一挙手一投足
村にラドやヘルトが来る以前のカテリーネの話。
※小さいカテリーネに対して現代基準の虐待描写があります。
が、本人が虐待であると当時はあんまり自覚していません。
ちょっとだけある後半は普通にEXの続き。
「カテリーネ、お主は何故そうもがさつな仕草をするのじゃ。お主は女なのじゃぞ。巫女たるものが男のような仕草をするでない」
ある朝の日。
まだまだ小さい体が眠いと訴えてくるのを気合で起こす。
意識をしっかりさせようと顔を水瓶に貯めた水で洗っていたら、そう婆様からしかめっ面で言われたのだ。
お、お、俺はこんなにも美少女なのに、おおおおおおお男っぽい!?
「も、もうしわけございません。ばば様」
……だ、ダメだ。ぜ~ったいにダメだ!
こんなにも可愛くて綺麗で美しい女の子が男っぽいとかさぁ!!
ある種の需要はあるだろうけど、俺がなりたいのはそうじゃねえんだよ!
ドドドドド田舎とはいえ、国の始まりたる黒龍が討伐された土地の巫女さんなんだぞ?
そう聞いたら真っ先にイメージするのってお清楚な巫女じゃん……。
ふふふって優しく微笑んで小首をかしげているような、えーっと、そんな感じの。
だからそうじゃないってのは由々しき事態なんですよ!!
俺は瞬時にばば様へと頭を下げてお願いをした。
「ばば様。みじゅくなわたくしを、教育していただけないでしょうか」
俺は常日頃からお清楚巫女である為に、婆様を巻き込んで訓練をすることにした。
「お清楚しぐさ」をとことん染み込ませることにしたのだ。
「……ふむ。よろしい。泣いてもどう言っても止めぬぞ」
「もちろんです、ばば様」
お清楚巫女ってものは一挙手一投足、全てがお清楚でなければならない。
ちょっと痒いなーって時に髪の毛ガシガシしてる巫女さんなんて見たくないじゃん!?
しかもそういうのって無意識にやっちゃうもんじゃん!
それは理想のお清楚巫女じゃないし、徹底的にやるしかない。
……まぁ、それでも慌ててたりとか思ってもみない場面とかだと素の俺が出ちゃうかもしれないけどさ。
とにかく日常では出したくないから頑張るんだよぉ〜ッ!!
そこから婆様による特訓が始まった。
体に覚えさせる為なのか、婆様は俺が男っぽい仕草をした部分を手でペチンと叩き始めたのだ。
「カテリーネ!」
「もうしわけございません!」
早速、大きく欠伸したので頬をペチッとされた。
や、やべー。ここお清楚巫女だったら欠伸噛み殺しつつ、目を伏せ口元に手をやって俯くところじゃん。
こういう気を抜いてる時が一番やっかいなんだよなぁ。
ジンジンする頬をさすりつつ、ちょっぴり出てきてしまった涙を拭った。
流石にまだ小さい体がびっくりしたみたいだ。
俺の心は平気だけど、美少女の顔に傷をつけないでほしいんだが!?
……そもそも俺がしっかりしていれば叩かれないんだわ。
そうやって油断した俺を躊躇なく叩く婆様の図が完成した。
でもちょっと困ったことがあってさ。
「カテリーネ!」
「もうしわけございませんっ」
婆様ってば外でも実行してくるんだよね。
おかげで村の人達から心配されまくるし、婆様にやりすぎだって言ってきたりするし。
婆様は口出しするんじゃない! って激烈に怒り返した。
一応婆様村長だから、あんまり村人が怒らせちゃいけないのにさぁ。
やめやめやめーっ! って何とか誤魔化したけど。
俺がお願いしたから婆様は悪くないんですよって、婆様がいない時に話したベアニーさんに言ってはみたが……。
「そんな訳ないでしょう! ああ……、可哀想に。こんなに肌を赤くして」
……と、いった具合に本当だと思われなかった。
逆の立場でも同じこと言ったと思うから、うん。心配かけてすまぬとしか言えぬ。
だから婆様にも、評判にも関わるし外ではやめましょうよって進言はしたんだよ。……したんだけど。
「お主が止めたいから言うておるのじゃろう。そうはいかん!」
「ちがいます。このままでは、ばば様がわるものになってしまいます」
「儂のことを気にしている余裕があるか!」
ペッシーン! と、思わず胸の前で強く握りしめていた拳を叩かれたのだった。
い、痛い。俺の白くて美しい肌が赤くなっていく……。
「もうしわけございません……」
はぁ〜……。婆様がこういう人だったの分かってたのに、ついつい俺が調子乗っちゃってたわ。
俺がもっと小さくって自意識が微妙な頃、どうも自分のことを「俺」って言ってたみたいでさ。
あんま覚えてないんだけど、めーっちゃ叱られてたらしい。
元々お清楚な喋り方にする気はあったのと、怒られた時の記憶が染み付いていたのか、デフォが「わたくし」になったし言葉も丁寧になった。
お清楚巫女する上では口調って滅茶苦茶重要だし、とっさに男言葉が出ないのは助かってるんだよなー。
ちな村の人から移ったのかと疑われて、しばらく周辺の男性が「私」って言うようになったと聞いた時は笑った。
そんなの見たいでしょ。
……たださ、そんな怒ることある? とは思う。
いや、なんでも日本での価値観と当てはめちゃいかんけどね。この世界って色々シビアだし。
俺は婆様の庇護を受けてる訳だけど、婆様が引き取ってくれなかったら孤児になってたんじゃねーかな。
孤児院はあるにはあるけどピンキリらしい。
婆様は肉食べさせてくれないけど食事がないってことはないし、ちゃんとした寝床もある。
村の人達からこっそりお肉を貰ったりしてるから、俺って幸せな方なんだろうなぁと。
なにより巫女っていう立派な! 役割が! あるし!!
だから俺はこの婆様からの試練を見事乗り越えてみせるんだぜ……!! と、決意をしたのである。
そうして1ヶ月くらいしたら結構形になってきたし、2ヶ月経ったらほぼほぼ完璧になった。
3ヶ月目には婆様からもオッケーが出たので、俺は完璧なお清楚巫女になったのであ〜る! ふっふー!
……とか言ったけど、お肉貰う時とか珍しい食べ物もらったりとか、そういう時は興奮しすぎてお清楚の仮面がはずれがちだった。
大体婆様のいないところで貰うから叩かれたりしなかったんだよ。
この辺は自分でどうにかしなきゃいけねえよなぁ……。
恋とかしちゃったら平静保てなくて元の仕草出ちゃうだろうし?
ま、恋愛するのはないから平気か。俺は巫女だから純白でいたいのさ!
なにより、そんなことになるくらいの年頃には、俺も美少女仕草が身についてるはずだからよぉ……!
◆
って、昔思っていたおれは実に滑稽だと思いました。
ヴェルメ内の見学が終わって屋敷に帰る馬車内で、ふと仕草ってどうだったっけ……? って思い返したらそんなこと思ってたなぁと。
しっかしさぁ、いくらおれが頼んだからって言っても婆様叩くのはないっしょ! 結構痛かったんだからな!
……あの時のおれってバイアスか何かかかってたのかなぁ。
虐待って言われたらそうだと思うし……。
あわぁ……としてたらリージーさんが不思議そうな目でおれを見てるし、ヴァルムントはおれに声をかけてきた。
「どうかされましたか?」
「い、いえ……」
……そ、そういえば、おっ、おれ、大丈夫なのかなぁ!?
ヴァルムントくんの前で、はしたない仕草してないよな!? 冷や汗出てきたわ。
なんていうか、ヴァルムントの前だといっぱいいっぱいになって仕草がどうなのか考える余裕がないんだよぉ!
おれってどんな風に動いてたっけ? ヤバい、気になって仕方がなくなってきた。
今日とか特におれすごい挙動不審だった気がする!!
誰かに聞きたいけど、おれから聞いたところで「大丈夫でしたよ」って返されるのが目に見えてる。
気持ちとしては一応まだ……まだ男だから、おれって男っぽい感じになってたかって誰かに聞きたい!
ヴァルムントくんに失望されたくなくて、うん。
……ヴァルムントくんがすっ、好きなんだから、もう女になってんだろって?
いや、あの、その、えーっと、……ぐぎぎぎぎー!!
ああ〜っ! いいから誰かおれがどうしてたかを教えてくれ〜っ!!




