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どうして……どうして……。
現在時刻は夜! 食堂で夕ご飯中!
使用人や護衛の人はその場にいれども、何故かおれとヴァルムントだけでの食事になっている……っ!!
ヴァルムントが風呂に向かってから少しして、ヘルトくんとアンゲリカが帰ってきた。
地味にナッハバールも一緒にいてびっくりしたわ。
ヘルトくんの護衛としているらしく、他にも知らない人が何人かいた。
ヘルトくんも英雄だからね〜。その辺考えると当然とはいえ、本人は不満って顔をしてて可愛かったぜ。うへへ。
んでちょっとしたら夕飯になるから一緒に食べようぜ〜って話になった。が、アンゲリカが拒否った。
会った瞬間にまた臭い言われたんで、まあそうだよねとなっているところ、ナッハバールからもやんわりと拒否が入ったのだ。
理由は『お貴族様のような堅苦しい食事はしたくねえ』。
ナッハバールも別に悪意があって言ってるんじゃなくて、貴族式の食事が面倒だという意味で言ってるみたいだった。
ま、まあ分かるよ? おれだって貴族式での食事面倒だって思ってるもん。
それにヘルトくん達は屋敷には泊っても食事はしないと連絡済みだそうで、連絡のいってるおれの分は用意されてるだろうとも言われた。
う、うう、それもそうか。ご飯はお粗末にしたくない……。
しょんぼりしながらヘルトくん達を見送り、部屋に戻って時間を潰していると、夕飯の時間になった。
で、冒頭ってワケ!
「お口にあいましたか?」
「はい。とても美味しかったです」
嘘ではない。
おれが食べられる量に抑えてくれてるし、サラダは新鮮で肉だって柔らかく調理されてるし、調味料も濃めにされてる。
料理に不満なんてあるはずもない。
おれのことを考えて作ってくれてありがとう! と、直接料理人に御礼を言いに行きたいくらいだ。
不満があるのは食事するにあたって流れていた雰囲気だ。
ま〜とにかくヴァルムントが話さない。
おれが話題を振っても2、3回の応酬で終わる。
も、もうちょいなんか喋れやーっ!
コイツとおれの実質2人だけで食事をしたのは、村でおれが作ったのを食べた時以来だ。
帝都ではコイツと食べることはあっても、お兄様が一緒で話題に尽きることがなかった。
前回の村ではほぼ無言で終わって、今回は多少なりとも喋ることはあったけども!
結局おれからしか話しかけてないじゃん!
ちなみに食事の場で喋っちゃダメ、って貴族のマナーは存在しない。
食べながら喋るのは勿論タブーだし、食べる時の作法とかはあるけどね。
……作法は気合いで覚えたわ。
だって! 美少女だったらスマートに作法をこなすもんだし、お兄ちゃまに恥をかかせたくないし!
ええ〜ん、ヘルトくん達と食事したかった〜。
はぁー、とにかくヴァルムントくんさぁ。
も〜いいもん、揶揄ってやるも〜ん。
「……ヴァルムント様、申し訳ございません。わたくし、ヴァルムント様を楽しませる会話ができず……」
しゅんとした顔で斜め下を向いて、胸元に手を置く!
オラァ! くらいやがれヴァルムントォ!!
ハッハッハ、案の定「い、いえ、そうではなく……」という狼狽えたヴァルムントくんの声が聞こえるぜ!!
ほーれほれ、どう言い訳するんですかヴァルムントくん?
「その……、カテリーネ様とこのように過ごすことがなかった為、幸せを噛みしめておりました。会話を疎かにした私が悪く、決してカテリーネ様のお話が楽しくなかった訳ではないのです」
ヴァルムントはそう言いながら、おれをまっすぐに見つめてきていた。
ばっ、や、や、ば、ば、馬鹿者! こっちを見るな!!
何を言ってきているんですかね、言ったことを分かってるんですかね君は!?
おれが何も言えないでいると、ヴァルムントは追撃をかましてくる。
「無論、カテリーネ様とディートリッヒ様のお食事にご一緒した時も幸せでした。今回は、その、我が家で食事を共にするということが、こんなにも素晴らしいことなのかと思わず……」
も、もういいからやめてくれ! 誰か止めろぉ!!
周りの人達はニコニコしてるしさぁ!?
う、ううううう、ヴァルムントくん自覚しろ!!
お前は超恥ずかしいことを素面で言ってるんだぞ! バカバカバカバカ!!
おれは「そ、そうですか……」って、頬を火照らせながら俯くことしかできなかった。
いや、マジで、誰か、助けて……。
◆
翌朝の朝ごはんはヴァルムントも割と喋ってくれた。
領地の特徴とか特産品とかを教えてくれて、空いている時間に案内してくれるとも。
おれはお兄様の代理だし、ちゃんと来てますよ〜見てますよ〜アピールが必要だもんな。
だけども先にやるべきなのは林業に関してだ。
ヘルトくん達と合流して、アンゲリカに挨拶のごとく臭いと言われつつも、馬車にのって仕事をしている場所へと向かっていく。
……リージーさんが馬車の中で一緒なのは当たり前なんだけど、どうしてヴァルムントまでいるの?
馬車に入る前に今日当番のはずのカールさんを見たら、「ボクよりヴァルムント様のが強いんで〜」って、ニヤニヤした顔で言われた。
い、いや、そういう問題じゃ、でも護衛としてはこれ以上ないのかもしれないけど、その顔で言われてもな!
う、うわぁ〜ん、ヘルプミー。おれ、どうにかなりそうだよぉ……。
おれが頭の中をぐるぐるとさせていると、ヴァルムントが真剣なお話を始めたので、なんとかそっちに集中できた。
「……樹木についてですが、最初はそれなりに上手くいっていたのです」
上手くいっていた、とは言うけど絶対に簡単じゃなかっただろ。
アンゲリカまーじで誰に対してもあの態度だし、ヘルトくんが緩衝材になった上にヴァルムントが頭下げたんじゃねーの?
領民については見てないから分かんないけど、少なくとも屋敷で働いてる人はヴァルムントを慕ってるんだな〜ってのが見てとれたし。
みんな大体ほんのり微笑んでたんだよな。
1人だけだったら仕事だし仮面被ってんのかもで終わるけど、1人だけじゃないからさ。
皇族だからってのはあるにしても、おれに対して仕事してくれる時もすごい笑ってて楽しそうだったし。
嫌な職場だったら、そうはならないと思うんだよ。
「アンゲリカの話は理に適っていることが多く、職人達が長年積み重ねてきた伝統と概ね合致した為、職人達はアンゲリカの指示を受け入れてくれました。それが安定した供給に繋がるならば、と」
アンゲリカはエルフという種族から伝わった歴史と長年の経験による知識から、樹々が育ちやすい環境というものを知っている。
それを伝統という形で受け継いでいた職人達の知識と、大体と合っていたから指示に従えた……ということかな。
「ですが、途中からアンゲリカの主張を受け入れることができなくなりました。それは、私も同じ思いです」
「ヴァルムント様も……?」
これ以上の伐採はやめろー! とか?
いや、それだったらそもそも最初の時点で言ってるよな。
「アンゲリカの主張は不確定すぎるのです。領地の……、ひいては国の先を考えると受け入れることはできません」
「それは一体?」
「私から説明すると、私の主観が入ってしまいます。到着次第、アンゲリカの話を聞いていただけないでしょうか」
一応公正に話を聞いてほしいってことだろうか。
まあ分からんでもないし、おれもアンゲリカへの微妙な感情は捨てて聞くかな。
……おれが判断できるものだといいんだけども。
難しいことだけは……、それだけはやめてくれ〜っ!
馬車に乗ってから一時間くらい、心をギリギリさせながら到着した作業所にヴァルムントの手を借りながらおれは降り立った。




