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アンゲリカと「弊社としてはこのように進めたいと構想しておりますが、御社の想定としてはいかがでしょうか」的な会話をしていた時だ。
ヴァルムントが連れている兵士さん達と同じ格好をした人が、遠くの方から馬に乗ってこちらへと駆けてくる。
その人はかなり急いでいたみたいで、ほぼ飛び降りに近い形で馬から降りると、すぐさまヴァルムントへ寄っていって耳打ちをした。
……割とおれも近くにいるのに、何言ってるのか全然分からん。
話を受けたヴァルムントは表情を硬くさせた後、周囲へと指示を飛ばしていく。
「ノアマンの隊は私と共に。レナウドの隊はカテリーネ様と共に街へと戻れ。シュトーム、お前達もだ。ヘルト、カテリーネ様達を頼む」
ちょ、ちょ、ちょ、待ちなさいよぉ~!
な~に詳細も言わずに動かそうとしとんね~ん!
おれを街へ帰すだけならともかく、職人さん達まで帰すって絶対何かヤベーこと起きてんじゃんか!
「ヴァルムント様、一体何が……」
「カテリーネ様、貴方の御安全が一番です。ヘルト達と共にお戻り下さい」
コラ、言え! ちゃんと詳細をこっちに伝えろ〜っ!!
『ほうれんそう』しろ、『ほうれんそう』! 報告! 連絡! 相談!!
なのに周りは時間が惜しいと言わんばかりに動き出してるしさぁ!?
なんで君達何も聞かないの! 仕事早すぎるでしょ!!
ヘルトくんやナッハバールまでもが同じように動いてってるし!
そうしてヘルトくんがタッタカと近づいてきて、おれの手をとり馬車へと速足で進んでいく。
並行してゲオフさんとカールさんがおれの傍についてきているのが見えた。
「姉さん、行こう!」
どうして……、どうして皆してそんな物分かりがいいんだ……。
多分魔物か何かがこっちに来ているんだろうし、おれの立場を考えるとそうなるのも分かるけど!
もうちょっと説明が欲しかったぜ……。時間が惜しいんだろうけどな!
ぐぬぬぬしながらヘルトくんの手を借りて馬車へと乗り込もうとすると、兵士さんが駆けてきた方向から振動と、多数の地面を踏み鳴らす音が聞こえてきた。
その中で他の音にかき消されないほどに芯の通った女性の声が、全員の鼓膜を揺らす。
「そんなに警戒しなくったっていいじゃないか!」
……メガホンみたいな感じで響き渡ったから、魔法かなんかで拡声してるのかこれ?
街に戻ろうとしていた兵士さん達はこのまま戻るのは厳しいと思ったのか、身を翻して臨戦態勢になってるヴァルムント達の元へ走っていく。
ゲオフさんやカールさん、ヘルトくんにナッハバール他何人かはおれたちの護衛としてその場に残ってくれていた。
ドドドドドっという地響きと共に、段々近づいてくる集団の姿が見えてくる。
黄色い豹みたいな魔物に乗った2、30人くらいの人々が、声をかけてきたであろう女性を先頭にしてこちらに向かってきていた。
もっと近づいてきて良く見えた集団は褐色の肌をしていて、恰好は全体的に黒い服なんだけど縁には暖色の模様が縫い付けられていて結構派手に見える。
てか頭の女性以外にも女性がいるっちゃいるけど、ほぼ男性じゃん。
女性は男性と似たような黒くて模様のあるローブに身を包んでいて、リーダーの女性は赤いポニーテールをゆらゆら揺らしている。
牽制の為なのか相対しているヴァルムントが剣を一振りし、氷で「これ以上入ってくるな」の境界線を引いてから声を上げた。
「それ以上近づいたら容赦しない」
「いいねぇ。その気迫、ビリビリくるよ。安心しな! アタシらは強者を探しているだけさ!」
境界線のちょい前まで来た集団は、魔物の足を止めて降りていく。
代表の女性がまなじりの上がっている眼を輝かせながら少し近づいてきた。
「……ペッソーラの者か」
「良くわかったねぇ、理解の早い奴は嫌いじゃないよ!」
ペッソーラ……ペッソーラ? なんだっけ……。
皇女として恥ずかしくないように色々お勉強してるんだけど、地理難しすぎて泣くんだが。
色々国名とか国土とか変わりすぎててさ! うへえ!
「アタシの名前はエドゥアルダ! 柄じゃあないけどさ、一応ペッソーラの王女ってモンをやってる!」
王女!? え、ちょ、なんでこんなところにこんな人数でいるんです!?
普通は使者とかそんなん送ってくるもんじゃないんです!?
いや~、今うちの国が混沌だから来てなかったって可能性はあるけど……。
戦争してた影響で、国境とかの警備が完璧とは言えない状況なのもあるし。
魔物に乗ってきてたから、普通に山越えとかで来られてたらそも無理な話だ。
おれが色々考えている中で、「ダン!」と足で大きく音を鳴らしたエドゥアルダが集団に声かけをし始める。
「お前らいくぞ!」
「承知!!」
気合入れた「ハァッ!」という男達が声を出したのが聞こえたと思ったら、エドゥアルダの張った声に男達は腹からの声を出して返事をした。
「強者こそが!」
「全!」
「強者こそが!」
「至上!」
「強者こそが!」
「支配者!」
「我らがペッソーラ・フォルチェに!」
「威光を!!」
足を地面に叩きつけて音を鳴らし、大きなコールが辺りに響き渡る。
ドンドンバァ~ン! という擬音が見えてくるほどの勢いだった。
わ、わぁ~お。すごい息が合ってて迫力あるんだけど、おれとしてはこういうのを催し物で見たかったぜ……。
……強者強者言ってるから思い出してきたわ、ペッソーラ・フォルチェって『強者主義』の国じゃん。
まさに弱肉強食を謳っているところで、色々な国にちょっかいをかけてる。
うちの国からは結構遠いし、あんまり関わることがないだろうな~って思ってたのにさぁ。
絶対にお兄様の悩みの種が増えるやつじゃん~。
せっかくお兄様回復し始めてるんだから、面倒事を増やすのやめろよな。
げんなりしていると、ペッソーラの男達が歓声を上げ始めて囃し立てるようなコールが始まる。
それと同時に、エドゥアルダが着ていたローブを掴んで空へとぶん投げた。
お、あ、わぁ~~~~!!
某カードゲームで有名な鳥姉妹みたいな、金属のボンテージ姿が現れたじゃないですか~~~~!!
え、え、エッチ!! ここの国の女性って肌をあんまり表に出すもんじゃない風習があるから、刺激が強すぎるよ!!
お胸も豊かさが満載すぎる……。おれの二倍くらいはあるんじゃないか?
お、おれは平均くらいだから。ふ、普通だから。……ホントにホントに普通だから。
案の定、ほとんどの男性陣が顔を赤くして凝視してるし!
純朴なヘルトきゅんは顔を真っ赤っかにして俯いてた。か、可愛い~っ。
ゲオフさんは沸騰しそうなくらい顔を赤くしてるが、カールさんやナッハバール、ついでにアンゲリカはしらーっとした顔だった。
アンゲリカはともかくとして、2人はエドゥアルダがタイプの体型じゃなかったってこと……?
ヴァルムントくんはおれたちに背を向けてて顔が見えないから何とも言えないけど、一切姿勢を崩さずに剣を向けたままの体勢でいる。
……君、ほんのり顔赤くしてるんじゃないの? どうなの? なあなあなあなあ。
エドゥアルダは男性陣の反応に「フン!」と鼻を鳴らしてから、腰につけていた鞭を手に取っておれ達に向かって軽く振り下ろした。
「この中で一番強いヤツを出しな! そしてアタシと戦ってもらおうじゃないか! アタシが負けたら素直にソイツの言うことを聞く。『どうにでもしたっていい』さ。でもねぇ、アタシが勝ったらアタシもソイツを好きにさせてもらうよ!」
今度は鞭を地面に「パシーン!」と叩きつけて音を鳴らした。
……ん? なんか聞き覚えがある音ような、そうでないような……?
頭を捻らせていると、ヴァルムントがエドゥアルダに問いかけをした。
「断ったらどうなる」
「その時はアタシら全員でお前達を喰らい尽くしてやるさ」
それでもいいけど、どうすんの? って顔でエドゥアルダは不敵に笑った。
う、うーん。ヴァルムント達やヘルトくん達は強いから負けたりはしないだろうけど、あんまし戦闘が得意といえないおれ達がいるからなぁ。
守りながら戦うって、色々厳しいと思う。
仮におれ達がいなくて叩きのめす選択肢をとっても、外交問題とかに発展しそうでもあるし……。
確かに相手は魔物もいて強そうだとは思うけど、ヴァルムント達が負けるとは思ってないし。
べ、別に贔屓とかそんなんじゃなくて。ホントにホントにそんなんじゃないから。味方は応援するもんだし。……ごめん、やっぱコレ贔屓だわ。
ムッとしていると、おれの手をヘルトくんが握りしめてきた。
「リーネ姉さんのことは、僕が護るから」
ヘルトきゅん……!! あ~キュートすぎる~、心がキュンキュンするわ~。
な~んておれがヘルトきゅんに心躍らせていると、ヴァルムントが氷を乗り越えながら前に出て行って剣をエドゥアルダへ向けた。
ヴァルムントが出ていくのはそりゃそうよな。
「シュワーツドラッハ帝国、蒼翼将軍ヴァルムント。参る!」
「ペッソーラ・フォルチェ、第一王女エドゥアルダ! アンタを喰らい尽くしてやるよ!」
エドゥアルダは体操のリボンみたいに鞭を操り、一回くるりと綺麗に回って見せた。
……あ、あっ、あ~~~~~~~~~~~~!!!!
これで思い出した、エドゥアルダってアレじゃん!
2で仲間になる、性能はピーキーで性格は惚れっぽいキャラだったよな!?




