0314 前編
今日も今日とて、おれは皇子用の部屋で朝の陽ざしを浴びながら目覚めた。
なんと! 今日は! ホワイトなデーですよ!!
この世界じゃホワイトデーなんて名前ついてないけど。
そもそもこの間おれが起こしたバレンタインデーも名前ついてないしな。
……バレンタインデーって、バレンタインって人から名前来てるんじゃなかったっけ。
そしたらホワイトデーってどこから来てたんだ?
どうやっても調べられんから、ちょっとモヤるわ〜。
とっくのとうに現代と比べて不便なこの生活は慣れたからいいけど、ネット欲しくなる時はやっぱりある……。
こんな話はどうでもよくて。
ホワイトデーが近づくにつれて男連中が若干浮ついてて、おれはちょっと笑ってしまった。
逆に女性はさっぱりしてた。なんでや……。
おれはちゃんとした定義なんか作ってないし伝えてないんだけど、バレンタインデーもどきがきっかけで付き合う人や結婚する人が増えたらしい。
んで、ホワイトデーもどきも似たような流れができるんじゃ……っていう希望が出てきて賑わい始めた、ってカールさんから聞いた。
参加資格なんてものはない上に、イベントきっかけでワンチャンできたら、そりゃ乗っかりたくなるよな~。
物を贈るだけだったら、「感謝の気持ちで贈ってるだけです~」って言い訳もできるし。
うむうむ、おおいに青春したまえ。
復帰してからよりパワフルになったリージーさんに朝のお支度をしてもらってから、今日の当番であるゲオフさんと挨拶をしようと部屋へ招き入れたら、何故かすんごいガッチガチな状態だった。
一体どうしたのだと思いながらもいつも通り挨拶をすると、ゲオフさんは目をクワッとさせながら懐から小さい包みを取り出してくる。
「カッ、カテリーネ様、こ、これは、わ、わた、私とカールとの協同でのものになります! でっ、ですのでっ! ですので! 私とカールは決して、カテリーネ様に慕情を抱いている訳ではなく!! 私達はカテリーネ様のことをお護りするのが使命であり!!」
ゲオフさんや、落ち着きたまえ。リージーさんが密かに笑っておられるぞ。
あまりに周囲が恋愛関連に紐付けてるもんだから、自分達が渡す分もそうとられてはいけないと焦ってるな……。
君はおれが渡したクッキーのお礼として、その包みをくれるんだよね?
大丈夫大丈夫、おれは分かってるからさ。
仏みたいな気持ちでゲオフさんから差し出された包みを受け取る。
包みを開いてみたら、金属製で花の模様が細かく刻まれてる栞が現れた。
おおー、芸術品だあ。
「素敵な栞……! ありがとうございます、ゲオフさん。カールさんにも、明日お礼を伝えます。わたくしのクッキーのお礼として、このような品を頂けて大変嬉しく思います」
「あっ、そ、そうです! 御礼です! ……確かにクッキーの御礼ではあるのですが、それだけではございません。私達はカテリーネ様にいつも感謝しております。ヴァルムント様、ディートリッヒ様、我々帝国兵を救って下さったのは、カテリーネ様なのですから」
救っ……たか……? 事実だけを考えるとそうなるか?
帝国側の人達が生きてるのはそうではあるけど、おれの勝手なエゴでそうなったというかなんというか……。
素直におれが救ったとは言えねえよ!
よく他の人からも感謝されるんだけど、複雑な気持ちしか出てこねえんだわ。
だから毎回曖昧な受け答えしてる。違うんだ、謙遜とかじゃねえんだよマジでさ……。
「わたくしはただ必死だっただけです。和解となったのは、お兄様とヘルトくんが分かり合えたからです」
「いいえ。カテリーネ様がいらっしゃったからこそです。本当に、ありがとうございます」
うう、ゲオフさんのドドドドド真面目さが辛い。
ゲオフさんに限らず、他の人も含めてもうそろそろ流してほしいんだけれど……?
どうしようかなぁと本気で困ってたところに、お兄様が完全に困ってる護衛を引き連れて乱入してきた。
「カテリーネ! ちょっと来てくれ!!」
「お兄様……?」
誰の目から見てもウッキウキなのが分かるお兄様は、おれの手を取ってどんどん移動していく。
ずっと持ったままだった栞はポケットに入れる。
お兄様の護衛の人とゲオフさんも、走って所定の護衛しやすい位置についていた。
最近のお兄様は顔色が良くなり、目元の隈も結構薄くなった。
というのも、おれがお兄様を毎回お兄様の部屋で寝かしつけてるからですね……。
それが終わったら皇子の部屋に帰ってる。
これを機に宮をリフォームするってことで帰れてないんだよなぁ。
いつか戻るのに、おれの私物がどんどん部屋に増えてってる。移動させるの大変でしょこれ。
お兄様へやってることが完全に母親じゃんと思いつつも、おれはこの人に元気でいてほしいって思ってるから不満はない。
いつかは離れなくちゃいけないとしても、できる限りのことはしてあげたいし。
それに母親だって、お兄様にしてあげたかったんじゃないかって。
バタバタしながらお兄様に連れてこられた先は、皇族用に作られたそこそこの庭だった。
おれがよく寛いでる中庭とは別な。あそこは城の共用部分みたいな場所だから。
そうして連れられた先にあったのは、何人かの警備の人と、開けたところで銀髪の護衛の人──アルウィンさんがしゃがみこんで煙立つ物の近くで何かをやっていた。
けほっとしてからこちらを見た顔は、ちょっと煤けてる。
「ディートリッヒ様〜! も〜おれじゃ無理だって言いましたよねえ〜!?」
「ちゃんとできてるじゃないか。気にするなよ、ありがとな」
「いや〜、なんか勢いが……微妙じゃありませんかこれ〜?」
「大丈夫だ」
すごい気にしてるアルウィンさんを宥めているお兄様と共に近づいていくと、アルウィンさんの体で隠れていた物の正体が分かった。
横らへんには台の上に銀盆が置いてあって、そこには平たい円状の白いのが載せられている。
小さい壺も添えられてあって、こ、これは、これはまさか……?
「お、お兄様……。こちらは?」
「これはゴクトーから輸入してきたものなんだが、センベエってものを焼くシチリンってやつらしい。正直普通に焼くのと、これでやって何が変わるのか分からないんだが……。流儀には沿うものだと思ってな」
センベエって何か発音変だけど「煎餅」だし、七輪で焼かないと風情ってものがないじゃんとか、色々言いたいことはあるけど!
それよりもお兄様が神であることを讃えたい……。
お返しとして用意してくれたってことだよね、これ。
「これは俺と、俺の部下達からのお前への御礼だ。今から焼くからな! 出来立てってのが一番美味しいからな! 冷めてても美味いことには美味いんだが」
「楽しみです、お兄様……!」
朝から煎餅なのはお兄様の時間の都合上だろうから気にしてない。
大体時間帯なんてどうでもいい、煎餅が食べられるのだから……!!
お兄様 is ゴッド! お兄様の部下達もゴッド!
クソ忙しいだろうにこっそり練習してたのね……。
おれは部下の人達が持ってきた椅子に座り、お兄様が慎重に七輪の網の上へ煎餅を載せて焼いていく。
そうして焼けてきた煎餅に、壺に入っていた醤油ダレをはけでつけて再度焼き始めた。
醤油の香りが漂ってきて……、最高か? 腹が鳴る前に早く食べたい……。
限界を迎えて腹の虫が鳴る前に焼き上がった煎餅を、火傷の心配をされつつも口に含んで割った時の幸福は、何物にも代え難いものだった。
あっ、これ。これです……。これこそ日本の魂よ……!
「お兄様……」
「どうした? だ、ダメだったか……?」
「大好きです」
あまりにも感極まりすぎて、煎餅をしっかりと味わって食べ終えた後、お兄様に抱きついて気持ちハートマーク付きで言ったらお兄様が爆散した。
……比喩だよ!? お兄様がまたキャラ崩壊して喜び始めたってだけ。
「か、カテリーネ〜ッ!!」
また抱きしめ返されて、ぐるぐる回り始めた。
おれはクッキーあげただけなのにな!? こんなの返ってくると思わないじゃん!!
は〜、お兄様をもっと喜ばせたいんだけどなぁ。何しよ。
部下の人達やゲオフさんカールさん達にも何かしないとな……。考えることが多すぎる。
ぐるぐる回っているのを部下の人達に止められると、早々に七輪もろもろの撤収作業がされている。
大分時間を詰め詰めしてたっぽく、そろそろ……とお兄様へ声掛けもされた。
「すまないカテリーネ、次にある会議に出席しなくては」
「大丈夫です、お兄様。冷めても美味しいのですよね?」
「ああ! 残りはお前の部屋に届けるようにする!」
もう一度ギューっと抱きしめられてから、お兄様は今日の護衛の人と足早に去っていった。
手を振ってお兄様を見送り、ゲオフさんと部屋に戻ろうとしたら声がかかった。
「カテリーネ様〜。今日はおれも付きますので〜」
「……アルウィンさん、頬が煤けています。こちらの頬が……」
お兄様の指示かな?
そう思いつつ、ハンカチを取り出して煤を拭ってあげようとしたら、「ズザザザザ!」って音がしそうなくらいの後退りをされた。
ええ……、そんな拒否らんでも。流石に傷つくんだが?
「そんなことされてはダメですよ!? おれがディートリッヒ様やヴァルムント様に叱られちゃいます!!」
こらっ! ヴァ、ヴァルムントをそこでだすんじゃない!
い、いきなりでびっくりしたでしょうが!
「治療時にはこれくらいしておりますが……」
「それとこれとは違いますって~! ゲオフー! どっち!? どの辺に煤ある~!?」
「右の頬だが」
アルウィンさんは「分かった」と言いながら、左の頬を裾で拭った。
あっ……。ゲオフさんはちゃんとアルウィンさんから見て右って言ったのに、アルウィンさんはゲオフさんから見て右って判断したやつだなこれ。
「逆だ」
「ええ~っ、ちょっとゲオフ~!」
「お前がおかしいんだが……」
コントかな? やんややんやしている2人を連れ添いながら、部屋へと戻っていった。




