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寸歩不離


 屋敷から馬車で向かう目的地は、そう遠くない場所にある市場だった。

 皇女が来ているのをアピールしやすく、様々な人々がいるからどういう人間が住んでいるのか分かり易いから、市場にしたとか。


 あっ、ちなみにヘルトくん達は一緒に来てない。お仕事がアンゲリカの監視だからね。

 アンゲリカは相当駄々こねて、おれ達がどうなかったのか直接聞きにこようと奮闘したらしい。

 ちゃんとヘルトくん達が引っ張って職場に連れてったとはいえ、そこまでする理由が分からなさすぎる。

 一体何がお前をそうさせるんだ……? 怖いよ。


「こちらが我が領地で一番大きな市場へと続く道となっております」


 ヴァルムントによって指し示された窓の外には家々が広がっており、活気があって多くの人が行き交っている。

 悶々とした思考から解き放たれたおれは、物々しい護衛がついてきているのも確認しつつも、よーく外を確認していく。


 来る途中まではレンガに木材やらなんやらを使って作った、住むだけの平屋が多めに建っていた。

 どんどん進んでいくにつれて、1階が店で2階が住居になっている家が多くなっていく。

 帝都とそこそこ近いだけあって、それなりに繁盛してると勉強で聞いていた。

 見てる限り間違っていなさそう。戦争の影響も他の街と比べてそこまで受けてないって聞いたし。

 遠巻きにおれ達を見ている街の人達は、帝都にいる人達ほどではないけど裕福そうに見えた。

 服装がオプファン村の人達より良さげな布を使ってる。

 おれ達を見て「ほえー」ってしてたり、手を振ってくる人の顔は痩せこけていない。

 おれもにっこりして手を振り返しておこーっと。



 ……てかトラシク2の時って、この街どうなってたっけ?

 全然覚えてねえわ。1の時は単なる街で、最後のアイテム補給が可能な街だった……気がする。

 ここってさ、ヴァルムントくんの領地じゃん。

 屋敷内や林業の人達の様子からすると帝国派の人が恐らく多いんじゃないか?

 そりゃ前皇帝の圧政はダメだったけど、ヴァルムントくん自体は至極真っ当なことしてただろうし、ヴァルムントくんは帝国将軍だし。

 だからトラシク2の時代だと、帝国派だったってことで冷遇されたんじゃねえかな。

 良くも悪くも貴族の影響が強かったところとか、対立とか色々激しかったはず……。

 そう思うと、こうして平和が続いているのは良かったと思う。


「カテリーネ様、もう間もなく到着いたします」

「はい、分かりました」


 ヴァルムントが言った通り、程なくして馬車はゆっくりと止まっていく。

 馬車を出る前にと、リージーさんがおれの身嗜みを整えてくれた。

 美少女皇女たるもの、御披露目の場では常に完璧でいないとな……! ありがとうリージーさん!

 気持ちキリッとしながら、先に降りたヴァルムントの後を追う。

 ヴァルムントから差し出された手を取って優雅に可憐に地上へ降り立つと、その場にいる人達からの注目が一気におれへと集まった。

 露店も多く立ち並んでいる石畳の広場だから、護衛も馬車も十分なスペースをもてている。

 けどその分、元々いる人達も多い訳で……。

 とにかく桁違いの注目だった。ひぃ。

 こんなに見られてんのはヴァルムントとお兄様説得時以来かも。

 まあ? おれは美少女だから? これくらいの注目受けきって当然なんですけど?


「これより周辺をご案内致します。何かご質問がありましたらお尋ね下さい」

「分かりました」


 質問……? 一体何を聞けばいいんだね、ヴァルムントくんや。

 聞かないのもそれはそれで失礼な気もするし……?

 思考をぐるぐるさせながら、ヴァルムントへついていく。

 俺の後ろには馬車から降りてたリージーさんが来ており、周囲は護衛さん達による鉄壁があって、中々一般の人とは触れ合いが難しい状況になっていた。

 うーん、そりゃ要人だからこうなるよなぁ。

 分かっちゃいるんだけど、バリバリ市民を萎縮させてるでしょコレ。遠くて顔見にくいけど。

 おれが笑顔を振りまいて雰囲気をゆるめてやるぜ〜っ!

 ニコーッとしておれ達を見ている人達相手に、手をひらひらさせる。

 村にいた頃からスマイルは得意なものでな!

 ……このスマイルは違うから。ヴァルムントくんに「しないで」って言われた笑顔じゃないから、多分。


「キャー! 姫様〜!」

「聖女様ぁ~!」

「素敵ですーーー!!」

「こっち向いてぇえ!」


 なっ、なにこれ。本当にアイドルかよぉ……。

 姫は分かるけど聖女って何。おれは元巫女で皇女なんですけど!?

 とはいえツッコミいれてもなぁ、ってことでスマイル続行した。

 おれがみんなを笑顔にするんじゃい!

 いたるところに向けて振りまきまくってたら、足元がおろそかになって石畳に足を引っ掛けてしまった。


「あっ」

「カテリーネ様」


 おれが転びかけたのを察知したヴァルムントがサッとおれを支えにきた。

 あ、あっぶねー! しかし前にいたのによく気が付いたな?

 サンクスサンクスだぜ、ヴァルムントくん!


「ありがとうございま」

「きゃあ、素敵……!」

「およめさま~!」

「ヴァルムント様! 姫様を幸せにするんだぞー!!」


 さっきよりもすごい歓声が場に響き渡った。

 あ、あ、あの、あの~?

 なんかこっぱずかしいことされてませんか、これ?

 おれまだ嫁じゃないし違うし!

 おおおおおおおおおれは、まだ、そんな、そこまで、考えられないっていうか……!

 ヴァ、ヴァルムントくんのことは、す、す、すっ、……好きだけど!

 けど、それとこれとはまた話が違ってくるっていうか!

 色々問題が山積みであるからして……、う、うぎぎぎぎぎぎぎぎぎ。

 てかてか、気が早すぎるんだよ君たちさぁ!?


 おれがぷくぷくしている中、ヴァルムントくんはちょっぴり顔を赤くして口を一文字にしてる。

 多分これ兵士相手だったら喝入れるけど、市民相手だから叱るに叱れないんだろうな……。

 護衛の兵士さん達が「はいはい抑えて抑えて」って市民相手にやってはいるが、その顔はHAHAHAってアメリカン的愉快な顔をしていた。

 あのねえ君達あのねえ! もぉ~~~~~!!


「……カテリーネ様。念の為、お手をよろしいでしょうか」


 転ばないようにってことですよね!

 絶対に周りの囃し立てが加速するだろうけど、おれも転んで恥ずかしい真似はしたくないし……と、ヴァルムントの手を取った。

 手繋ぎ状態で街中巡るってカップルかよ。

 ……カップルだったわ。は、恥ずかしい……。

 けどなんかヴァルムントくん、いつもよりちょっと握る力が強くない? おれの気のせいか?

 顔も見てみたけど元の顔色に戻ってる。

 わ、分かんねぇ! ヴァルムントくん分かんねー!!


 やんややんやしてる周囲に戸惑いながら、ヴァルムントくんには違う意味で戸惑いながら見学をし。

 売られているものや、どういう生活を送っているのかを質問したりして、午前中の街中巡りは終了をした。



 ◆



 お昼は馬車に再び乗って葡萄畑が続く道を横切りながら、名産品のひとつであるワインを製造している場所、つまりワイナリーに行った。


「ようこそいらっしゃいました。私、ここのワイナリー責任者のオーディーと申します」


 おれたちが馬車を降りてから、深々と礼をしてきたのは年配のオーディーさん。

 責任者だからなのか、ベストスーツを着て他従業員と共に建物の前で待機していた。


「オーディー、よろしく頼む」

「お久しぶりです、ヴァルムント様。責任を持って案内をいたします」


 ヴァルムントくん、来たことあるのか。

 領地の主要なところだから、領主が訪れてるのは当然……って訳じゃないらしい。

 解放軍派な場所とかは特にそうなんだけど、儲かればいいからその辺部下に任せてるのが大半なんだそうな。

 労力考えたらお任せになるのは当然だ。

 ま、ヴァルムントくんは真面目ですから!

 意味もなくおれが得意がっていると、オーディーさんの案内が始まったのでそっちに集中をした。

 ただ見学っていっても収穫する季節じゃないから、葡萄から作ってるのは見れなかったんだよね。

 だから時期だったら葡萄を潰している場所を、護衛とリージーさんを連れ歩きながらざっくり見学させてもらった。


 収穫した葡萄を外の作業場に集め、微妙な葡萄に茎とかを取り除く作業をする。

 そして川から引いている水で手足を石鹸で洗ってから、選別した葡萄を潰して果汁を出す作業の開始。

 木桶内の葡萄を一度手で潰してから、足や木槌でもっと潰して圧縮していく。

 この世界じゃ本格的な機械とか『まだ』ないから、踏んだりかき混ぜたりしてるらしい。

 あれ? でも……。


「魔術で葡萄を潰したりはしないのでしょうか?」


 機械はないけど魔術はある。

 生活に使ったりインフラ担当してる人はいるから、こういう大変な作業に使ったりしてるところはあったりするんだよ。

 村でも使える時は使ったりしてたし。


「葡萄を潰す際には、繊細な力加減が必要なのです。それほどの魔術を扱える人物は、ワイナリーに留めるべき人材ではなくなってしまうのですよ」


 オーディーさんは笑いながら皺のある頬を指先でかいた。

 あー、なるほどね……。

 もっと別の場所で引っ張りだこになるし、ワインを作るのに魔術を使わなくてもできるからこそ、魔術を使えない人達でどうにかなるからやってないのか。


「浅慮な質問、失礼いたしました」

「いえいえ、疑問に思われるのも当然かと思います。かつては魔術師が担当しているものもありましたから」


 苦笑いに変わったオーディーさんの顔を見て、もう一つの可能性を思いついた。

 いたけど戦争とかで引っ張っていかれた可能性もあったわ。

 マジで考えなしすぎるぜ、おれ。

 自分に呆れて反省しつつも、その後の説明を終えてお昼ご飯の流れになった。

 待ってくれ、見学終了って言われても見てないところあるよな!?


「……あの、実際にワインが保管されている場所はどちらに?」


 ズラーッと樽が並んでるところ見てみたいなって。

 ちょっと憧れちゃうじゃん、ああいうの。

 ほほう、これが50年もののワインですか……。って、ちょっぴり樽から出してもらって飲むやつ。


「そちらは地下にございまして……。何分、従業員しか使わない為に整備がされておりません。階段が急勾配であるなど、危険が多いと今回の見学からは外すこととなりました。申し訳ございません」

「大丈夫です。わたくしのことを想い、そうしていただけたのですから」


 ヴァルムントくんがいるから大丈夫だとは思うけど、危ないのが分かっているところに行かせたくないのは分かるので黙ります……。

 そらね! 要人が怪我したら面倒なの見えてますからね!!

 うわーん、ちょっと悔しいけど我慢しますぅ。

 お昼ご飯を用意している部屋へと歩いていくと、オーディーさんが感慨深そうに呟き始めた。


「こうして奥方をお迎えしてこちらに来ていただけるとは、なんとも嬉しいものです。以前ヴィルヘルム様にソフィーア様と来ていただいた時のことを思い出します」


 あのあのあのあの! だからおれはまだ嫁じゃないっつーに!!

 今のところ質問する機会がないから聞けてないけど、なーんでこんな嫁呼ばわりされてるんですかね!?

 でもなんて言っていいのか分からなくて、おれは顔を熱くするだけしかできなかった。

 ヴァ、ヴァルムントくーん! 君から否定してくれなーい?

 ってヴァルムントを見たら、なんか思い詰めた感じの顔をしていた。


「ヴァルムント様?」

「……申し訳ございません。少々昔を思い返しておりました」


 ヴァルムントは何度か瞬きをして、どこかにいっていた意識を現実に戻していた。

 ……オーディーさんが言っていたことを踏まえると、ヴァルムントはご両親と一緒にここへ来たんだろう。

 今みたいに領地を一緒に見に行ったのかもしれない。

 でも母親であるソフィーアさんは早くに病気で亡くなり、父親のヴィルヘルムさんは処刑をされ。

 数少ないご両親との思い出が甦ってきて、ヴァルムントもしんみりとした気持ちになったのかも。

 今日ちょっと変かなーって思った部分はそのせいかな。

 きゅっと胸が締め付けられて寂しくなったおれは、隣へ行って自分の片手を伸ばし、ヴァルムントの手に自分の指先を絡ませにいった。

 べ、別におれは恋人繋ぎがしたいとかそういう訳じゃなくて、単純に一番握りやすい握り方だから恋人繋ぎをしただけだし!

 ホントに、おれが傍にいるんだぞって気持ちが伝わりやすいかなって、それだけだから!!

 でも気まずさを抑えられなくてヴァルムントとは違う方向を見ていると、握られてる手が強く握り返された。


「……カテリーネ様。ありがとうございます」

「わたくしは……、何もしておりません」

「いいえ。私には今、貴方がいる。その幸せを再認識いたしました」


 ゔっ! 見なくても分かるくらいのななあなあああななな生暖かい視線を送ってくるんじゃありませんよよよよよ……。

 てかこんなところで何してるんですかねおれ達は!!

 また護衛の人もリージーさんも、オーディーさんまで「あらあら〜」って見てきてるし! ああもう!!


「こ、これ以上お待たせする訳にはいきません。早く参りましょう……!」


 ヴァルムントの手を前へ引っ張って、お昼早く食べたいと主張をする。

 「かしこまりました」と返事をしたヴァルムントをきっかけに、全員でご飯の用意されている部屋へと向かったのだった。


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