のお偉いさんが通るってのに、大型魔物と遭遇させる訳にはいかないから通さないわな……。
魔物だから不可抗力の存在とはいえ、下手すりゃ外交問題になりかねないし、倒してもまた別のが出るんだったら助力したとて意味ないし。
このまま国に戻っても、おそらく問題はないだろう。
お兄様は戻ってきてくれたことに喜びはするだろうし、帰ってきた判断も正しいと言ってくれるはずだ。
ゲンブルク側だって、無理に来てもらうよりかは帰ってもらった方がいいと考えるのが自然だと思う。
けどなぁ……。
お兄様から任された仕事だから、ちゃんと完遂したいんだよねえ。
かと言ってどう解決するかなんて思いついてないんだけどな! HAHAHA!
そもそも、おれだけで判断できるもんじゃないってのもある。
おれの意向も汲まれたりはするけど、この旅での指揮権を握ってるのはヴァルムントくんだ。
……ヴァルムントくんはどう考えてるんだ?
「あの、ヴァルムント様はどのように判断されていますか?」
「我々の領地でも出る可能性がある為、大型魔物についてお聞きになっています。詳細によって判断をされるかと」
それもそうか。
ヴァルムントはおれの護衛ではあるが、国を護る騎士でもある。その辺も考えて動くのも当然だ。
何はともあれヴァルムント待ちだと結論付けたところで、それは起こった。
カンカンカンカン!
何度も何度も力強く叩かれた鐘の音が辺りに響き渡る。
──警鐘だ。
周囲で待機をしていた兵士さん達が一斉におれの乗っている馬車を取り囲み、警戒態勢に入った。
ゲオフさんは素早く扉を閉めて、同じようにすぐ剣を抜ける形にしている。
「大型魔獣『エイデクゥ』が領内からこちらへ向かってきている! 総員戦闘準備ーッ!!」
高台で鐘を鳴らしていた兵が大声で呼びかけをし、ゲンブルクの兵が自領側へと走っていく。
おれの安全を確保する為にか、馬車は向きを変えて少しでも関所から遠ざかろうと動き始めた。
いても邪魔にしかならないからね、仕方ないね。
関所の中に入っていたヴァルムント達もこちらへ戻ってきて、早々に指示をしている。
「第一班はそのままカテリーネ様と共に行け! 第二班、私と共に対応に回るぞ!」
「はっ!!」
一部がヴァルムントと一緒に関所へと走っていった。
エイデクゥが向かってきているのか、結構地面が揺れている。
おれも何かしたいと思ったが現状は何もできない。
今のおれができるのは、皆が無事でいてくれと祈ること。
そして、怪我をしないのが一番ではあるが、誰かが怪我をしたら治療に回ると決めたことだけ。
ヴァルムントくんが行っているから大丈夫だとは思う。でも何が起こるか分からないし。
緊張を紛らわせようと息を吐きながら両手を合わせていたら、地響きと間違えるほどの声が大きく鼓膜を揺らしてきた。
『ゴォォオオオオオオオオ!』
んぎえええええええ! 耳いてぇ……。
信じられないほどの酷い音で馬たちが怯えたのか、馬車が動かなくなってしまった。
これってエイデクゥの鳴き声なのか……?
どんどん地面の揺れる感覚が大きくなっていき、エイデクゥが近づいてきているのが分かった。
攻撃しているっぽい音も聞こえてくるけど、全く勢いが止まる気配はない。
ゲオフさんが急いで扉を開け、おれ達を馬車から降ろしていく。
リージーさんとユッタは走り、おれはゲオフさんにお姫様抱っこをされて関所から離れていくのだが……。
『グギャオオオオオオッ!』
沢山の小さな石ころが勢いよく後ろから転がってきているのを見て、おれは思わず振り返る。
すると灰色の巨大な蜥蜴型魔物が身体中から血を撒き散らしながら、石造りの門をよじ登ってきているのが目に映った。
転がってきた石ころは、蜥蜴もといエイデクゥの影響によるものだと思う。
えっ、ええーっ!! ちょ、ちょ!
なーんでこっちに来ちゃってるんですかね!?
ひえっとなっていると、何故だかエイデクゥと合うわけないのに目が合った気がした。
「……え?」
冷たい棘が心に突き刺さったかのような感覚が襲いかかってくる。
止まらない感覚に戸惑っていると、エイデクゥの後ろ側から小さな影──1人の人物が飛び上がってきているのが見えた。
……ヴァルムントだ!
ヴァルムントは両手で剣を下にする形で持ち、エイデクゥの頭部へと切先を向ける。
そのまま急降下していく最中で、ヴァルムントの剣は氷により円錐状のランスへと形状を変えていく。
「ヴァルムント様……!!」
ヴァルムントは周辺にも数多くの氷の刃を出現させ、ランスと共にエイデクゥへ鉾先を突き立てに向かった。
『グギャアアアアアアアア!!』
全ての氷がエイデクゥを貫ぬき、強い衝撃が地面を揺らした。
ヴァルムントの武器は、エイデクゥの人間でいうと額部分に突き刺さっている。
氷によって辺りが冷えた影響で、エイデクゥの周辺は白いモヤがかかり始めていく。
エイデクゥは実質、門に磔となっていた。
しばらくはジタバタとしていたが、ヴァルムントが氷の押し込みをかけて動かなくなっていく。
おれの心をざわつかせていた感覚も、一緒に消えていった。
「カテリーネ様! 問題ないかとは思いますが、念の為継続して離れます」
「わ、分かりました」
ゲオフさんから声がかかり、おれはヴァルムントに向けていた意識を自分に戻して返事をする。
走らなくはなったが、ゲオフさんは辺りを警戒しながらある程度の距離まで歩いていく。
そうしてエイデクゥの完全な死が確認されるまで、おれ達は近辺で待機をしていたのだった。




