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ゲンブルク王国に出立すると決まってからすぐの話だ。
リージーさんとヴェルメまでついてきてくれた侍女の人達はおれ付きなので一緒に行くのだが、それとは別に1人侍女が追加となって本日ご対面することになった。
おれがテーブルでゲンベルクについての理解を深める為お勉強をしていると、扉がノックされリージーさんが入室の許可を求めてくる。
「はい、どうぞ」
「失礼致します」
リージーさんの後ろからついてきたのは、赤い髪の毛で林檎のように見える頭を持つ小柄な少女だ。
結構幼く見えるけど、これでもおれと同い年らしい。
猫っぽい黄色の目がキョロキョロと周囲を観察してから、おれを真っ直ぐに見た。
「初めまして、カテリーネ様。私はユッタと申します。よろしくお願いいたします」
「はい、こちらこそよろしくお願い致します」
しっかりとしたお辞儀をしてくるユッタに感心しながらも、朧げな記憶を一生懸命漁っていた。
このユッタという女の子が、トラシクでの登場キャラだったのは覚えてる。
だけども林檎コラージュしか思い浮かばない……。
あまりにも頭が林檎で、つむじに枝と葉っぱつけられたり、頭をそのまま林檎に差し替えられたりしてた覚えしかねえ!
どういうキャラだったのか全然出てこねー!!
……少なくとも敵ではなかった、はず。
でも戦闘で使える味方ユニットとしていた覚えもねえや。なんかの担当だったような。
というか、なにか『足りない』気がするんだよね。
「誠心誠意、カテリーネ様にお仕えする所存です!」
ユッタは張り切って言ってはいたけど、最終的におれから目線をそらしてどこかへやってしまった。
ちょっと自信なさそう。可愛いな〜。
ユッタがおれのところで一時的に働くことになった理由なんだけど、解放軍派からの要望他ならない。
代表として皇女が行くのはいいが少しは噛ませてほしいと言われ、妥協案としておれの侍女に1人。
護衛に何人か解放軍所属だった者が入ることになった。
侍女や護衛まで身分あんまり関係ないからね。
この妥協案は闇深軍師かららしい。……裏ないよね?
ただ相手方に粗相がないように、すぐ対応できる誰かが傍にいるという条件付きだ。
解放軍派もわざわざ王国を怒らせるような真似はしたくないので、そこはオッケーだった。
護衛は多少誤魔化しはきくものの、侍女となると礼儀作法は特に注意しなければならない。
その為、解放軍の中で真面目でいい子だからと選ばれたのがユッタなのだそうな。
今のところの印象としては間違いなさそう。……裏もなさそう。
で、早めに慣れる為にもおれのところで働いておこうって話になった。
「ユッタ、目を泳がせては駄目です〜」
「はい、失礼しましたリージーさん」
早速リージーさんからご指導が入った。
本当はおれの目の前で指導はしたくないが、時間がないからやることになったとか。
おれは時間もったいないと思うし、別に気にしないんだけどな。
色々あるんだと思って特に突っ込みはしてない。
ゲンブルクに行くまであと数日って時に、しばらく留守になるのだからとラブリーヒロインのルチェッテがおれのところへ会いにきてくれた。
リージーさんと一緒に入ってきて、リージーさんは近くで待機しルチェッテはおれに近づいてくる。
「失礼します! カテリーネさん、こんにちは!」
「こんにちは、ルチェッテさん」
ルチェッテの手には小さな袋があり、「あの……」と言いながら差し出してくる。
「しばらくゲンブルクに行くって聞いたので作りました! これ、御守りです! ちゃんとリージーさんに確認もらってます! ユッタにも渡したんですけど、中身は違うものなので!」
ゲーム内でこの2人の絡みあったっけ?
でも同じ解放軍だし、ルチェッテとユッタが友人になってるのも当然な話か。
なるほどな~と思いながら、ルチェッテから袋を受け取る。
「よろしいのですか? ありがとうございます」
手渡された袋から中身を取り出してみると、小さい四角い布に綺麗な刺繍がされたものだった。
絡み合った蔦が円を描くように刺繍されており、真ん中にはまんまるな月を模したものがある。
「これはわたしの街で伝わってる刺繍の御守りで……。無事に帰ってこれますようにって願いが籠ったやつなんです!」
「本当に嬉しいです……!」
ルチェッテから御守り貰っちゃった!? 嬉し〜っ!
ふへへ、綺麗な刺繍だ~。しっかり持っていく荷物にいれよ~っと。
るんるんしていると、ルチェッテが刺繍を指差しながら説明を始めていく。
「こっちは月の光で、夜であろうとも無事でいられますようにって意味です。こっちの蔦は、円で途切れない形になってるじゃないですか。永遠って意味になって、恋人や夫婦がずっと一緒にいられますようにっておまじないになってるんですよっ!」
……ちょっ、ちょ!!
いいことをしたと言わんばかりの笑顔に対して、おれは体の温度が急激に上がったのを感じた。
お、おっ、お気持ちはありがたいけれども、あの、その、あの……!!
ルチェッテはそうしておれへとどめを刺してくる。
「カテリーネさんとヴァルムント将軍がずーっと無事で一緒にいられるようにって思いながら縫ったんです!」
ぎゃあ! やってくれる気持ちは嬉しいけど恥ずかしすぎるぞ……!!
リージーさんはリージーさんで、その慈愛の笑みをやめてくれませんかね!?
「たっ、大切にいたします」
おれが恥ずかしさでいっぱいいっぱいになっていると、ルチェッテは満足げに頷いてから話題を変えてきた。
「それで、なんですけど……。ユッタって大丈夫そうですか? ユッタはできる子だって知ってるんですけど、心配になっちゃって」
友達だから心配になって聞きに来たんだな。
今ユッタは他の侍女さんと一緒に別の場所で仕事をしている。
一時期貴族の下で働いてた経験はあったらしく、それを踏まえて要領良く仕事を覚えているようだった。
ルチェッテの言っている通り真面目でいい子で、最初に抱いた印象と変わってない。
ちなみに公の場にて付きっきりでおれのお世話をするには、色々作法とかありすぎて時間的に無理だ。
けれど裏方としては問題なくなっている。
おれ? おれはお兄様に恥をかかせる訳にはいかないので死ぬ気で覚えましたよ……。
「ユッタさんは真摯にお仕事をなさっていますよ。わたくし、ユッタさんを見て癒されています」
一生懸命なところがかわいいんだよね。推せる。
真面目に頑張ってる子は可愛いのだ。
「そうですか、よかったぁ……。ユッタ、お兄さんのことで色々大変なのもあるし、大丈夫かなーって思ってたんですよ。でもカテリーネさんのところで頑張れているならよかったです!」
「お兄さん、ですか……?」
ユッタに兄……? いたっけ?
曖昧な記憶を探ろうとしていると、ルチェッテは慌てて手を振り誤魔化し始めた。
「あっ。えと、その、ごめんなさい! 大丈夫です! 失礼しました!」
「え? ルチェッテさん……!」
ルチェッテは動揺したまま、部屋を慌ただしく出ていってしまった。
一体なんだったんだ?
この件、深掘りしていいのか分からないしなぁ。
……そうだ。
ルチェッテにどうやってヴァルムントと関係を進めていけばいいのか、こっそり相談してみればよかった……。
◆
いよいよ出立の日。
玄関口にはおれが乗る為の豪華な馬車、侍女さん達やブラッツ先生など兵士ではない人達が乗る大きめの馬車、献上品やらおれの荷物やら日常品やらとにかく沢山入っている荷馬車などが勢ぞろいしている。
お兄様が見送るからと、お兄様の護衛とラドおじさま(と闇深軍師)が一緒に馬車を待機させている玄関口まで来てくれた。
ヘルトくんどこ……?
ラドおじさまとは昨日のうちに挨拶を交わしたから、今日くるのかと思ってたんだけど。
最近会えてないんだよなぁ。おれの癒し……。
ゲンブルクに向かうほぼ全員が綺麗に整列している。
動きやすくも華やかな衣服を着たおれと、将軍の鎧を身にまとったヴァルムントは、お兄様の正面近くでお兄様の言葉を待っている。
おれたちの後ろには何度か打ち合わせした外交担当のグスターベさんや侍女さん達にブラッツ先生、そのまた後ろにゲオフさんカールさんを含めた兵士さん達が待機していた。
ブラッツ先生についてきてもらうの、おれに振り回されてるみたいで申し訳ねえわ……。
本人は気にしてないとは言ってたけどさぁ。
ちなみにグスターベさんは藍色の髪の毛をして眼鏡をしている、いかにも文官って人だ。
打合せをしている時に聞いたんだけど、人と会うのが好きだから外交担当になったんだとか。
その理由はちょっと理解できないっすね……。
「カテリーネ。我が国の代表として、立派にやり遂げてくれ。お前ならば必ずと信じている。……頼んだぞ」
「はい、お兄様」
お兄様から抱きしめられたが、その腕は僅かながらに震えていた。
公衆の面前ということで流石に今は抑えちゃいるけども。
おれからも精一杯ぎゅーっと抱きしめ返してからゆっくりと離れ、安心させる為に笑顔を送った。
「ディートリッヒ様。私が必ず皆を、カテリーネ様を御守りいたします」
「……ヴァルムント、頼りにしているからな」
「はっ」
ちょっと恨みが籠っているように見えるのは気のせいか?
帰ったら沢山甘やかしてあげよ……。
「皆の者、我が妹カテリーネの安全は汝らの手腕にかかっている。帝国が健在であることを示す為にも、その武勇を振る舞いたまえ。誇りを持ってこの大役を果たせ!」
「はっ!」
「はぁいっ!!」
1人だけ一際大きな返事をした人がおり、びっくりして思わず声がした方へ目を向けた。
兵士さん達もギョッとした顔で、声を出したであろう茶髪の男性を見ている。
その人は高身長でがっしりとした体型をもっており、人の良さそうな垂れ目の顔をしていた。
……あ、あ!
こいつ詐欺できてない詐欺師だ!!
「あっはっはっは! 元気があっていいな!」
「兄さんってば……!」
お兄様の声がしてから、わなわなとしているユッタの声が聞こえ、ようやくおれはユッタに足りなかったものを思い出した。
こいつじゃん! 詐欺できてない詐欺師が足りなかったんだよ!
ユッタはこいつの義理の妹だわ!!




