0314 後編
部屋に戻って朝食を済ませて医務室に向かおうと歩いていたら、おれに付く兵士が数人増えて首を傾げる。
ゲオフさんやアルウィンさんは合流するのを知っていたらしく、ふたつ返事でおれについてくるのを許していた。
なんでや……? って思いはしたけど、なんとなく理由を聞くに聞けなくて、そのままにしてたら理由が自ずと理解できた。
一般人が行き来するのが多い廊下に入ってから、おれに話しかけてくる男の人が増えたのだ。
「カテリーネ様、いつもありがとうございます。どうかこちらを……」
「あ、あの! カテリーネ様! この間はありがとうございました!」
「カテリーネ様!! 貴女のお陰で俺は、俺は……!」
最後の人なんか号泣してて、流石に引いちゃったのは内緒な……。
ゴツい男の人が滂沱の涙流してたらビビるでしょ!?
おれに対して御礼やら品物やらを贈ろうとする人達を捌く為に、こうして護衛が増えたんですね、はい。
城内を見回りしてる人も加わってる……。
そ、そういえば昨日リージーさんがそんなようなことを言っていたような?
無茶苦茶眠い時にうんうん適当な返事をした記憶だけ残ってる……。リージーさんごめん。
「品物については受付が南口の方にあるから、そっちで〜」
「あまり近付きすぎないように」
「気持ちは分かるが、カテリーネ様が困るだろう。ほら、立て」
事前に打ち合わせしてたのか、単純に息が合ってるのか、護衛の人達はひっきりなしに来る人の対応をさっさかしていく。
おれに会いにきているんだし、一応村でアイドル……じゃなくて巫女やってた時に似たような経験もあり、軽く来てくれた人に「ありがとうございます」とにっこり微笑みを返す。
……おかしいな。おれ城勤めじゃない一般の人には医務室に来た人にだけクッキーあげてた。とはいえ今来てる人達にクッキーあげた覚えないんだけど?
ま、まあそもそもバレンタインデーもどきを、女性から男性へ感謝を伝えましょうの日にした以上、お返し関係なく感謝を伝えようと来ることもあるか……。
にしても来すぎでは? こうも途切れずに人が来るのは怖いんだが。
「皆、カテリーネ様に感謝してるんですよ〜。なかなか伝える機会がないから、これを機にってことで来てるんですよね〜」
「わたくしは特別なことはなし得ておりません。わたくしよりもお兄様やヘルトくん、他の皆様が報われるべきだと思うのです」
アルウィンさんが理由を述べてくれたけど、おれにばっかくるのはおかしいって。
きっかけを作ったのはおれかもしれないけどさ〜、実際頑張ってるのはおれじゃないし……。
もっと上を褒め称えてくれ。特にお兄様を!
「カテリーネ様はお優しいですね〜。そんなところがみんな好きだって思うんですよ〜」
ち、違うのだ。おれは本当に城の中でぬくぬくしてる野郎だからさ。
そんなお優しい人じゃないんだよぉ〜!!
うわーん、誰か助けて。誰かおれを怠慢野郎だと叱ってくれ〜!!
護衛の鉄壁があるから無理? はい……そうですね……。うう。
アルウィンさんへは、うーんと困り顔で誤魔化しておいた。
医務室についてからは医務室勤務の人からも御礼を言われた。
贈り物もあるけど、別で部屋へと届ける手配になってるとか。
受付って言ってたところに贈り物が一度いって、そこで危険がないかどうかチェックしてから部屋に持ってくるとも説明された。
悪意が紛れてたら大変だからね……。
悲しい話ではあるが、おれの立場を考えるとチェックがあるのは致し方ない。
アイドルへの贈り物にヤバいのがあった話とか知ってると、まあそうなるのも納得である。
ここじゃ発信機とかはないだろうけどさ、髪の毛とか入ってたらさ、うん。普通に怖いわ。
早速治療の仕事を始めたはいいんだけれど、何故か2階から飛び降りて大怪我した人や、人が持ち上げられる訳ない物を持ち上げようとして足を潰した人を治療したりした。
……祭りだとやんちゃさんが増えるの? それとも女性の前で見栄を張ろうとしてやったの?
マジで余計な手間を医療の人に背負わせるのはやめたれ。
好きな人の前で頑張りたい気持ちは尊重するからさ……。
たまに変な理由で治療魔法かけることはあったけど、今日ほどは来なかったんだよな。
ちょっとゲンナリしながらも、今日はこういうのが多いのを悟って治療対応時間を延長した。
おれも健康な体になってきたし、多少はね?
夕方で勤務を切り上げ、これ以降は翌日ってことになった。
医務室の人達でも全然対処はできる。おれはちょこっと負担を減らしてるだけだからね。
夕方になったからか一般の人が少なくなってて、寄ってくる人はそんなにいなかったから、帰るのには朝よりも苦労しなかった。
追加で来た護衛の人はてっきり離れるかと思ったら、なんでか付いてるままだ。
不思議そうな顔をしてたのが丸わかりだったのか、アルウィンさんから「念の為です〜」と言われた。
ね、念の為……? わ、分かりました。おれは大人しく従います。
部屋に戻って寛いでいたら、コンコンとノックの音が響き渡ってリージーさんから声がかかってきた。
返事をすると、返ってきた声はヘルトくんの声でちょっとびっくりしたわ。
「リーネ姉さん、今いいかな……?」
「……ヘルトくん? 入って大丈夫です。どうかされましたか?」
もじ……って言葉が似合う感じでヘルトくんが入ってきた。
か、可愛い。
近寄ってきたヘルトくんは、片手を背中に回して持っている物を隠してる。
愛い……。
「あ、あの、リーネ姉さん。これ、僕とじいちゃんから……。く、クッキーのお礼に!」
両手で差し出してきたものは、綺麗な模様が彫られている木製のコーム……いわば「かんざし」みたいな髪飾りだ。
村にいた時にも差し出されてる物より小さいのを貰ったことがあったんだけど、その時のよりも繊細で磨かれてるのが分かった。
へ、ヘルトきゅん……! 着実に成長してるよお……!
「まあ……! ありがとうございます、とても素敵です。明日、こちらの髪飾りを使いますね。繊細な模様が美しいです……」
「う、うん。姉さんに喜んでもらえて、良かった……」
「ヘルトくんからの贈り物です。喜ばない理由はございません」
欲を言えば、可愛いヘルトきゅんがラドおじさまと一生懸命に作ってるところが見たかったなあ……。
しみじみとしていると、ヘルトくんは手をわちゃわちゃさせながら早口でこういってきた。
「じ、じゃあ、ぼ、僕これから、これからじいちゃんとルチェッテで出かけなくちゃいけないから! これで!」
「はい。ヘルトくん、お気をつけて」
「姉さんも!」
今度はドタバタって音が似合う退散をしていった。そ、そんなに急がなくても。
しかしラドおじさまがいるとはいえ、ルチェッテとは順調に進んでるっぽい? 良きかな良きかな!
……と、おれはニッコニコでその後を過ごしたんだけれども。
夜ご飯を食べた後になっても、なーーーーーーんも連絡も何もしてこないやつが1人いた。
別に? おれは別に? 何もなくていいですけど?
ただアイツの性格上、なんもしてこないのはおかしいなって思っただけですけど?
忙しいだけかもしれんし。一応アイツも領主であるんだし。
でもよくおれのところに来て、あの心臓に悪い微笑み送ってくるしさあ!!
ぜ、ぜーんぜん、おれは気にしてないもん。
……気にしてません!!
でも落ち着かないのは事実で、最近入ってきたラズリ・オーム国の料理本を手に取ってベッドに座りパラパラ捲った。
えーっと、えと、この国の料理って何かの国がモチーフになってたんだっけか……?
どこだっけ? えと、ええと……。
……うぎぎぎぎぎ。集中できない。
もうどうにでもな〜れ! ってなっていると、扉のノック音がおれの耳に届き、やけにルンルンしたリージーさんの声が聞こえた。
「カテリーネ様〜。よろしいですか?」
「……はい、なんでしょうか?」
「お待たせいたしました〜。お出掛けいたしましょう〜!」
え? 今から?
◆
「カテリーネ様、足元にお気をつけ下さい」
「は、はい……」
お出掛けというとこでリージーさんに支度をされ、念の為の追加護衛さん達も引き連れて城外へと出て行くと、ヴァルムントと数人の兵士が馬車の近くに佇んでいた。
何事と思っている内に馬車に乗せられて辿り着いた先は、帝都からちょっと離れた場所にあるなんかデッカい塔。
ヴァルムントの説明によると、突発的に訪れるやもしれない精霊や外敵の監視の為に置かれているものらしい。
一番上に行くからと抱き上げられそうになったのは断固拒否した。
疲れるだろうけど、それくらいはできるし!!
……って息巻いたのに、結局ぜーはーして息切れがバレて姫抱っこで運ばれてしまった……。
お姫様抱っこすな! すげえしっかりと持ってくれてるから安心して体を預けられるけど……。う、うう……。
殆どの護衛の人は下にいるけど、確認の為に上へと先に上がったアルウィンさんには見られるだろうし、今も後ろからついてきているゲオフさんに見られてるの辛い。
そうして上り切った先は、ほぼ一面が見渡せる展望スペースになっていた。
風が吹いてるし、着こまされたとはいえ高い場所だから寒いなここ。
って思っていたら、ゲオフさんが小脇に抱えてた毛布をおれにかけてから下がっていく。
先に来てたアルウィンさんと仕事で見張りをしていた兵士さん達は、ニコニコ笑顔でおれたちを見ながら下にある部屋へと下がっていき、ゲオフさんは入口となってる扉の前で待機しようと出て行ってしまった。
まっ、まってまって2人にしないで!!
「カテリーネ様、申し訳ございません。急遽このような場所にお連れして」
「い、いえ。驚きはしましたが、問題ございません」
いいから降ろして? そろそろ降ろして?
おれの顔が爆発しそうなんだが?
毛布あるからそこまでではないけど、寒いからヴァルムントの体温には助かっているけど!
おれの密かな願いも虚しく、ヴァルムントは外が一望できる場所へと移動していく。
「あちらの……、帝都がある方向をご覧下さい」
ヴァルムントの案内通りの方向へと視線を向けると、大きくて丸い月の光が届く元で、人々の営みとなっている火の灯りが街並みを照らしていた。
おおー……。お城から見るよりも遠いからか、月と星も相まってすごく綺麗に見える。
電灯のように瞬くような光ではないけれど、街中にあるほんのりとした光が暖かさを醸し出してるんだよな。
トラシク2じゃ所々壊れてて悲しいことになってたから、それも含めてなんだか感慨深いわ。
「……私には、カテリーネ様に何を差し上げれば良いのか分かりませんでした。申し訳ございません。代わりにはなり得ないと思いますが、貴方が成し得たものを見ていただきたかったのです」
──戦争を止められずにいたらお兄様もヴァルムントも死んでしまい、帝国軍という枠組みが消滅していた。さっき思い返したトラシク2の帝都のように、壊れたまま放置されている街並みが広がっていただろう。
「皆、カテリーネ様の提案で、……色々と度が過ぎている部分はございますが、笑って楽しく過ごしております」
交流してきた城の人達や、城下町にいる人達が笑顔で過ごせていなかったかもしれない。
そんな人達が生きてなかった可能性があったとか嫌すぎる。
ちょっとなあって思うことはあるけれど、それで死んでてもいいってことにはならない。
「こうして我々が生き、幸せというものを感じていられるのは貴方が……、カテリーネ様がいたからこそです」
おれの肩を抱きしめる力が強くなり、触れられている箇所が灼熱状態になっている気がした。
ヴァルムントは帝都を眺めていた視線をおれへと向け、おれの頭がおかしくなってしまう柔らかな微笑みを浮かべてくる。
まっ、ま、ま、まーっ! 待って!!
「私は平和の中で健やかに暮らしていらっしゃる貴方を見るのが、一番の幸せだと思っております。ですので、どうか御謙遜なさらないで下さい。貴方がいるからこそ、一等の幸せを感じる者がここにおります」
し、心臓が爆鳴りしてる。
顔も熱くてたまらないから止まってくれないか!?
どっ、どう言葉を出せば、あっ、う、う、う!
「か、過度な褒め言葉はおやめ下さいっ」
「私は真実を申し上げているだけです」
「分かりました、分かりましたから……!!」
告白されてないのに! 告白じゃないのに!
いやある意味告白だけどそうじゃくて、じゃなくて、うううううううう!
前の告白っぽいのより威力が上がってて、おれは、おれは〜っ!!
……あっ。
「くしゅん!」
「気が付かず申し訳ございません! そろそろ戻りましょうか」
「え、ええ。こちらこそ申し訳ございません……」
た、助かった。どうにかなっちゃいそうだったわ。
危ない危な……、いや、何も考えるな〜おれ。
何も危なくなかったし! うん! ……うん!!
おれは帰るまでの間、ラズリ・オーム国がどこの国モチーフだったかを思い出す作業に没頭するのであった。




