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お兄様に話をしたら、最近はおれがいなくても普通に寝られるようになったのもあってか、あっさりとOKを貰えてしまった。
闇深軍師からもお墨付きをもらったけど、お前のは別にいらん……。
ただしお兄様はおれのことが心配すぎるので、世話役としてリージーさんと他の侍女達が付く。いつもの護衛2人にプラスで十数人、すぐ体調不良などに対応できるようブラッツ先生も一緒に行くことになったのだ。
おれだけの為に先生まで帯同させるのどーなんって気持ちはあるけど、何があるか分からない以上は素直に従います……。
お兄様の名代として行く以上、体調崩しっぱなしとか恥ずかしいし、おれ以外もなにかあったらすぐみてもらえるしな。
様々な準備や連絡などを経て1週間。
おれの体調を考慮し、ゆっくりめに進んでいく馬車に揺られて数日後。
特にトラブルが起こることもなく、馬車内でリージーさんとゲオフさんと会話しながら、昼過ぎにヴァルムントの領地──ヴェルメに辿り着いた。
春ってこともあるかもしれないんだけど、比較的帝都より暖かい気がする。
外を見たいが、警備上の問題でずっと窓のカーテンを閉めたままにしてるから見られない。
悲しいけどしゃーないわ、スムーズに物事進めたいしな。
暖かさでボケーッとしそうな気分を振り払っていると、馬車がゆっくりと止まっていった。
兵士の人がノックをしてきて到着したことを告げてくる。
ゲオフさんが応対をした後に、先に馬車から出て確認をし始めた。
おれが降りる為の段差が他の兵によって設置され、差し出されたゲオフさんの手を取ってから馬車から降りる。
何回かやっても全然慣れないよ、これ!
ひーひーしていると、茶髪ロングを結ってまとめた執事っぽい人が、数人の兵士を引き連れ寄ってきて全員で礼をしてきた。
……ヴァルムントどこ? こういうのって領主も来るもんじゃねーの?
「お迎えいただき感謝致します。わたくしは皇帝ディートリッヒの名代として参りました、カテリーネと申します」
「お初にお目にかかります、カテリーネ様。私は家令のフォンゾと申します。ヴェルメにおいでいただき、心より歓迎申し上げます。……大変申し訳ございません。我が主は只今、大型魔物の対処に赴いており不在となっております」
大型魔物はゲームだと莫大な経験値をもたらす存在だったんだけど、普通に暮らしてる人々からしたら脅威でしかない。
幸い村では大型魔物は出なかったんだけど、街とかじゃかなりの戦力を募ってから討伐しにいく。
人の住んでる場所にはあんまり近寄ってはこないんだけど、来る時は来るからなぁ。
てか領主が討伐しにいくのは通常じゃありえないと思うんだが、将軍でありつよつよで真面目ちゃんなヴァルムントくんが「私が討伐する」と行ったんだろう。
実際ヴァルムントが討伐しにいく方が早いし、討伐にあたっての人的被害もでないでしょ。
そこがアイツのいいところだって思ってるから、討伐を優先したのは怒ったりはしない。
優先すべきなのは当然そっちだし。
逆におれの出迎え優先される方が「ヴァルムントくんどうしたの、頭打った?」ってなるわ。
くそ真面目なのがヴァルムントくんのいいところだし、そういうトコがおれはす……、……なんでもないです。
とりあえず適当にそれっぽいこと返しておこ。
「あのお方らしい行いだと思います。己が地を護る為、自ら動くのは領主の鑑と言えましょう」
「寛大なるご配慮、感謝申し上げます。……長時間の移動でお疲れかと存じます。部屋の準備はできておりますので、お休みになりますか?」
「はい、よろしくお願いします」
本当はこのまま街を見に行きてーなーって思いはあるんだけどさ、一旦落ち着かないとついてきてくれてる人達が大変じゃん。
おれ自身の体も休ませないと瞬く間に体調不良がやってくるし……。
フォンゾさんに案内してもらって、おれが泊まることになる豪華な部屋に入っていった。
城の部屋よりは小さいがそこそこ広いし清潔感のある場所で、綺麗に整えられているソファに腰を下ろして体を落ち着かせた。
ブラッツ先生に体調に問題がないかのチェックをされてから、本格的に気を抜いてゆっくりとし始める。
街見てえって思ってたけど、移動するだけでやっぱ疲れるわ〜。休んだの正解だった。
窓から差し込んでくる日差しが暖かいのと、入れてもらったお茶を飲んでたら眠くなってきたわ。
ならヘルトくん(とアンゲリカ)に会いに行こうかと思ったら、そこそこ離れた場所の林業やってるトコにいるって聞いて諦めるしかなく。
かといって挨拶しないまま寝るのはなんか嫌だし、ヴァルムントが帰ってくるまで起きてないと……って思ってたら、控えめなノック音が響いて意識がちょっと回復した。
入室をオッケーしたら、カールさんが入ってくる。
「失礼します〜」
「カールさん、どうかなさいましたか?」
「ボク、先程まで街の見回りをしてたんですわ」
元々ヴァルムントの部下だから街の構造を熟知してて、街に入ってすぐにさっと見回ってきたんだとか。
状況の把握とか大事だからね〜、うんうん。
「ほんで屋敷に戻ってたら、外から兵士が戻ってきてたんですわ。これはヴァルムント様と一緒に向かってたやつやな~、と思いまして。せやからぼちぼちヴァルムント様が屋敷に戻ってくるかと」
マジ? 助かるわ〜。
一気に目が覚めて、カールさんにはヴァルムントが帰ってきそうになったら知らせてもらうのと、いつでもヴァルムントを迎え討てるように支度をリージーさん達にお願いした。
「疲れているところに申し訳ございません……」
「いえいえ〜。カテリーネ様が頑張っていらっしゃるのです、それだけで私は元気を貰えましたので〜」
すごいニコニコしてて、パワフルだな〜って思ったわ。
他の侍女の人達も似たような感じだった。強い。
さてさて、美少女たるおれがサプライズお出迎えしてやるんだからな! ヴァルムントくんは感謝したまえ〜!
カールさんからヴァルムントが帰ってきた報告を受けて、ふんふんしながら護衛2人と伴って屋敷から出ると、丁度ヴァルムント……? が一緒に行ったであろう兵士と話しながら厩から帰ってきてるところだった。
なんで疑問形かって、ヴァルムントだけめっちゃ魔物討伐の時に浴びたであろう血塗れで姿がよう分からん。
いや、ちゃんとヴァルムントだってことは分かるよ。包帯も巻いてないし、怪我は負ってなさそうだった。
「ヴァルムント様!」
近寄っていくと、顔に拭った形跡があるのが見えたがあんまり拭えてない。
綺麗なままなのは、蒼い透き通った空を思わせる眼だけだ。
わぁ……、血の匂いがすごい。
ヴァルムントの近くにいた兵士は礼をしてから下がっていき、当のヴァルムントはその綺麗な眼を大きくしておれを見ていた。
「カテリーネ様……!? お迎えに上がれず、挙げ句の果てに見苦しい姿をお見せして申し訳ございません」
「いいえ。ヴァルムント様は民を護ろうと戦われたのです。責める点などございません」
立場的にね、初手に謝ってくるのはそうだろうけどさ。
誰にも被害がいかないように一番頑張ったのはヴァルムントなんだしさ、少しは誇れよなー。
……しかし本当に顔がすっごい汚れてるわ。
お前のイケメン面がもったいないぞ〜。仕方ないなぁ。
ヴァルムントにちょっと屈むように指示をしてから、白いハンカチを懐から取り出してヴァルムントの頬へと持っていく。
「ヴァルムント様、失礼します」
「なりません、ハンカチが汚れてしまいます! 私はこの後、すぐ汚れを払いにまいりますので……!」
一応おれのしゃがみ指示があるからか、勝手に離れることはできないみたいだった。
へっへっへ、そのままでいろ〜。
「ハンカチは汚れるものです。……はい、これでヴァルムント様のお顔がよく見えるようになりました」
絹のハンカチとはいえ、押し付けすぎると痛いだろうから優しく拭いてやった。
よし! 赤黒く血濡れた人から、頑張って戦い抜いたイケメンに戻ったぞ!!
ふふーんとドヤ顔してると、ヴァルムントが驚いた表情を見せて何度か瞬きをしてから、口を軽く弧を描くようにして笑った。
「……ありがとうございます、カテリーネ様。不快感がなくなりました。私は、幸せ者ですね」
ぐ、ぐわぁーっ! その笑顔をやめろぉ!!
あっあっ、まって、すんごい恥ずかしくなってきた。
なあなあ何してるんですか、おれさんや。
さっさとヴァルムントを風呂に行かせた方がいいに決まってんじゃん!!
おれは馬鹿か!? ……馬鹿だったわ!!
「い、いえ。ヴァルムント様の仰る通り、お風呂へ入るのが先でしたね……。どうぞ、行ってらっしゃいませ」
「カテリーネ様のお心遣いに感謝致します。それでは、失礼致します」
激ヤバ羞恥心に耐えながら、おれはまだ微笑んでるヴァルムントを送り出し、屋敷の中に駆け込んで行くのを見守ったのだった。
リージー「はぁ……。カテリーネ様、健気で可愛いですわぁ」
侍女A「ヴァルムント様のお話が出てから、お目がパッチリなさってて!」
侍女B「好きな人の前では少しでも綺麗でありたいってお気持ちが溢れてて、可愛くて仕方がなかった……」




