4
※諸説ありますが「この世界ではこう」ということにしておいてください。
「皇帝ディートリッヒの名代として参りました、カテリーネです。みなさま、本日はよろしくお願いします」
作業場の広場となっている場所に、既に仕事を始めていた職人さん達を集めてもらってから挨拶をした。
先手必勝! ジャブジャブジャブ!
第一印象は大事だから、おれは笑顔を欠かさないのだ。
職人さん達はザワザワとしながらも、おれに身惚れてたり笑顔を返してくれたりと、歓迎の雰囲気を出してくれている。おほほー!
職人さん達ときゃっきゃうふふしている中で、その様子を見ていたアンゲリカが「フン!」と言わんばかりの態度で前に出てきた。
ちょっとぉ〜、職人さん達のテンション下がってんじゃん〜!!
「滑稽よのう。こやつを信奉するなど、信じられぬわ」
「カテリーネ様を馬鹿にするな、このエルフ!」
「アンゲリカ! どうして最初からそうなるの!」
職人さんから反論の声が、ヘルトくんからは諌める発言が飛んできた。
なんでそう初っ端から喧嘩売りたがるの……。
一気に雰囲気悪くなったし、ヴァルムントは抑えてるけど渋面になってるし。
これが繰り返されてたんだろうなってのをなんとなく察した。話し合いになりやしないわ。
アンゲリカさんや……。おれに対してはもういいからさ、人間に対してもうちょい優しくしてくれ……。
めんどくさいことになるのが見えてるけれど、先に進まないと話が進まないので、雰囲気をぶった斬る為にもアンゲリカへ話しかける。
「アンゲリカ様。貴方にはどうしても通したい主張があると伺いました。その主張について、わたくしにお話をしていただけないでしょうか」
アンゲリカはヘルトくんに諌められて口を尖らせていたのをやめ、フン! と鼻息をついた後に語りだした。
「……我らエルフの中にも、どうしようもない阿呆はおる。その阿呆は樹々や花の花粉を浴びるのが趣味だという、とんでもない阿呆じゃ」
ひい! あ、頭イカれてる。阿呆って言うのも当然だわ。
その話を既に聞いているはずの面々も、お付きとしてついてきた人達もうわぁって顔をした。
いまいち花粉について分かってなさそうな人も、アンゲリカが言ってる『阿呆』が馬鹿であることを察したようだ。
世の中には意味不明なことを好む人はいるものだけど、絶対にそれだけは理解できない……。
アンゲリカは眉間の皺をこれでもかと増やしながら話を続けていく。
「……花粉は草木の命を繋ぐ為にあるというのに、何を考えているのか全く理解できぬ。とにかく! 阿呆は阿呆を極めており、特に花粉を多く飛ばす種を集めに集め、阿呆にとっての『楽園』を作り出したのじゃ」
ら、楽園……? 地獄の間違いでは?
花粉症の人だったらほぼ死と同意義でしょ、そんなん。
あ、この世界には『花粉症』という症状は認知されていないっぽい。
村で花粉症っぽい人いて、風邪と勘違いされた。
眼鏡するといいってのと、お手製の布マスクを使い方をレクチャーして渡したら多少なりとも軽減したって喜ばれたんだよな。
「我らは偉大なる森が成立しておれば良い。阿呆の行いは阿呆であれど、我らエルフとしては咎めるほどのものではなかったのじゃ。……しかしながら、それは間違いだったと思い知らされることとなった」
その先の展開がおれには見える、見えるぞ……!!
待ったなしのやらかし案件に、おれは心の中で合掌をした。
「食事も生活も何も変わったことがない。阿呆の所業以外は。だからこそ、1人、また1人と噴嚔に鼻漏をするようになっていったのは阿呆によるものだと、自ずと理解したのじゃ。しまいには族長まで! ああ、げに恐ろしい!!」
なんて言ってるか分かりにくいが、多分くしゃみと鼻水が止まらなくなったってコトね……。ご、ご愁傷様です。
おれは花粉症になったことはないけど、なったら地獄だってことは知ってるから絶対になりたくない。
ここでは特効薬もないのに花粉症とか、死だろ。
「花粉で引き起こされる事象に効く薬はあれど、和らげるだけで完全に効くものでない。幸い、我は平気であるが、いつ『そうなって』しまうかは分からないのじゃ……」
それはそうなんだよな。
おれは云々と頷いたけれど、周囲はあんまりピンときてないようだった。なんで?
「その為にも我は止めねばならぬ! お主らがゼーダをより多く植え続けるのを!」
街頭演説か? ってくらいアンゲリカの声には力が入ってた。
分かるよ……そうなる気持ち。
ずっと風邪状態が続くようなもんじゃん。嫌だよ、おれ。
常に美しい美少女でありたいから、鼻ずびずびダラダラな図にはなりたくないんだが。
だけども、やっぱりおれ以外の人は反応が薄かった。えっえっ。
おれが戸惑っているのを見て、ヴァルムントがそっと話しかけてくる。
「カテリーネ様、相手は長命種のエルフです。我々とは種族と寿命が違います。相手のものさしだけで、我々もそうなるとは判断できないのです」
あー、なるほど?
おれは花粉症を認知していて、人間が花粉症になるってことを知ってるけど、エルフだけそうなるのでは? ってここの人ならそう思うのは不思議じゃないよな。
「アンゲリカの要求しているゼーダは成長が早い種類なのですが、それでもゼーダが木材として使用できる状態になるまで、おおよそ50年ほどかかります。戦争が終わった今こそ様々な物事に平時よりも必要とされており、使用した木材分の植林を早急にせねばならないのです。だからこそ我々は、ゼーダの植林を多くするよう進めていました」
職人さん達がヴァルムントにそうだそうだと加勢している。
しゃ、社会問題……! ヴァルムント達の主張もわかるけど、アンゲリカの主張も分かる……!!
おれが状況を咀嚼していると、この場にいるほぼ全員がおれに視線を向けていた。
……え?
こっ、これ、おれが何かしら決めないといけない流れ?
か、勘弁してよぉ〜。おれそういうの勝手に決められないよぉ〜!
おれって皇帝の名代だから下手な指示や決定できないのに!!
と思っていたらついてきていたブラッツ先生が前の方に出てきた。
「カテリーネ様、少々よろしいでしょうか」
「構いません」
「ありがとうございます、失礼します。……どうしてそうなるのかは解明できていませんが、熱が出ている状態でないのに、くしゃみや鼻水といった症状を訴える人がいます。その人達は平地や王帝都で暮らしている者達より、木こりをしている者や山間部で暮らしている者達から比較的多くみられます。アンゲリカの言う通り花粉が原因であれば、エルフだけではなく、人間も同じようにかかる者もいるのでは……と」
あくまで可能性の話ですので、確定はできませんが……と困り顔でブラッツ先生が追加で言う。
ありがとう……ブラッツ先生ありがとう……!
貴方は色んな意味で恩人すぎる……!!
実際に見てきた医者である先生から保証が出るのありがてえ。
おれはお兄様の名代だ。
おれがしたことは、お兄様のしたことになる。
後々の歴史でお兄様が花粉症が激化した原因にされるのが嫌すぎるんだけど、木材についてどうするかって問題もどーにかしなくちゃならなくて……。
う、うーん。う〜ん。
こういう時は……こういう時だからこそ、交渉ってやつをおれがやらなければならないのでは!?
交渉苦手すぎて、おれ苦しい!!
「アンゲリカ様。貴方の主張は理解いたしました。わたくしとしても、民が苦しい思いをするのは看過できません。ゼーダをより増やして植えるのは危険であると、わたくしも思います」
「か、カテリーネ様……!?」
職人さん達から戸惑いの声があがって、困惑と失望をしているのがすぐに分かった。
えーん、待って待って、おれもうちょっと話すからそこだけで判断しないで〜!
って心の中で泣き言を言ってたら、急にカールさんが職人さん達の肩を叩いて少し離れた端の方に寄せていった。
カールさん? 一体何をしているんです?
こそこそ話し始めて、何やら神妙な雰囲気が漂い始めたと思ったら、明らかに動揺が広がっていっていた。
そうして話し合いを終えて戻ってきた職人さん達は、さっきまでの失望まじりの表情がなくなって、真剣な顔でおれの話を聞こうとしている。
……マジで何を話したのカールさん。
1人の職人さんが、首を縦に力強く振ってからこう言った。
「大丈夫です、カテリーネ様。我々は破談を望んでおりませんが故、最後まで話を聞かせて下さい」
「ええっと……?」
「いつか生まれるヴァルムント様とのお子様が、そのような症状になるのが御心配だったのですね! 我々の想像が及ばず!!」
まっ、マジで何を話したんだカールさん!! コラァ!!!
ニコニコしてんじゃないわよ!?
大丈夫ですよ、我々は分かっていますから……、って顔の職人さん達。
なんだこの状況って顔のアンゲリカにヘルトくん達。
何も言わないけど顔が斜め上を向いてて表情が見えないヴァルムントに、おれは否定をしろと顔を赤くしつつキレながらも、この状況を終わらせる為にとっとと話を進めることにした。
「こほん。……アンゲリカ様。ですがそれでは我々の生活が成り立たなくなります。エルフ側から、木材の供給や代替の種をあげていただかないと受け入れるのは不可能です」
そう言うとアンゲリカは「ふむ」と言って考え始めた。
最初からこういう話に持っていければスムーズにことが進んだと思うんだけどさ、アンゲリカの態度のせいでこうはならなかったんだろうな……。
「……我の一存では決められぬ故に、族長に意見を仰いでからになるが、お主の言うことを打診してみようではないか」
本当か? 本当だよな?
神妙に頷くアンゲリカに、おれはこの問題が一歩前進してくれたのだと安堵のため息をつく。
これでなんとかなったと思っていた数分後に、また新たな問題と直面するとは知らずに。




