素直になるということ
身体中が沸き立つ感覚でいっぱいいっぱいになっていると、あることに気がついた。
お、おれ、勢いで「ヴァルムントと結婚するんだもん!」的なこと言ってたな……?
言ってたわ。言っちゃってたわ!
だからヴァルムントくん結婚しよう(意訳)なんて言ってきてるんだぁ!?
あっ、いや、あっ、ま、あ、あーっ!
いいいいいやあのいきなり結婚って、その、間というか、段階ってものがありましてね。
せ、せめて婚約とかそういうので落ち着いて欲しいんですけど!?
……恋人期間! そう、恋人期間ってものがあるのが筋ってものじゃないでしょうかね!? ね!?
ああああもうやだ〜っ! おれって勢い任せで進んでいつもこう予定外の方向になる〜!!
ヴァ、ヴァルムントくんの言葉は、う、ううう、嬉しいけど!?
うううう嬉しいけれど、そ、それとこれとは違うっていうか……。
感情がごちゃ混ぜになったせいで半泣き状態になり、おれが言葉を詰まらせていると、今まで口を出してこなかったペッソーラの人達がエドゥアルダに声をかけていた。
「姉御……。もう無理ですよ」
「恋愛弱者です」
「う、うるさいよお前達ッ! お前達はアタシに負けてんだから黙ってな!」
「いやいや、恋愛では負けてないんで。オレは結婚してますし」
「エドゥアルダ様、これ以上は無謀ですぜ」
「黙りなッ!!」
ムキャーッ! って擬音が浮かんでくる声だった。
ちょっとエドゥアルダが可哀想に見えてきたな……。
「あっちは圧倒的勝者ですよ、エドゥアルダ様が入り込む隙間はありませんって」
「お嬢様、敗北者として素直に去りましょう」
「お前達! どっちの味方なんだい!?」
「勝者の味方ですね……」
エドゥアルダはハンカチがあったら噛んで食いしばってそうな顔をして、「もういい!」と大声を上げてレオペルへと乗ったかと思うと、来た道を戻っていってしまう。
ペッソーラの人達はいつものが始まったとやれやれ顔で、一人、また一人と待機させてたレオペルに乗ってエドゥアルダを追いかけ始めた。
その中でも格好が他の人よりも豪華な人がおれ達の前へと出て、おそらくペッソーラ式のくるりとしたお辞儀をしてからこう告げてくる。
「お騒がせいたしました。後日に別の者が、将軍の勝利時の約束を果たしに参りますので……」
勝利時の約束……ってアレか、うちの国との取引ってやつか。
ヴァルムントは結構ふんわりした物言いしてたけど、強者主義だからこそキッチリ守る気なのかな?
そうして礼をした人は、レオペルに乗って残ってた人達と共にこの場を去っていったのだった。
本当にお騒がせすぎだぜ……。嵐って感じだったわ。
ホッとすると同時に、ずっとあるのも邪魔だったので心臓繋がりビームの可視化も解いた。
「で、返事をせぬのか?」
びっ! ビビったぁ!!
気がついたらアンゲリカが近くにいて、おれに質問を投げかけてきていた。
本当に気がつかなかったから、メッチャ肩揺らすくらいにすんごい動揺しちゃったじゃん……。
「何をしておる。いくら意思が伝わっているとはいえ、言葉として伝えぬと果たされぬものじゃ。はようせい」
「アンゲリカ! なんでこういう時だけ出てくるの!」
「何故じゃ! こういった物事は見届けるのが普通じゃろう!?」
ヘルトくんが普通じゃないよとプンスカしながら、アンゲリカの肩を掴んで退かせようとしている。
けれどアンゲリカは足を踏ん張らせて無駄に抵抗をみせていた。
アンゲリカっておれのこと好きじゃなさそうなのに、どうしてここだけ妙に踏ん張るんだ……。
そんなところで野次馬根性をみせるんじゃないよ。
おれが困惑してどうしようと視線を彷徨わせていると、兵士さんの1人と目が合ってしまった。
その兵士さんは「あっ」と一言呟いてから、目線を左右に散らしてから大声を出す。
「わ、わたしは……、く、草です! どうぞお構いなく!!」
「俺は木です。祝福をする木……」
「立派な壁画です!!」
「……岩、岩なので」
「ほ、星でーす」
どうしてもこの場を去りたくないらしく、口々に意味不明な言い訳をそれぞれ述べ始めた。今は太陽出てる時間なんだけど?
職人さん達は職人さん達で腕組みしたりしながら、後方親面してるし……。
野次馬しようと馬鹿なことしないでくれるかなぁ!? 言い訳が苦しすぎるよ!!
おれが羞恥心でどうにかなりそうなところをバッサリ切ったのは、立ち上がったヴァルムントだった。
おおう、めーっちゃ眉間に皺寄ってる……。
「お前達、いい加減にしろ! 我々は一旦、街に戻る。シュトーム達は職務に戻れ。ノアマンとレナウドは腑抜けた隊を立て直せ。……ヘルト達はどうする?」
「僕達はここに残ります。まだアンゲリカのお仕事の続きがあるので」
「そうか、分かった」
「ヘルト! 我は見届けなければならぬのじゃ!」
「いいから!」
アンゲリカを押すのに呆れた様子のナッハバールも加わって、ヘルトくんご一行は仕事場の方へと歩いていく。
ヴァルムントの命令を受けた人達は、「そんな〜」という表情を隠さずにバタバタ動き始めていた。
返事が有耶無耶になって助かったと言っていいのか、これ?
なんか、状況があまりにもすぎる……。
おれが顔を両手で覆っていると、再度片膝をついたらしいヴァルムントが下から声をかけてきた。
「カテリーネ様、馬車がこちらへと参ります。……お手をよろしいでしょうか?」
いつまでもこの姿勢でいられないのは当然だから、おれは手を下ろしてヴァルムントから差し出されていた手をとった。
手をひかれて行った先には馬車が待機しており、その横にはリージーさんが待機している。
行きと同様にリージーさんがいてくれるのに安心しながら馬車へと乗り込むと、思ってもみなかった言葉をリージーさんが言ってきた。
「お二人でしっかりお話された方がいいと思いますので、私は別で参ります〜」
ごゆっくり〜。と、リージーさんは笑顔で手を振ってから馬車から離れていく。
い、いやだあ! リージーさん行かないでぇ!!
おれの心の叫びも虚しく、リージーさんはおれが乗る馬車から完全に離れていってしまった。そ、そんな……。
あわあわしながらもヴァルムントが馬車に乗り、地味についてきてたカールさんがニヤニヤ顔で「いってらっしゃーい」と扉を閉める。
馬車が動き出していくと、そのままヴァルムントはおれの真正面に座った。
ガタゴトと馬車が鳴る音と、馬達の蹄の音だけが耳に届いてくる。
あんなことがあった後のこれは、気まずいよぉ……。
俯いて指先を遊ばせていると、ヴァルムントが改まった声で言ってきた。
「……カテリーネ様。情けない男で申し訳ございません。私を助ける為に、あのような嘘をつかせてしまい……」
た、確かに赤い糸については嘘八百だ。
……なんか余計な設定増えまくってたし。
でも、おれは。
おれは……。
……おれの気持ちは。
気がつけばポタリ、ポタリと涙が手に落ちていっていた。
「か、カテリーネ様……!?」
「わたくしは、」
自分でも理解できない気持ちでいっぱいで、どんどん涙が溢れ落ちていく。
別にヴァルムントは変なことを言っている訳じゃないのに、なんだか否定されている気持ちになって悲しくなってしまった。
なあ、おれさんや。
ヴァルムントくんは多分、単純に「おれに嘘をつかせたこと」に対して謝ってるだけだぞ!?
赤い糸なんて話、この世界じゃ誰も知らない。
言い出したおれが一番嘘だって分かってる。
なのに、どうして……。
泣くのを止めたいのに止められなくて、視界が涙で歪みまくっている。
いつからおれはこんな情緒不安定になったんだ〜っ!?
ぐすぐすしてるとヴァルムントはおれの隣に座り直して、おれの両手を上から覆うように握りしめた。
……あったかい。
「カテリーネ様。私は……、その、カテリーネ様が仰ったことを、本当のことにしたいと思っています。私とカテリーネ様で繋がっているものを、呪いではなく私達を繋ぐ縁としたいのです」
おれの手を握っているヴァルムントの手が、僅かに震えている。
涙でぼやけた視界でヴァルムントを見ると、ヴァルムントは顔をりんご色にさせながら一生懸命に言葉を紡いだ。
「改めて、言わせて下さい。……貴方が好きです。貴方の笑顔が、一番美しいものだと思っています。どうか私に、その笑顔を一生隣で見る権利をいただけないでしょうか」
こうやって誠実に、ただただおれへと真っ直ぐに伝えられた言葉。
おれはそれを、素直に受け入れたいと思った。
真面目で。実直で。剣を扱ったら天才的で。
おれが揶揄ったらすぐ真っ赤になる、そんなヴァルムントが。
そのヴァルムントの、笑顔が。
……好きなのだと、感じている。
もうそれが、おれの答えなんだ。
「……はい」
おれが涙で滲んだ声で返事をしながらヴァルムントに抱きつきにいくと、不器用な抱擁を返されたのだった。




