わたくしとして生きるということ
お昼ごはんを食べて、いよいよご対面の時が来た。
あの時ぶりの再会である。
リージーさんが入室の知らせをしてくれるまで、おれは待機だ。
……な、なんか妙に緊張してきたな。
無駄にそわそわして部屋の中を歩き回ったけど、意味がなさすぎる。
しょうがないので本棚に入れてある暇つぶし用の料理本を手に取って、椅子に座りペラペラめくった。
流石帝都なだけあって、おれが全然知らなかったことばっかり書いてある! 最高!
なんだけれども頭の中に入ってこない。眺めるだけで終わってる。
なっ、な~んでこんなことになっているんですかね?
会うこと自体そんな変なことじゃないし。
全然会いにこなかったヴァルムントくん側の問題もありますし?
や、問題なんてそもそも……、うぐぐぐぐ。
おれ、どうしてこんなおかしな状態になってるんだ。
大体、変な誤解が広まってるせいだよ!! みんなして勘違いしてさぁ!?
おれは別に、別に……。
ぷんぷんしていると、扉からノックの音が聞こえてきた。
おあ~、もう来たのか。……き、来ちゃったか。
落ち着け〜落ち着け〜。
おれは別に何も特にそんな全然そこまで大したこともないんだしさ。
「カテリーネ様、ヴァルムント様がいらっしゃいました」
「はい、どうぞ」
澄まし顔を被って迎え撃つ準備をした。
どっからでもかかってこいや!
「失礼します」
「……こんにちは、ヴァルムント様」
笑顔で威嚇! 先手必勝!
ヴァルムントは扉を完全に閉じず、半開きのままにして入ってきた。
名誉だとか淑女の嗜みだとか、なんかそんな感じの理由で男女2人だけで部屋にいる場合は半開きにしとかないといけないらしい。
リージーさんその説明をされた時に、「ヴァルムント様との時は必要ないと思いますが……」ってニマッと半笑いで言われた。
いいいいいるって! いる! 下世話がすぎましてよ!?
ヴァルムントくんもきっと同じだから、自分からそうしたんだよ!
ヴァルムントは礼をし、椅子に座らず真っ直ぐ立って待機をしている。
おれは皇女(と言っていいのか?)だから、一応上の立場にあたるので、おれから「どうぞお座り下さい」ってしないと立ったままになるという。
やめろやめろ~、面接じゃねーんだから。
ちゃっちゃとヴァルムントを促して座らせた。
……面接じゃないんだから、そんな真っ直ぐこっち見んな。
「ヴァルムント様、お越しいただきありがとうございます」
「いえ……。近頃カテリーネ様のご気分が優れていないようだと、ディートリッヒ様より伺いました。……私で何かお力になれることがあればと、今回参った次第です」
「体調については問題ございません、本日良くなりました。ご心配いただきありがとうございます」
「ならば良かったです」
おうおうおうおう、丁度よかったわ~。
おれもヴァルムントに用事があったし、お前からそう申し出てくれるのは助かるぜ!
両手を合わせて口元へ持っていき、お願~いのポーズをとる。
「その……。ヴァルムント様に是非とも、お力になっていただきたいことがあるのです」
「私ができうる限り、対応いたします」
よ〜し、言質とったぞ〜! やれよ!? 絶対やれよ!?
おれはこの耳でしっかり聞いたからな!
胸に手をやって、ふうと息を吐いた。
「……お兄様の、好きな食べ物はご存じでしょうか」
「好きな食べ物、ですか……?」
「はい。お兄様へ、日頃の感謝として料理を作りたいのです」
真面目な話、おれがディートリッヒにできることは殆どない。
それでも今頑張っているディートリッヒに少しでも報いたいと思っている。
なんつーか、その、おれへの溺愛具合もすごいし、おれも料理はできる方……だと思うから、作ってあげたら多少なりとも喜ぶんじゃねーかなって。
先にゲオフさんとカールさんにディートリッヒの好物を聞いてはいたんだよ?
でも2人とも帝国軍人ではあるけど、言葉を交わしたことはあるが食事の場を一緒にしたことはないし、直接の上司はヴァルムントだから知らないって首を横にふった。
君達ディートリッヒの部下じゃなかったの……。
それなのにおれの護衛やってるのかって愕然とした。
流れで護衛になったんだろうけど、いいのか?
ま、まあともかく、そんなだからディートリッヒと親友であるヴァルムントに聞くしかなくてさぁ!
料理作る許可とか諸々も手配できそうでもあるから、ヴァルムントが適任だと思ったんだよ。
闇深野郎とかもできそうだけど、あいつには頼りたくないので論外。
なんだかんだ国の為に働くようにはなってるっぽいけど、近づきたくないのには変わらん。
本来するべきだったことをするんだって言ってたらしいが、なんなんだ……。
……ヴァルムントを選んだのは、親友だからっていう理由以外にないんだからな!?
「それは絶対にディートリッヒ様はお喜びになられるかと」
「そうだと嬉しいのですが……。厨房を使用する許可や、食材やお兄様の都合と合わせるようにする手配なども、秘密裏にお願いできないでしょうか?」
「勿論です。予定を擦り合わせる為の指示いたします」
よっし、面倒なことよろしく! 助かるわ〜。
リージーさんに言っちゃうと、すぐディートリッヒにバレちゃうしさ。
どの道バレそうではあるけれど、少しでも遅い方がいいし。
「ディートリッヒ様の好物ですが……、塩っ気のあるものを好んで食べています。この間の作られたお粥も好みだったようです。肉類……特に豚肉を好んでおられます」
「なるほど……。ありがとうございます。後程欲しい食材をまとめますので、確認していただけると助かります」
前にレシピがあることは確認したから、この場所に食材があるかどうか分からんけど、豚汁とか作れたらいいなぁ。
味噌あるかな……、あったら普段食べたい俺も嬉しいんだけども。
豚の生姜焼きとかも作りてえなぁ!?
ま、その辺はおいおい確認ってことになるか。
いくら塩っ気のあるものが好きと言っても、口に合うかどうか分からんのが不安なところではあるが。
「承知致しました、確認いたします」
「はい、お願いします。……あの、ヘルトくんと訓練をされているようですが、どのような訓練をされているのですか?」
ヘルトくんってばさあ!!
タイマンでヴァルムントに勝つまではおれに会わないって決めたらしくって、全然来てくれないの……。
ルチェッテからそう聞き、おれの癒し成分がきてくれないことに泣いた。
なんで! どうして! おれの可愛いヘルトきゅん……!!
「主にですが、魔法剣士としての心得になります。ヘルトは魔法剣士の師がいなかった故に、自己流のものが多く粗削りです。逆にいえば、それでもここまで強くなってきたヘルトはもっと強くなるでしょう」
なんてったって主人公ですからねえ!
そりゃヘルトくんは強いし、トラシク2じゃもっと強くなってたから当然なんだわ!
この時点でしっかりとした魔法剣士としての術を習っておけば、強くなるのがもっと早くなっちゃうかも……!?
……あっ、そういえば。
「ヴァルムント様は、どなたから魔法剣士としての心得を教わったのですか?」
建国から続いている家とはいえ、早々に父親を亡くしたヴァルムントが完全に教わることができなかったんじゃないかなって。
ゲーム中には出ていないだけで、ものすごい魔法剣士がいたりしたの?
「……父から教わっていた部分はありますが、私が研鑽するにあたって主に役立てていたのは、歴代が紡いだ本……日誌からになります」
「日誌……ですか?」
「はい。我が家の手付かずになっていた本棚から、初代が紡いだものを発見いたしました。……一部、黒龍が封印された事実を消す為に破られていましたが」
まあ隅から隅まで事実を記されたものは消してないと、封印されたのが発覚したらいけないからそうなるか。
また面倒なことしましたねえ。
「……ここからは破かれた為に詳細が分からない部分の憶測です。初代は黒龍に一番効いた氷の力で強くなることを目指しておりました。きっと、討伐できなかったことを深く悔やんでいたのでしょう。己が積み重ねたものについて明確に記載されていました。そうして我が家は氷の魔法剣士として精進することを家訓としておりましたが、初代が目指していたであろう本来の目的は消えてしまったのではないかと」
そ、そういうことだったの!?
だからヴァルムントは黒龍特効みたいな性能だったのか……。
裏設定としてあったから、ゲーム内ではヴァルムント以外倒せなくしてたのかよ〜。
こだわりが強すぎる。
「ですが、書物から教わるにしても大変なことだったのではないでしょうか……」
いくら記載があったっていっても剣技でしょ?
誰も自分の剣技が正しいかどうか見てもらえないし、そもそも正解かどうかも分からんし……。
暗中模索といってもいいんじゃないだろうか。
剣士として天才だと言われていてもねえ、そんな中で頑張るのは普通に考えてキッツいんじゃねーかな。
「いえ。……いえ」
おれに向けていた目線を一度斜め上に飛ばしてから、もう一回改まった顔で見つめてきた。
「父や家の為、ディートリッヒ様の為、私は強くなると決めたのです。……そして何よりも、貴方の為に」
「……え、ええっと、わたくし、昔にヴァルムント様とお会いしたことはございませんが……」
「申し訳ございません。実は村に訪れた折に、カテリーネ様をお見かけしたことがあったのです」
は? ……え、あ、じ、じゃあ、あの川でアレコレやってたの見られてたってコト……?
「会いたかったです〜」みたいなのを言った時に気まずそうにしてたのって、そういうコト!?
ま、待ってくれ。おれ、あの時は誰にも見られてないからってめちゃくちゃ好き放題にやってて……、あっあっ、あ〜……。
は、恥ずかしすぎる……!
「わ、わたくし、その時は、はしたない真似を……」
「いいえ。私はあの時の貴方が、一番美しく思えたのです。……一生涯、忘れられぬほどに」
少し頬を染めながら宣言されたヴァルムントのその言葉に、恥ずかしさとは別の意味で、顔が真っ赤になるのを止めることができなかったのだった。
「TS生贄娘は役割を遂行したい!」というタイトルとしてはこれで完結です。
次の話として、16話からの分岐IFを一話上げます。
尻切れトンボな上に曇らせエンドになりますので、上記の余韻を崩したくない方は読まないことを推奨します。
その後は物語の続きとなります。




