3
世の中には怪文書、というものがある。
怪文書っつっても今回語るのは出所が分からん信憑性の低い文章についてではなく、いわゆるネット上における怪文書のことだ。
トラシクファンの間で密かに話題になっていた怪文書があった。
個人ブログか何かに掲載されていたものだったと思う。
あんまし内容は覚えてないけど、長々とユッタへの愛が綴られると同時に恨み辛みも書かれていた怪文書だ。
……書いた人は本気で書いたんだろうなってやつだったけど。
そこでは『何故制作は1と2で設定を変えたのか』とねちねちねちねちと語っていたのだ。
描かれてなかっただけで、元々1にもその設定あったんじゃねーかなって思ったのを覚えている。
それが、ユッタと『詐欺できてない詐欺師』との義理の兄妹設定だ。
強烈だったが故に覚えていた怪文書について思い返しながら、おれとリージーさん、そしてユッタは馬車の中で出発前の出来事について話をしていた。
このゲンベルクへの旅では、ヴァルムントは基本外で馬に乗って指揮をしている。
この間みたいに身内だけならまだしも今はそうではないし、将軍として周囲を見ているのだという印象付けが必要なんだとか。威厳ってやつ。
ゲオフさんにカールさんは馬車の両脇で警護している。
「ラハイアー兄さんがすみません……」
名前ラハイアーだったわと思いながら、ユッタがする平謝りをおれは困惑しながら受け止めた。
おれは気にしてないんだけどなぁ。
リージーさんはうっすら笑みを浮かべながらおれ達を見ている。
「少々驚いたのは事実です。ですがお兄様が仰った通り、活力に満ち溢れた方は素晴らしいと思います」
「おっ、お心遣い、感謝いたします……」
護衛はいついかなる時も警戒しながら進んでいかなきゃいけないし、夜番とかもあるから元気なのは何よりだと思う。
あと……、ラハイアーって物理ユニットとして使えるキャラだったはず。
ラハイアー、通称『詐欺できてない詐欺師』。おバカともいう。
こいつがおバカたる所以は、詐欺をしようとして全然詐欺になってないからだ。
そこらの人より強いからって賊や魔物を気にせず様々な街や村を回り商売してるんだけど、こいつは運搬にかかる経費などを丸っきり無視して売る。
なので売る時に「高値で売ってやったぜ~!」としていても、経費を差し引くとトントン……もしくはマイナスになっているのだ。
他にも護衛をした時の料金を高額請求しようとしたりとかあった……はず?
それも内容を考えると妥当な金額だったりと普通のことをしているだけだし、損をしているまである。
やっていることも詐欺と称するには微妙に違うと思うんだけど、本人が詐欺師を自称しているので通称『詐欺できてない詐欺師』だったんだよねぇ。
んで、そのラハイアーを生活できるようにしているのが、義理の妹であるユッタなのである。
「兄は……、その、考えが足りない部分があって、これからもカテリーネ様や将軍にご迷惑をおかけするかと思います。ですが、兄は力だけはありますので、その辺りでお役に立てるかと……!」
現時点では迷惑かけられてないし、回答に困るよなぁ。
適当に誤魔化しとこ。
「何が起こるか分からない以上、秀でている部分がある方がいらっしゃるのは心強く思っています。必要な状況になりましたら、そのお力を発揮していただきたいと思っています」
「カテリーネ様……!」
感動するようなことは言ってないから、その眼差しやめようぜ……。まぶちい!
……疑問なんだけど、なんで闇深軍師はこの2人をゲンブルク行きに入れたんだ?
他にも解放軍派の人はいるけど、見た限りはゲームで登場してた覚えはない。
おれが忘れてるだけかもしれんけど!
当の2人はおかしなこともなく周りに馴染んで仲良くはなってるし、なんかやってる感じもないし。
キャラクター的にも裏があった描写はなかったと思うんだよねぇ。
闇深軍師的には意図がありそうだけど読めねー!
◆
日が大分落ちる前に今日の移動は終了となり、近くにあるそこそこ規模のある街へ行ってある貴族の屋敷に宿泊となった。
先にお触れを出して「泊まるからよろしく」って連絡していたらしい。
泊まるまでの手続きがとてもスムーズにいっていた。
日をまたぐ移動では街や村などに泊まれる時は泊まって、近くにない場合はテントを張っての野宿になる。
野宿だと魔物とか常に警戒しなきゃならないし、テントの組み立てとかも大変だし、食事もそこまで豪華なものではないので、全員しっかり休むこともままならない。
休める機会があるなら休んでおきたいから、できるだけ野宿しない移動経路を組んでるんだとか。
泊まる先の貴族の人に挨拶をしてから、空けておいてくれたお部屋にあるソファに腰を下ろして休む。
いつものおれの部屋と比べたらそりゃ小さい部屋だけど、おれとしては十分な広さの部屋だ。
広すぎるのも考えものなんだよなー。
リージーさんはおれの世話の為にユッタを使って様々な支度を始めていた。
おれは体調を崩さずにいるのが仕事なのでしっかりと体を落ち着けていると、扉をノックする音が聞こえてくる。
リージーさんが応対に出ると、すぐに振り返っておれを呼んだ。
「カテリーネ様、ヴァルムント様がいらっしゃいました」
「ヴァルムント様?」
この後にある食事の席で会えるはずなのに、なんでわざわざ来たんだ?
頷いて入室のオッケーを出すと、ヴァルムントが「失礼します」と言いながら入ってくる。
あのごっつい鎧から軽装に着替えていた。
ヴァルムントはおれの近くに寄ってきて片膝をつき、おれを見上げる。
「カテリーネ様と共に外出し、向かいたい場所があるのです。少々お時間よろしいでしょうか」
「はい、構いません」
ヴァルムントから差し出された手をとり、部屋から出ていく。
少し出るだけだからと、ヴァルムントがついてこようとしたリージーさんへ帯同は不要だと断ったり、部屋前で待機していたゲオフさんがついてこようとしたのも断って外へと歩いていく。
外はもうほぼ夜と言っても差し支えのない暗さになっていて、星が見えていた。
互いに手を握ったまま庭の方へと移動していくのだが、まあまあ歩かされている。
そうして連れてこられた先は噴水がある場所で、龍を模った石像の口から水が出ていた。
国が龍きっかけでできた縁だからか、龍モチーフのものが随所にあるんだよな〜。
……思ったんだけど、今って嘘偽りなく2人っきりなのでは?
ちょ、ちょっとドキドキしてきたな!?
「ヴァルムント様、どうかされたのですか?」
尋ねてみたが、ヴァルムントは口を一文字にして黙りこくっている。
催促の意味で、握ったままの手の力をちょい強くした。
今はおれとお前しかいないんだぞ。
おれとお前しかいないんだぞ!!
「カテリーネ様」
「はい」
手を解いてからおれと向かい合わせになる形にしたかと思うと、優しくおれを抱きしめてきたのだ。
「ヴァ、ヴァルムント様……!?」
汗のにおいと共に、ヴァルムント独特の安心する匂いがふわっとしてくる。
背中に回った手の感触が、感触が……!
ややややあやあややややあやばいって、やばいって!
心臓がばっくんばっくんしてるし、何も考えられなくなってきた!!
え、その、あの、おれ、あの、えと、えーっと。
頭がエラー吐いて止まらないんですけど!
あっ、あっ、あわ〜〜〜……。
そうやってしばらくの間、混乱していたんだけれども。
「……ヴァルムント、様?」
抱きしめるだけで、なーんもアクションがない。
あのぉ……、ヴァルムントさーん?
ひたすら抱きしめられているだけの無言な空間が続き、おれのテンションも落ち着いてきたところで、ようやくヴァルムントが動き出した。
「……失礼しました。戻りましょう」
そう言ってヴァルムントは抱きしめるのをやめて、おれの手をとり屋敷へと戻る為に歩き出した。
あの? あのあのあのあの。
ヴァルムントくん? おーい。おいおーい。
ほっぺたほんのり赤いの見えてるんですけどー? おーい!
……なっ、なっ、なんもねーのかよぉおおおおおおお!!
おれヴァルムントくんに弄ばれてる! 弄ばれてるよぉ!!
顔赤くしてるくせに! 顔赤くしてるくせにぃぃいい!
うわぁーーん!! ばかばかばかばかー!!
内心泣きながら歩いていると、半目になったカールさんが屋敷に戻る途中の道に立っていた。
あっ、い、いたの!?
ここにいるってことは実は潜んでたりしてた!?
リージーさんやゲオフさんが来るのは拒否してたヴァルムントくんが特に咎めてないから、いるの知ってた!?
あっ、あっ、あっ、恥ずかし……。
羞恥心でどうにかなっている中、カールさんが呆れた声でヴァルムントに言葉をかけた。
「ヴァルムント様……。そこはガツンといくところですわ……」
「……何がだ?」
本気で分かっていなさそうなヴァルムントくんに、カールさんは深く大きなため息をつき、おれは俯くことしかできなかったのだった……。




