1
最近、アイツが帝都に来なくなっている。
バクッと朝ごはんのパンを部屋でムシャッとしながら、俺はそう思っていた。
唐突に意味もなく来なくなった……とかそんなんじゃない。ちゃんと理由があって来てないだけ。
おれが精霊に拉致された時、どうやらアンゲリカから情報を貰う対価として林業への介入を許すことになったのだという。
外部であるアンゲリカから、やんややんや言われるのって結構めんどうなやつでは……?
しかもエルフだ。そりゃ樹木に対して一番知識があるのはエルフだろうし、森を信仰している以上概ね正しいと思うんだけど、そんなもん関係ないからなあ。
本当に正しいかどうかは知らん。
ここでは科学的に正しいとかの根拠とかはあんまりなくて、今までの経験だとか伝統だとか歴史が重視されてる。
そもそも魔法がある時点でアレだけど。
多少は科学も研究されてても、そういうのをやってるのは基本帝都とか滅茶苦茶栄えている場所だ。
普通の町とか村なんかじゃ、『火が燃えるのは何故か』とか考えても研究されたりしない。
そんなん研究する暇あったら働けってやつである。
話が逸れたけど、いくらアンゲリカの知識が人間より長い経験に基づいたもので、科学的にも正しいものだったとしても、長年林業に携わってきた人達がアンゲリカの言うことを簡単に受け入れる訳がない。
ずっと自分達がやって来たことが正しいし、これで今までもやってきたのだから、変える必要はないと思うはずだ。
科学的根拠、なんてものもないから説得の材料も減る。
上からアンゲリカの言うことを聞きなさい〜って言うだけならできるけどさ、実際にアンゲリカの指導を受ける側からしたらたまったもんじゃない。
絶対に猛反発が予想されるし、ゴタゴタが巻き起こるのは確定だ。
ただでさえ戦争からの立て直しで、あちらこちらで問題が吹き出してるのに、新しく問題を──しかも生活の支えとなる木に関して揉めるのは避けたいと考えるのが当たり前。
だからアンゲリカの指導を受ける生贄……げふんげふん。林業やってるところを募ったんだけど、当然誰も積極的に「やります」なんて言わない。
そうなるのが見えてたからかヴァルムントが立候補し、今はそれの監督をするのに領地へ長期間帰ってる。
お兄様と親友だからって余計に皇帝との癒着云々疑われたりとかが面倒だから、ヴァルムント本人としては受けたくはなかったらしいんだけど、候補者がいないんじゃね……。
誰も立候補しないのに癒着云々あるのか? ってのはあるけど、いらん邪推立てる人は何処にでもいるからなぁ。
いくら権力が弱体してきてる皇帝とはいえ、皇帝ではあるからさ。
悶々としながら朝食を食べ終わり、リージーさんが食器類を下げにきた際に話しかけてきた。
「カテリーネ様、お悩みですか? ……ふふふ、ヴァルムント様のことが恋しいんですね」
「ち、違います。わたくしは……ただ、無事に行われているかが心配で」
あのアンゲリカだぞ?
もう一度言うけど、あのアンゲリカだぞ??
一応ヘルトくんも付いていってるとはいえ、絶対に一筋縄じゃないから死ぬほど苦労してそうだし。
ヴァルムントの領民がどんな感じかは知らないけどさ、そこからの反発も考えたら心労もやばいんじゃね?
でもアンゲリカがやりたかったことについては、ごちゃごちゃしながらもどーにかなっていた……ような? 全然覚えてねーわ。
「カテリーネ様、大丈夫です。分かっております。ですが、気がかりなままでいらっしゃるよりも、一度見に行かれるのはいかがでしょうか?」
「見に行く……?」
おれが? ヴァルムントの領地に?
リージーさんは目をパチパチしてるおれを見て、目を細めて笑いながら話を続ける。
「視察です、視察。報告はされていても、実際のところどうなのかは分かりません。カテリーネ様も近頃は体調が安定されていますし、少々遠出するのもよろしいかと」
「……ですが、わたくしが向かうとなると大事になってしまいます。みなさまに負担をかけるのは、わたくしの本意ではございません」
この間のホワイトデーもどきみたいに、ちょろ〜っと出掛けるくらいならまだしも、ヴァルムントの領地まで行くってなったら日数かかるんでしょ?
あれだけでも護衛とか結構な人数いたぜ?
ゲームでどんな街だったかはすっかり忘れてるし、ヴァルムントの領地がどんな感じなのか見てみたい気持ちもあるけど、誰かの迷惑にはなりたくないわ。
う〜んという表情が顔に出ていたらしく、リージーさんは笑みを深めてから口を開いた。
「カテリーネ様、立場上動けないディートリッヒ様の名代として向かうのはいかがでしょうか? ディートリッヒ様も、ヴァルムント様が実際どうされているか気にされているやもしれません。視察も、立派なお仕事ですよ」
お兄様がヴァルムント大丈夫かなぁってなってたのはマジだ。
誰もやりたがらないのをヴァルムントが引き受けたのもそうなんだけど、報告が芳しくなさそうだったのが心配を加速させてる。
……おれのせいで発生したことだし、おれが様子見に行くのはアリかもしれない。
全然林業のことは知らないから大した口出しはできないと思うけど、ほんのちょっとでも助けになれるんだったらなりたいし……。
お兄様の代わりとしておれが動けるなら、出来る限りやりたいしな。
名代としてだったら、ちゃんとここのことを気に掛けてますよ〜ってアピールにもなるんじゃね?
「……そう、ですね。一度、お兄様に相談してみます」
「はい、是非に」
リージーさんが食器類を片付けて部屋から出ていった後、おれはグッと両腕を上へ伸ばしてから脱力をして溜息をついた。
ヴァルムントくん……、ヴァルムントくんさぁ。
なんでおれを惑わせてくんの?
あんな笑顔向けられたらドキドキしちゃうに決まってんじゃん!!
やたらとさ、おれに向かって笑顔むけてくるしさ。
告白まがいな発言が多くなってきてるしさ。
の割にはちゃんとした告白ではないしさ。
告白だったらおれも明確な返事できるし……。
で、でもそれはそれで返事しなきゃいけないのは困るわ。
だからヴァルムントの態度なんなの!? ってこっちはなってるんだよぉ。
本人に告白してる気がなさそうだから、おれはスルーできてるけど!
お前それ他人にやったら絶対に間違われるからなと言いたい!
周りの生暖かい視線も増えるのが加速していってるしぃ!! ムキーッ!!
それに、それにおれの気持ち的にはまだ、おれは男なんだよ〜……。
確かに表面上は美少女であり続けてたし、よく女性とお話するようにもなってたし、女性の体になってからの生理とか女性特有のアレコレがあったから、それなりに女性の気持ちってのは分かるようになったと思う!!
思うだけで実際にはできてないかもしれないけど、そこは今関係ないから置いておくわ。
と、ともかくだよ? 恋愛ってなると、またこれは違うというかなんというか……。
自意識的には男のままのはずなのに、男と……恋愛するのは、……違うじゃん?
別におれはジェンダーどうこうの話は好きにやればいいって思ってる。
自分が関わってくるとなると……その、ね?
身体的には問題ないの分かってるけど、おれの心の問題ががががが。
だからといって、女性と恋愛したいって話でもない。
百合百合してるの見てる分にはいいけど、自分がやるのは……いやーきついっしょ。
可愛いなぁえへえへ、ってはなったりはする。
でも、なんつーか、うん……。なんかちげーなって。
女性とわちゃわちゃしてる時、やっぱどこか自分から壁を作っちゃうというかなんというか。
男としての自意識がやっべーって防衛してるのかも……?
それと、今更内面まで女性みたいにするだなんて無理だぞ!?
おれはおれだもん、どう変化しろってんだ。
だから、だから、……う、うううううう〜っ!!
頭がこんがらがってきたし、なんもわから〜ん!
今は匙投げまーすっ!!
お兄様とどうお話するかだけ考えるわ!




