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おれが走っていると、地味にゲオフさんとカールさんも並走してて「すまん……」って思いながらも、どうすればいいのか考える。
多分だけど、このままおれが行ったとしても簡単にエドゥアルダを納得させることはできない。
最終的に勝ち取ればいいって言ってたんだし、勝ち取れない『何か』を見せつけてやらなきゃならないってワケ。
そもそもの話、おれとヴァルムントくんには切っても切れないものがある。
命が繋がってるっていうのはとんでもなく重いものではあるけれど、ただ単に繋がってる線を見せても本当に命が繋がっているかは見ただけじゃ分からない。
この術について詳細を知っているのって、黒龍の場にいた人達とお兄様やゲオフさん達にブラッツ先生、魔術に精通してる上級のわずかな人だけなんだよね。
他の人たちに話しちゃったらめんどくさいことになるし……。
それでも何とか利用してどうにかしなきゃいけね~な~と思いながら、ヴァルムントの近くまで辿り着くと、走るのをやめてからゆっくりと歩いて近づいていく。
少しだけ距離をおいて、ゲオフさんとカールさんが控えているのが分かった。
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。わたくしはシュワーツドラッハ帝国、第一皇女のカテリーネです」
ピタッと止まり、自分ができる限りの美しい礼をエドゥアルダにかます。
先制パンチじゃ! ジャブジャブジャブ!
そして心配そうなヴァルムントと、ヴァルムントの腕に密着したままのエドゥアルダを視界にとらえた。
バチッとエドゥアルダと視線が合って、『カーン!』と戦いのゴングが脳内で鳴り響く。
あ~ん? 女の戦いは分かんねーけど、やってやろうじゃねーの!
「へぇ、アンタがカテリーネなのかい。てっきりこの場にはいないもんだと思ってたよ」
「魔物による襲撃かと思われた事態でしたので、みなさまの邪魔にならぬようにと避難を優先させていただきました」
訳:あんたらのこと魔物だと思ったわ~、すまんな~。おれはアンタみたいに戦えない可憐な皇女なので避難させてもらったわ~。
……別に魔物だったかどうだとか報告聞いてないけど、まあそういうことだったんでしょう。
「ふーん? アンタは弱いんだねぇ」
「多少魔術の心得はございますが、わたくしはみなさまの傷を癒すのが役目です。成すべきことを成すのが何よりだと思っております」
戦場の立ち回り知らんから、変に出しゃばってもな。
ぐぐ、おれの語彙力がなさすぎてバトルになってないような気がするぜ……。
おれってそもそも村の時から喧嘩売られるような立場じゃなかったからさぁ。慣れてないんだよこういうの。
実際エドゥアルダの顔はおれを侮ってる表情になってる。こんのぉ許せねー!!
「そして、わたくしはわたくしの国の者を守るのも役目です。将軍を離していただけないでしょうか」
おらさっさと腕を離せよコラコラコラ!
おれ自身に皇女だって自覚はあんまねーけど、ヴァルムントだって国民ではあるんだから、この理論は間違ってねーし。
お兄様の名代としても来てるんだしさ、嘘は言ってない。
「ハッ。なんだいなんだい、そんなことでしか張り合ってこれないのかい? アンタ、それはあまりにも弱者がすぎるよ」
エドゥアルダは更にヴァルムントの腕へ胸を押し付けながら言ってきた。
む、む、む、むっかーーー!!
ヴァルムントが眉間に皺寄せて困り果てているのを見て、おれは早く解放してあげないとと改めて感じた。
国のことを考えて動けないのがヴァルムントらしいから怒りはしない。
おれはお前のそういうバカ真面目なところ、す、好きだし。
おれが見たことのある赤い顔もしてないし? 本当にエドゥアルダへ興味なさそうで安心したっていうか……。
でもなぁ、このままじゃ勝てない。
なんだかんだ持ってた羞恥心をかなぐり捨ててやるっ!
「わたくしの強さは関係ございません。……ヴァルムント将軍はわたくしの騎士ですので、離していただきたいのです」
貴方だけの騎士になります~っていう騎士の誓いを立てられたとかそんな事実はないけど、誤解を招く言い方なだけで嘘はついてないし……。
わたくしの(国の)騎士だもんね〜っ!!
あっ、ヴァルムントくんが目を見開いてる。
いいから話を合わせなさいよ〜、ここだけはなんとか合わせなさいよ〜!!
おれは気持ち目をガンギマらせながら念をヴァルムントに送った。
「そんなこと言っておきながら、結婚してないんだろ? いくらでもどうとでもできるじゃあないか」
「いいえ。わたくしと将軍の間には切っても切れない結び付いているものがございます」
こっ、ここが正念場だ。
結びついてるっていうか、おれが強制的に結びついけたもんだけどな!
ぶっちゃけどうなるかまーったく分からんけど、やるっきゃない!
すまんなヴァルムントくん、おれと一緒に犠牲になってくれや……。
心臓の繋がりを示す赤い線を具現化させてから、深く空気を吸ってから声を吐き出した。
「この線は夫婦になる運命を指し示している赤い糸です。わたくしとヴァルムント将軍は、夫婦になると定められているのです」
キリッ! ドヤ! って顔で言ってやった。
恥ずかしすぎて顔が赤くなってる気がするけど、気のせいだぜ!
この世界で赤い糸の話なんか見たことも聞いたこともないけど、なければ作ればいいんだよ!
雰囲気で押して押して乗り越えないと!!
けど赤い糸の話なんて知らないからか俺たち側の人達は、いつもなら機転がきくカールさんも含めてポカーンとしてるらしく反応がない。
ペッソーラ側も勿論「何それ……」って顔だ。
ヴァルムントくんだけは分かりやすく顔が赤くなってた。ふ、ふーん。
でも周りはザワザワしたままだし、エドゥアルダも「何それ」って顔のままだ。
……うっ、ダメ? ダメなの? 流石にこれじゃ押し切れない?
気まずすぎる……とおれが泣きそうになっていたのをぶち壊すかのごとく、ヘルトくんがこちらへと走ってきた。
「し、失礼します! 僕は紅将軍ライノアが息子、ヘルト! リーネね……カテリーネ様の言うことは本当です。皇族の方はその、自分の運命を見ることができるんです!」
へ、ヘルトきゅん!? 援護するって言ってくれてたけど、そこ乗ってくれるの!?
しかもなんか設定作り上げたし!?
走りはしないけど地味にこちらへ歩いてきてたナッハバールが、片手で耳元をかきながら声をあげる。
「あー、その、俺にも信じがたい話ではあるんだが、運命の2人を引き裂くと建国時の悪夢が……、黒龍が襲いかかってくるって話があってな? そんなのとんでもねえ話だろ。あんまり言わねえようにって言われてたんだが、こうなっちまったらしょうがねえよな」
ナッハバールまで適当に話を盛らないでくれません!?
赤い糸の話がどんどん不吉なものになっていってるんだけど!?
おれが混乱しているうちに、それを聞いた兵士や職人さん達に広まっていき、「将軍を離せー!」だの「2人の仲を引き裂くなー!」だの声が飛ぶようになった。
……これ、またおかしな噂が増えるやつじゃんかぁ。
おれが羞恥心で顔を火照らせ手をモジモジさせていると、いつの間にかエドゥアルダによる拘束から離れていたヴァルムントが近づいてくる。
握っていたはずのエドゥアルダは「あれっ」と目をパチクリとさせていた。
ヴァルムントはおれの目の前まで来ると片膝をつき、おれの両手を大きな手のひらで包み込んだ。
「不甲斐ない男で申し訳ございません。ですが、この言葉だけは私に言わせてください」
掴まれてる手がめっちゃ熱い。
ヴァルムントからのまっすぐな蒼の視線がおれを射抜いていて、ただでさえ爆発しそうなおれの顔が消滅しそうだった。
ヴァルムントは精神を落ち着かせる為なのか目を数秒閉じた後に、大きく開いてからハッキリとした声で伝えてくる。
「カテリーネ様。貴方の笑顔が好きです。ありのままに生きる貴方が好きです。一生懸命に物事を成そうとする貴方が好きです。私は、貴方と共に生きたいと思っております。どうか、私と一緒になっていただけないでしょうか」
懇願するかのように、手を包む力が強くなった。




