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ヴァルムントくんは真面目だ。
クソが付くほど真面目ちゃんだ。
そんな人に国益絡めた取引まがいの誘惑するとか、「国の為ならば結婚も……」ってなりかねないじゃん!!
エドゥアルダがヴァルムントくんの性格をこの短時間で分析して言ったのか分からないけど、クリティカルがすぎる!
だってそもそもヴァルムントくんはおれにちゃんと告白してきた訳でもないし、婚約している訳でもないし、結婚している訳でもない。
結婚を受け入れても問題自体はないのだ。
それはおれも同じようなもので、ヴァルムントとエドゥアルダの問題に突っ込みに行く資格なんて、おれにはなくて……。
うう、ううう、うぐぐぐぐぐぐぐぐ。
……ち、違うもん違うもん!!
おれはヴァルムントくんを揶揄いたいだけなんだもおおおーーーーん!!
おれがちょっかい出すのは、おれが「楽しー!」ってニヤニヤしたいからであって、別に、そんな、他に意図なんかないし!!
だから、だから……、おれは……。
「姉さん……。行かなくて、いいの?」
「わたくしは……」
ヘルトくんがずっと握っていた手を離してから、おれと向き合う形に移動した。
強く訴えかけてくるような瞳に、なんとなく居心地が悪くなったおれは思わず目を逸らす。
一方で兵士さん達や職人さん達から、エドゥアルダに向かって野次を飛ばし始めた。
「何言ってんだ! ヴァルムント様にはカテリーネ様がいらっしゃるんだぞ!」
「そうだそうだ!! もう公然の仲みたいなものなんだからな!!」
「もう少しなのに邪魔すんなよ!」
「……お前達、黙っていろ。手も口も出すな。民の無礼、大変失礼いたしました」
や、やめてぇ。今その変なのやめてえ……。
くっそ恥ずかしいし、相手は王女なんだからさ、こうやってヴァルムントが謝る羽目になっちゃったじゃんか!
エドゥアルダは気にしてないのかどうなのか、片方の口角を上げて笑っている。
「ふーん。けど、結婚はしてないんだろう? ならどうだっていいさ。最終的に勝ち取って結婚しちまえば何も問題はないだろう? ほら、どうだい?」
エドゥアルダがヴァルムントにスタスタと近づいて行ったと思ったら、少し退いたヴァルムントの腕をとり、たぷたぷとした豊満な胸をその腕に擦り付けにいった。
おっ、お、おまえーっ!! 色仕掛けをするなーっ!!
「こうして喜ばぬ男はいなかった」みたいな面してんじゃねーぞ! 嫌な人は嫌なんだからな!!
ヴァルムントも勝者権限で嫌って言えばいいのにさあ! ……言ってもそれはそれで別って言われそうな気はする。
「お、おやめください。かようなことを女性が安易になさるものではありません!」
「初心だねえ。そんなところもいいと思うよ、アタシは」
ほらぁ! ヴァルムントくんだって嫌がってんじゃん!
さっさとやめなさいエドゥアルダ!
それにヴァルムントをそういう意味で揶揄っていいのはおれだけなの!
バカバカバカバカバカバカ!!
おれがぷんすかしながらヴァルムントたちを見つめていると、再度ヘルトくんから声がかかった。
「リーネ姉さん。今、リーネ姉さんが行かないと絶対に後悔することになると僕は思う」
「ヘルトくん……」
こ、後悔だなんて、そんな。根本的な話、関わりにいく権利なんてないし。
今もヴァルムントはエドゥアルダの猛攻に困り果てているけど、おれにはどうしようもない。
俯くおれの両手をとったヘルトくんは一度口を真一文字にしてから、決意した表情で言葉を伝えてきた。
「リーネ姉さんは、もっと素直に生きていいと思ってる」
「わたくしは十分素直に生きております」
素直に生きすぎてたと思うくらいには色々やらかしてるしな……。
おれが若干遠い目をしていると、ヘルトくんがおれを呼び戻すくらいの大きな声で言ってくる。
「違うよ姉さん。今の姉さんは我慢をしてる。行っていいんだろうかって、迷ってる。……ずっと姉さんを見てた僕だから分かるんだ」
ヘルトくんは長い呼吸をしてから、何かを抑えた笑顔を見せつつこう告げた。
「何が姉さんを我慢させているのかは分からない。でもね、好きな人が嫌がっているのに、ためらっちゃだめだよ。今止めに行けるのは姉さんしかいないんだから」
シンプルな言葉が、おれに突き刺さった。
ヘルトくんの言う通りで、ヴァルムントとエドゥアルダのやり取りに突っ込みに行ける立場なのはおれしかいない。
今も続いている2人のやり取りでは、ヴァルムントが対応に苦難している様子が見えた。
アイツは、どう見ても嫌がっている。
エドゥアルダが飽きるか、できそうにないけどヴァルムントが無理矢理切り上げるまであのままだろう。
「行ってよ、姉さん。僕ができる援護なら、できる限りするから」
「あのなあ、嬢ちゃんが何を悩んでんだか知らねえが、そのまま行動すんのが楽だと思うぜ?」
「わたくしは……」
「ねえ、アンタいい筋肉の付き具合をしてるけど、どんな訓練をしたんだい?」
「みだりに人の体を触るものでは……!」
「いいじゃないかい! もったいない!」
な、な、なぁ~にがじゃい!! 心がピキピキしてきた~~~~!!
ああ〜〜〜〜〜〜っ! もう!!
ナッハバールの言う通りだわ!
もおおおおおおやだやだやだ!
おれはもう我慢できない!
おれの心が男だとか、そんなのどうだっていい!
ヴァルムントくんはおれのなの! 誰にも取られたくないの!
好きだとか愛してるだとか、そんなの分からん!
でもヴァルムントを誰かに取られたくないから、おれはヴァルムントが好きだってことでいい!!
ただの独占欲とでも何とでも言うがいいさ!
おれがヴァルムントをもっと揶揄ってやりたい!
おれが顔真っ赤にさせたい!
おれがアイツの笑顔を見ていたい!
そして困っているアイツを、助けたい!
これが、おれの本心なんだから!
決意をしたおれは、ヘルトくんとナッハバールに微笑んでからお礼を告げる。
「ありがとうございます、ヘルトくん。ナッハバールさん。お陰で決心がつきました」
「……うん。姉さん、いってらっしゃい」
「はい」
ヘルトくんの手をぎゅっとしてから手を離して、おれはヴァルムントの元へと走り出した。
「……ヘルト、よかったのか?」
「うん。姉さんが僕のことを意識していないのも、姉さんが将軍のことを意識してたのも分かってたから。だから、いいんだ」
「お前、男だなぁ」
「全然。まだまだだよ。僕は将軍を超えるくらい強くならないと」




