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お兄様と婚約の話をし、ごたごたしつつもなんとかヴァルムントと婚約を結んで周囲に公表した。
最初に報告したのは週一の健康診断で来ていたブラッツ先生で、返ってきた言葉はこうだ。
「カテリーネ様、ご婚約おめでとうございます。これで安泰ですね」
「はい、ありがとうございます」
先生のこの反応が普通だと思ってた。
思っていたんだけど。
「あの、まだされていなかったんですか!? 既に婚姻されているものかと……」
城の中歩いてても医務室行っても、こういう系の反応が多かったのなんでなの!!
そんな話一切公に出してないのにおかしいでしょ!
噂どうなってんの、噂!
困った笑顔しか返せなかったわ……。
当然、おれとヴァルムントくんの婚約にあまり良い顔しない人達はいた。
数人の女性から睨まれているのをおれは察知したぜ! うわぁお、こわやこわや……。
でもヴァルムントくんはおれのものなので~、へへへへ。
女性以外にもいたんだけれども、おれ相手にはあんまり言ってこず、ヴァルムントへ集中したのだとカールさんから聞いたんだよね。
多分おれの活動範囲が基本激せまなのと、護衛がぴっちりすぎるからだと思う。あと神秘的な美少女ぱぅわ〜。
それにヴァルムントくん真面目だからさ……。
言ってもいい相手だと思われて攻撃のターゲットになりやすいのと、本人が真正面から受け止めがちなのもあると思う。
でもヴァルムントくんは強かった。
強すぎたと言ってもいいかもしれない。
あーだーこーだ権力云々嫌みを言ってくる相手に一言。
「私がカテリーネ様との婚約を望んだのは、私がカテリーネ様を愛している他ありません」
ってスッパリ言い放っているのだとか。
すげー堂々としてるものだから、相手もビビったり呆然とした反応をするしかできなかったらしい。
勿論、それでも権力目当てだとか顔目当てだとかネチネチしてきたりする人はいた。
そんなこと言ってくるやつら、ヴァルムントくんのこと分かってなさすぎる……。
でもヴァルムントくんは折れなかったから、相手が根負けするか負け惜しみ言いながら逃げたのだと。
何それ何それ! 見たかったし、おれに言ってほしか……、いや、いやダメだわ。
おれが恥ずかしすぎて体温上がりすぎた結果、蒸発するのが目に見えてる。
ヴァルムントくん素直に火力高すぎるの! いつでもフルスロットル勘弁してくれ!!
ほんと、ほんともう……。
◆
夕飯までの間休もうと部屋のベッドで寝転びながら、おれはあることについて考えていた。
今はもうヴァルムントの領地ヴェルメに行ってから大体3ヶ月くらい過ぎている。
そう、3ヶ月だ。あれから3ヶ月だ。
その……、アレよ。アレ。
えーっと、その、こっ、恋人としての進展がないっていうか。
会っても基本的に誰かが一緒にいるし、二人っきりになるタイミングはないし。
それとなーく他の人が席を外してくれる時はあるけど、ヴァルムントくんは通常運転だ。
おれが恥ずかしくなる言葉をおくってはくるものの、礼儀作法として必要な場面を除いて物理接触はしてこない。
逆におれから手を取ったりすることが大半になっている。
前に夕飯を一緒にできて、ちょっと皇族用の庭で散歩しましょうか~って時だってそうだった!
ヴァルムントくんはおれの手をとってエスコートをし、ベンチのある東屋で休憩する時はおれだけ座らせて自分は座らなかったのだ。
ち、ち、ちがうやろがーい! お前も隣に座らんかーい!
「ヴァルムント様も、どうかこちらに……」
ヴァルムントの手を掴んで引っ張り、隣に座るよう促してようやく座った。君さぁ……。
座ってからも特に何もなく、おれが一言二言話すだけで終わってしまったのだ。
あーあーあー、夜空が綺麗ですこと!
ううう、護衛の人達がわざわざ見えない場所に移動してくれていたというのに……。
おれからヴァルムントくんの手を握りにいって握り返されはしたけど、それ以上は何もなかったんだよぉ!
ヴァルムントくんがクソ真面目だから「婚前にそのようなことは……」って、してこないだけなんだろうけど、けど!
そういう誠実なところが好きなんだけれど……!!
てか、なんでおれがヴァルムントくんを攻略するみたいになってんだ? おかしいだろぉん!?
どーしておれだけが悶々とせにゃあかんのじゃい! ばーかばーかばーかばーか!!
いい加減さ、なんかしらあるものなんじゃない?
だから! だっ、だからさ……。
きっ、き、キスとか、……ほら、その、ないのかな~って……。
別におれはキスしたいとかそういうんじゃない!
してないのもおかしいんじゃないかって思っただけなんだからな!!
ヴェルメの時は付き合い始めだし、別にキスしてないのは普通だと思う。多分。
でも今は……、3ヶ月も経っててしてないってどうなん?
前のおれは誰とも付き合ったことがない。
つまり……まっ、まぁ、そういうこと。
だからなーんも分からん!
友達との話でそういうのを聞いたりとかしたことはあるけれども?
ドラマや映画や漫画や本やゲームやらで見たことはあるけれども?
でもいざ自分ってなるとまた違う話でして。
恥ずかしすぎて他の人に相談とかもできないし。
この世界での価値観知る為に、恋愛本持って来て欲しいなぁ〜とも言えない……。
おれの中のおれが恥ずかしいと言っている!!
うわーん、わっかんねーよぉ! どうすればいいんだよぉ!
腕をバタバタさせてみてもいい案はなーんも思い浮かばない。
こういう時って男からリードするもんなんじゃないの!?
でもあのヴァルムントくんに期待するのもアレじゃねえかな?
……そもそも、おれの精神はお、……男であるからして、その辺あんま関係ないか? いやあるか……?
こんがらがってきたわ、その辺考えるのやめよ。
そーやってうだうだ考えていた後の話だ。
◆
「……交渉などの煩雑な対応は別の者にやらせるから、ゲンベルク王国の戴冠式に代表として行って欲しい」
久々に同じ時間で食事が取れそうだからと、お兄様と一緒に食堂で夕飯を食べることに。
どっちも席に着いて食べるぞってタイミングに、なぜかずっと苦い顔をしていたお兄様が口を開いて言った言葉がそれだった。
「ゲンベルク王国……。隣国の一つで、大昔に我らが皇族の一人が道を分ったのちに建国された国ですよね。現在は同盟国だと記憶しております」
「ああ、そうだ。あってるぞ。それでいて、ここから馬車でいくにはかなりの……かなりの日数が必要になる」
……ついでにトラシク2での舞台の1つだった、はず?
ここまで生きてるとは思わなかったから、トラシク2の内容大まかにしか覚えてないんだよぉ!
「本当は嫌だ、嫌なんだ! お前を……、お前をよその国へ行かせるだなんて……! お兄ちゃん耐えられないッ!! 俺とカテリーネの時間がすごく減る! いやだぁ……」
泣き真似してぐすぐすしているお兄様に苦笑いをしながらも、席を立って近くにいく。
お兄様の背中をゆっくりと撫でると、お兄様はおれを優しく抱きしめてきた。
「それでもお兄様がこうしてお話されたということは、わたくしが行かなければならない事態なのでしょう? 頼っていただけて嬉しいです」
「うう……、そうなんだよ……。王国へ行くのに丁度いい立場がお前しかいないんだ……! 俺は嫌なんだが、嫌なんだが!!」
おれが選ばれた理由はなんとなく分かってる。
国から長期間離れても政治に問題がなく、ただ国の顔としていられるからだ。
おれは基本的にあれこれ決めてる政治の場には顔を出してない。
必要な時は出るけど、ここじゃ男の戦場だし後から出てきた皇女ってのもあるし体調もあるし、そもそも政治の場につく学が追いついてねーんだわ。
今は頑張ってお勉強続けてるんだけどね、中々……。
ヴェルメの時みたいに判断を求められる場合もあるから、一層力は入れてたりする。怖すぎるんだよぉ。
「大丈夫です、お兄様。わたくしは理解しております」
そもそもお兄様が行くのは無理だ。国内が整ってないのに皇帝という名の仲裁役が行ける訳がない。
じゃあ国内貴族で有力な人が行きゃいいじゃんって話になるんだろうけど……。
「ごめんなぁカテリーネ……。そこそこの地位を持つヤツにいいから行ってこいって言ったんだがな……。『正当な理由』をどうにかして見つけて断ってくる」
お兄様がギリギリと歯を鳴らした。
この大事な局面で長く会議の場から離れたくないので行きたがらないらしい。
下手したら解放軍派や他の貴族に席取られる可能性があるからね、見張っておきたいのもあるんだろうな。
王国にツテを作っておくって意味じゃアリだろうけど、そこまでする余裕がないとみた。
「解放軍側のヤツを代表として王国へ行かせる訳にもいかねえし」
じゃあ解放軍派の主要な人が行きたがるのでは? って思うけど、お兄様の言っている通り無理だ。
何人かは貴族の人もいるけど解放軍に味方した点が難点で、貴族じゃない人は王国へ行かせるに値する相応の身分ではない。
王国はあくまで『帝国』と同盟を結んでた。
言っちゃアレだけど『解放軍』という得体の知れない人物を国の代表として寄越されても……ってやつ。
ゲンブルク内で何かやらかすのではと警戒される可能性があるし、身分が低いのを行かせたら「舐められてる」って思われてしまう。
その点おれは突然出てきたとはいえ、正式に皇女として迎え入れられてるし、長期間いなくてもそこまで困らない。
……お兄様は困ってるけども。
上げた点以外にも理由はあれど、おおまかに言うとこんな感じだったりする。
「お前は和平をもたらした存在だ。お前が行くことによって、こちらも関係を穏便に保ちたいと思っているのを示せる」
「それが国の、ひいてはお兄様の為になるならば行きます。……あちらでのお料理、食べて学んで帰ってきますね」
「かっ、カテリーネ……!」
お兄様、抱きしめる力が強すぎましてよ……。
料理はおれが直接教わることはできなくとも、誰かに聞いてもらったりレシピ本もらったりはできるかもだし。
お兄様が喜ぶのなら、これくらいは無理言っても問題ないと思う。メイビー。
「ちゃんと護衛としてヴァルムントもつけるからな……!!」
「え?」
えっ、いや、護衛がいるのは当然として、ヴァルムントくんもつけるの!?
う、嬉しいけど、嬉しいけど! それってありなん……?
驚いて目を白黒させていると、お兄様は抱きつくのをやめてから当然だろって顔をした。
「ちょっときな臭いところもあるし、おまえの安全を確保するのには必要なことだ。俺としてもヴァルがいてくれた方が安心するしな。なにより婚約者同士をそんな離しちゃ駄目だろ」
きな臭いことってなんだ……っていうか、いやいやいや!
こここっここ婚約者だからとかそこは仕事には関係ないっていうか、そ、そもそもの話さぁ!
「ヴァルムント様が長期的に国を離れるのはまずいのでは……!」
ヴェルメに行ってた時は数日すれば連絡が取れるけど、ゲンブルクに行くってなったらそうはいかない。
この世界に魔術はあれど、伝達手段として発達したものはないのだ。
ヴァルムントも領主の一人なのだから、それこそ不利なもの振られたりする可能性がある。
他にも懸念事項があっておろおろしていると、悪どい笑顔を浮かべたお兄様がこう言った。
「お前が嫁ぐ先になる場所に不利になることを俺が通すと思うか?」
「職権濫用はいけません、お兄様……」
「まぁ真面目な話、ヴァルムントが不利を被る事柄を通すと、将来嫁ぐお前にも不利な事態になる。そうなると分け隔てなく人気のあるお前に不利を強いてるとして、反発が起こりやすくなるんだよ」
つまり見えてる地雷を踏み抜きに行くことはしないってことかぁ……。
よっぽど重要なことでない限り、そんなのしたくないわな。
「とはいえ、やってもらわなくちゃいけないのは当然通す。そこは贔屓しないさ」
「……分かりました」
「ん。正式な通達はまた別にするから、その時はその時でよろしくな」
「はい」
こうしてお話が終わり、夕食にありつくこととなった。
そういや食べてる最中に思ったんだけど、ヴァルムントくんだけ行かせるって手もあったのでは?
でもヴァルムントくん外交あんまり得意じゃなさそうだし、おれが行く意義を考えたらこうなるのもそうか。
おれも外交得意じゃねーけど! 騙し騙ししてるけど! 美少女パワーでなんとかするか……。
……てか。
これ実質旅行みたいなものでは……?




